第9話金城梨穂子はコタロウの為に立ち向かう
ケーキを食べて、コタロウと遊んで、十七時を回った頃に今日は日曜日だからと梨穂子は少年に帰るように促した。さっきまで満面の笑みで過ごしていた少年の顔が曇る。
「帰らなくていいの?」
そんなわけはないだろうと梨穂子が尋ねると少年はしぶしぶと玄関に向かった。あまりのそのがっくりと肩を落とした姿に同情した梨穂子は、せめてもと少年をエレベータ―の前までコタロウと送ってやることにした。エレベーターが来るまで抱っこさせて欲しいと少年はコタロウを抱いた。二人と一匹でエレベーターを待っていると後ろから声をかけられた。
「
ぐい、と肩を引かれた少年は思わずコタロウを落としてしまう。血相を変えて少年を掴む男に何かを感じたのかコタロウが少年を守るように吠え出した。
「なんだ、この犬は!」
少年を捕まえている腕にコタロウがジャンプして飛びつく、梨穂子が驚いてコタロウを捕まえようとしてもコタロウは興奮状態だった。
「煩い! いったい、なんなんだ! 英輝、今までどこへ行っていた!」
尚も言い募る男が少年を揺さぶり、それを見たコタロウが男の袖に噛みついた。
「なんだ! この犬!」
袖にぶら下がったコタロウを男はブン、と振り払った。
ぎゃん!
振り払われたコタロウが床に転がった。
「「コタロウ!!」」
慌ててコタロウに梨穂子が駆け寄った。コタロウが少し足を引きずっている。梨穂子はコタロウを抱き上げた。それを見て男はバツが悪そうにしている。
「コタロウに何かあったら絶対に許しませんから!」
梨穂子は弱弱しくなったコタロウを撫でながら体の状態を確認する。コタロウがスンスンと鼻を鳴らすので心臓が掴まれたような気持ちになった。
「犬を外に出すのにリードも着けずにいた貴方の方が非常識だろう! しかも噛みついてきたんだぞ!」
「すみませんでした……」
男の言う事はもっともだ。いくら少年を守るためだと言っても、コタロウが噛んだのが男の袖でなかったら大事になっていてもおかしくない。悔しかったが梨穂子も飼い主として少し自覚が足りなかったとコタロウに申し訳ない気持ちになった。
「お父さん、黙って外出してごめんなさい。でも、お姉さんもコタロウも悪くないんだ」
少年が悲痛な声を出して男に訴えた。男はさっと一瞥して状況を判断したのか『はぁーっ』と息を吐いてから、犬は大丈夫かと梨穂子に聞いてきた。
コタロウの身体をさすって痛いところはないか確認した梨穂子にコタロウが手を舐めて返した。こんな健気な生き物を梨穂子は知らない。
「……完全に大丈夫かはわかりませんが。今のところ大丈夫そうです。コタロウが飛びついてしまって申し訳ありません。」
梨穂子が答えると男はもう一度ため息をついた。
「犬の事は悪かった。息子がいなくなってずっと探していて気が動転していた……それで、貴方は誰で、英輝とどうして一緒にいるんだ?」
問い詰めてきた男に英輝の声が割り込む。
「お姉さんとコタロウは僕の友達だ! 僕の誕生日を祝ってくれたんだ!」
英輝の言葉に男はまた、ため息をついた。
「英輝、三井さんがお前の誕生日会を前から企画して今日は今朝から準備してくれていたのを知っているだろう? お昼からは誕生日会を一緒にするって決まっていたじゃないか。どうして、こんな。……ひょっとして貴方が誘ったのか? 見るところ立派な大人の方に見えますが」
どこからどう見ても大人な梨穂子に失礼極まりない言い方にムッとする。自分だって見たところ立派な大人だろうに、感じの悪い。
「どういう意味です?」
「小学生の息子を誕生日の祝いをしてやるからと、犬で釣って連れて行ったのかと聞いているんだ」
それでも、平常心の梨穂子だったらきっと言い返したりしなかった。少年とはここでサヨナラ。もう関わらないという選択をしただろう。何事も穏便にが梨穂子のモットーだし、争いごとは避けるのがいいと思っている。けれど大切な家族に暴力を振るわれ、変な言いがかりをつけられては我慢の限界だった。
「貴方、少年のお父さんなんですよね? 誕生日会は本当に息子の為に? 子供は所有物じゃありませんよ。私だって児相に通報してもいいんですよ? 貴方がしていることはネグレクトです」
「え?」
少年はいつもブランドの服を着ている。けれど、手の爪は噛んで短くなっていて足の爪は伸び放題だった。穴の開いたちぐはぐな靴下。人の顔色ばかり見ている少年。大体夕方まで公園で時間をつぶさないと家に帰れないなんて普通ではない。
「私、ここのところ平日はほとんど少年と過ごしていましたけど、いくらマンションについている公園だからって、それこそ小学生の子供を一人で待たせて十九時まで家に入れないなんて、貴方こそ何をやっているんですか?」
「……え? ちょっと、待ってくれ。今の話は? 英輝?」
「見た目ばかり気にして、小学生にずっと通学用の靴履かせて、恥ずかしくないんですか? 足の爪は伸び放題だったし、お金があるなら家に帰ってからくらいは運動靴、履かせてあげてくださいよ!」
少年は私立の小学校に通うために高級そうな革靴を履いている。けれど、そんな窮屈な靴を帰宅してからも子供が選んで履くだろうか。傲慢な両親の意志を感じて日ごろから梨穂子はそれをイライラとして見ていた。
「あの……話を。話を聞かせてもらえないでしょうか」
そこで息子の足元に気づいたのか男が梨穂子に対する態度を改めた。ずっと敵視してみていた男が雑誌に載るような顔の造作の整った男だったことに、梨穂子は今気づいた。
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