第20話 体調不良のリンシアタ
「………顔が痛い。寒いってレベルじゃねえぞこれ……誰だこれ受けたの……」
俺たちはコカトリス捕獲のため、街を出て目的の場所へと向かっていた。地図によるとかなり遠くまでいかないといけないようなので、今日は野宿だ。
外界に晒されている顔面を強烈な吹雪が襲い、視界も悪い。
「ああああ!!!くるんじゃなかったあああ!!!」
「なんで詳しく見てから決めないんですか………!??馬鹿なんですか?!」
シルビアがイザベラをとがめている。
「べ、別に寒くなんかないわよ。弱っちいわねあなたたち……」
「顔にまで鳥肌たってんじゃねえか!強がってんじゃねえ!!」
まさか野宿になるとは……寒いと言うかもう痛い。そしてさっきからなぜかリンシアタが物静かだ。どうしたんだ……?流石にスキルの件を反省してるのか……?なんか心配だな。
「……唐突だが、リンシアタって長いからリンって呼んでいいか?」
チラッと俺を一瞥するとなにも言わずにコクリとうなずいた。
なんだこれ……かわええ。
こうして黙っていればクールで美人で可愛いのに………な。
野宿すると言うのに俺たちの手荷物は異常に少ない。どうやらマジックバックに全部入れているらしい。シルビアの背負っているのがそれだ。
中が異次元に繋がっており、入口より小さいものならなんでも入る。という便利かつ異世界っぽいアイテムだ。
どうやってその中から目当てのものを取り出しているのかはよくわからないが、たぶん魔法的な何かなんだろう。
方向感覚が狂いそうなほどの銀世界を、道具も使わずに迷うことなくまっすぐに歩き、陽が落ちて来た頃。
シルビアが少し大きめの木の下に入る。
「今日はここで野宿しましょう」
そう言って淡々とテントを組み立てていくシルビア。なんか悔しいが、めちゃくちゃ頼もしい。
1人でテキパキと動く側で俺とイザベラは黙ってそれを見ていると、しばらくしてモンゴルの遊牧民が使うようなテントが出来上がった。
その出来上がったテントの中を確めると、あからさまに嫌な顔をするイザベラ。
「あのさ、私一応魔神なんですけど?」
その含みのある言い方に空気がピリつく。
「なにがいいたいんですか?」
「なんでこんなところに寝ないといけないのよ!!!」
あぁ、始まってしまった……。
言い合う2人を尻目に、なにもしていないリンを見る。
「お前はなにもしないのか?」
「テントなんか立てたことないアル。野宿も初めてネ。本当にここで寝るアルカ?」
そこはやっぱり腐っても貴族なんだな………
「そ、そうみたいだけど、文句言うなよ……?せっかく立ててもらったのに文句ばっかり言ってるとあんまりかわいそうだから……」
俺はこそっと耳打ちする。
「わかってるネ。私もそこまで気を遣えない人間じゃないネ」
一点を見つめて呟く横顔に、思わず見惚れてしまう。
あれ……なんだこの気持ち………?
なんかムズムズする………
その儚げな表情もあいまってか、超常識人に見えてくる………
と、リンを見ていると急に口を押さえて、
「おえぇえええ!!!」
吐き出した。
「え!?なんだお前!?どうした!?大丈夫か!?」
「魔力酔いネ………うぷっ。気持ち悪い………おえええええ!!!!」
先ほどの奥ゆかしい雰囲気はどこへやら、何度も嗚咽しながら胃の中のものを捻り出すかの如く唸り声を上げる。
俺の一瞬でも芽生えかけた恋心を返してくれ………。
とりあえず、この、2人はテントのことで大揉め、そして隣で女とは思えぬ唸り声を上げて吐いている状況を俯瞰して、俺は思った。
………あぁ、異世界って……大変だな……
「イザベラ!! もうちょっと考えて行動できないんですか!? なんでなんの確認もせずに受注するんですか! その挙句、私のテントに難癖つけて、何様なんですか!?」
「な、なな、そ、そんなこと言われるとなにも言い返せないわ………いや、まって、私は魔神よ!? 魔神様よ!? 流石にこんなテントに寝ろなんて言われても……!!」
いまだに口論を繰り広げている2人を、俺は白い目でただ眺めた。
イザベラとシルビアは和解を済ませ、既に暗くなり始めていた雪景色を後に、テントの中に入った。中は当然狭い。だが、風を防げるのは助かる。
この妙な圧迫感が秘密基地っぽくて男心くすぐられるな。
中央にあるランプが柔らかく中を照らしている。火がついてるわけではないので、おそらく魔道具のたぐいだろう。
「大丈夫か……? まだ辛そうだが……」
「確かにここらに来てから元気ないわね?大丈夫かしら?」
肉を摘みながら、いまだに奥ゆかしい雰囲気を醸し出しているリンに尋ねた。
「大丈夫ネ。さっき吐いたからだいぶすっきりしたアル」
「それならよかったが」
「魔力酔いはかなりキツいと聞きますが、リンシアタがまさか魔力良いするタイプだとは。嵐の時なんかはかなり荒れますもんね」
低気圧で偏頭痛起こすとかそう言った感じなのかな?
冷たく味のしない肉を頬張りながらシルビアの言葉に耳を傾け、隣のイザベラに耳打ちする。
「お前結局納得したんだな、いなかったらスペースも広がってゆっくりできたのにさ」
「それをわざわざ耳打ちで言ってくるあたり、あんたも図太い男ね、流石に外で寝るわけには行かないわよ。て言うか酒ないの!?」
唐突に大きな声を上げるイザベラ。
「あるわけねえだろ、遠足じゃねえんだから」
「持ってくるわけないでしょう!!吐かれたらたまったもんじゃないですし」
「ハァァ」
ガックリと肩を落とし、残念さを前面にアピールする。
「なにため息ついてんだ……つかこれ美味しくねぇ。シルビア、なんとかならないのか?」
途端に正面にいるシルビアが目を薄め、冷たい声で。
「文句があるなら食べないでください」
「え……」
言い方が悪かった………?
もしシルビアが作ったとしたら確かに俺の言い方は悪かったな……
機嫌を伺うように、感情を逆撫でしないように、恐る恐る声をかける。
「これ作ったのってシルビアなのか?」
「え?普通に酒場で買ってきましたけど」
………………なんだよ。
肉を平らげて4人が横になり、ランプを消す。一寸先は闇とはまさにこの事なんだろうな。この空間にいると上も下もわからなくなる。
一日雪の上を歩いた疲れからか、環境が変わってもすぐに眠りに落ちた。俺もこの世界に来て随分たくましくなったもんだ。
それからしばらくして、圧迫感と苦しさに意識が覚醒した。
ん、重苦し………い………なんだ?
目を凝らす。目が徐々に慣れて何かが見えてきた。
リンだ。リンが俺の上でうつろな、潤んだ瞳で俺を見ている。
吐息まじりに妖艶な雰囲気で、その潤んだ薄い唇を動かした。
「私……もう……我慢できないネ……いい……アルカ……?」
俺だって男だ。経験はないがこの言葉の意味が容易に、本能的に理解できた。
「ま、待って、え、俺も満更ではないが、ここでするのは流石に、俺も心の準備が……」
イザベラとシルビアの2人は寝息を立てている。
こ、これって……いいの……か?2人にバレることはないが……
なんだこの胸の高鳴り……!?
こいつのこの表情も妙に……クールな顔とのギャップで……エロい……
「……うぷっ…」
………うぷっ?
いや待て、これ……って。
「………お、おい?嫌な予感がするんだが………お前もしかして………」
そう言った頃にはもう遅い。イザベラが頬を膨らませて、その唇が限界を迎えようとしていた。
「……我慢できないネ……こんな私でも、受け止めて欲しいアル………うっ!おえええええ!!!!!」
「おまっ………!!!うがああああ!!!!!!オボボボボボ!!!」
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