第21話金城梨穂子は勘違いされる

「まあ、可愛い! この子も英くんのお友達なの?」


「お姉さんの飼い犬なんだ! 一緒にきてくれてるんだよ」


 春子がそう言うと東条がびくりと反応した。コタロウならきっと飛びついて喜ぶシチュエーションである。


「んっ!」


 梨穂子がわざとらしく咳ばらいをするとそれに気づいた東条がしぶしぶと言った感じで春子に近づいた。春子はあまり犬の事は詳しくないのか大人しすぎるコタロウを不審に思ったりせず、そのまましゃがんで頭を撫ぜた。


「お利口さんなのね。可愛いわ。なんてお名前なの?」


「コタロウだよ、おばあちゃん」


「えっ!? コタロウ!? り、りほちゃんの飼ってる犬なのよね?」


 春子が驚いて梨穂子を見た。そうしてそんなことに驚くのだろうと梨穂子が首を傾げた。


「はい。コタロウは私の家族です」


「あのぅ。りほちゃんは、もしかして……」


「え?」


 そこで言葉を切った春子は英輝を見た。そして首を振ってからコタロウを撫でる手を止めて立ち上がろうとした。


「あ、あいたたたたっ」


「ええっ!」


「おばあちゃん!」


 腰に手を当てる春子に梨穂子が飛んで行って体を支えた。ゆっくり、ゆっくりとソファの方に移動すると春子がホッと息を吐いて座った。


「大丈夫ですか?」


 梨穂子が声をかけると痛みに言葉が出ない様子だった。どうしてあげれることも出来ない梨穂子はギュッと春子の手を握った。暫くそうしていると春子が腰をさすってくれというので梨穂子は英輝とゆっくり春子の腰をさすった。


「ふふふ」


 そんな二人の様子を見て春子が青い顔のままで笑う。どうしたのだろうと梨穂子が英輝と顔を見合わせると春子が二人をみてまた笑った。


「手当って言葉があるでしょう? 本当だな、って思って。二人が腰をさすってくれたら楽になってきたわ」


 春子の腰は固かった。コルセットで固定しているのだ。だからきっと手の温もりが心地いいという事は無かっただろう。柔和に笑う春子にそれをすぐに悟ることは出来なかったが、きっと英輝を心配して無理してここに来たのだ。


「心配しなくても車は待機させているからいつでも呼べば来てくれるの。英くん、おばあちゃんの鞄を取ってきてくれる? お薬飲んでおくわ」


 鎮痛剤だろうか。梨穂子は急いでミネラルウォーターをコップに注いで春子に渡した。そんな梨穂子を見て春子は目を細めて水を受け取った。


「英輝君、ブランケットをおばあちゃんにかけてあげて」


「うん!」


 二人の連携をみて春子がコップの水で薬を流し込んだ。心配した英輝は春子の隣に座って離れなかった。いつの間にか心配そうに東条も春子の隣に来ている。しばらくして薬が効いてきたのか春子がやっとほっと息を吐いた。


「……もう、大丈夫。ありがとうね。りほちゃん、申し訳ないのだけど、私、お弁当を作ってきたの。玄関に風呂敷があるから開けて用意してもらえないかしら」


「はい。え、と、は、春ちゃんはそこに座っていてください。私が用意しますから。お弁当も、そちらのローテーブルに用意しましょう」


 春子は英輝と東条がいるのだから大丈夫だろう。車も待機しているらしいし。梨穂子は玄関にあったお弁当を持って応接間に戻った。綺麗に拭いたローテーブルにそれを並べて蓋を開けると彩り豊かなおかずが出てきた。


「わあ、美味しそうです」


 小皿と箸を用意する傍ら汁物もあった方が食べやすいだろうと梨穂子は簡単にお吸い物を作った。添えて出すと春子はとても喜んでくれた。


「いただきます!」


 嬉しそうな英輝の声に続いて春子と梨穂子が手を合わせた。薄味だがしっかり素材の味がするおかずたちは手間暇がかけられているのが分かる。顔色もすっかり良くなった春子も、もう大丈夫そうだった。


「あら? りほちゃん、取り分けてどうするの?」


「え? 東条さんにも置いておいてあげようと思いまして」


「あら、孝太郎は外食してくるから要らないだろうし、悪くなってはいけないから食べてしまいましょう」


「でも、こんなに手が込んでいて美味しいのに」


「そんなこと言ってくれるのは、りほちゃんだけよ」


「おばあちゃんのご飯は美味しいよ!」


「あ、英くんもね。ありがとう。」


「あ、でもお姉さんの玉葱のお味噌汁と卵焼きも好きだよ! お父さんも美味しいって言ってたよ!」


「え。りほちゃんは英くんとお父さんと一緒にご飯を食べてるの?」


「あ、え、英輝くん、そ、それは……」


「あ、あの、りほちゃんは」


「え?」


「孝太郎の恋人なの?」


 ゴホ、ゴホゴホッ


 梨穂子は食べていた里芋が変なところに入ってしまった。どんどんと胸を叩いて水を流し込む。やっとそれが落ち着いた時、梨穂子は真剣な顔で春子に言った。


「違います。断じて。違います」


 その様子を東条が面白そうに見ていたなんて梨穂子は気づいていなかった。




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