第7話金城梨穂子は小さな友達を作る

 それからも少年は頻繁に梨穂子の前に現れるようになった。梨穂子が住んでいる部屋も早々にバレていて最近ではインターフォンを押して訪問してくる。用事も何もない梨穂子は断る理由も思いつかず、しかも絶妙な距離を計ってくる少年を拒否できななかった。


「これ、お姉さんにあげる」


 少年は家にあるおやつを梨穂子に貢いでいた。三十にもなる女が小学生に菓子を貰っているなんて恥ずかしい話だが、期限が切れたらどんどん捨てられると聞いて梨穂子は貰うことにした。どれも有名菓子店の限定品などである。それらは少年の好みではないらしく、また他に食べる家族もいないらしい。どれもお客さんが持って来て置いて行くのだという。――羨ましい環境である。


「お昼、一緒に食べる?」


 そう誘って少年が断ったことはない。倹約家の梨穂子が作るのはもっぱらチャーハンか残りモノを寄せ集めたパスタだが、毎回美味しいと言って少年は平らげた。デザートは牛乳パックを使って作った簡単ケーキだ。コタロウは賢いので二人が食べていても欲しがったりしないが、じっと落ちてこないかは狙っていた。そうして我慢して待つとケーキの端を分けてもらえるのを知っているのだ。


 食事を終えて梨穂子が後片付けをしていると少年以外めったに鳴らすことのないインターフォンが鳴った。コタロウと遊んでいた少年がじっとインターフォンの画面を眺めていた。


「あ。山波だ」


 画面を確認した梨穂子がエントランスのドアを開ける。その様子を見た少年は少し焦ったように見えた。


「お、お姉さんの……彼氏?」


「違う、違う。コタロウの事を相談しているペットショップの店長さん。試供品いっぱい持って来てくれるって」


「そ、そうなんだ」


 一度荷物を運ぶのに梨穂子の部屋を訪れた山波は部屋を見てドン引きてしていた。しかしメッセージを交換していく中で、梨穂子が実にコタロウに誠実なことが分かったようで親切にしてくれている。因みに梨穂子のメッセージ交換の相手は今のところ山波しかいない。

 コタロウの事を気にかけてくれていて、ケチな梨穂子の為に期限切れ間近のドックフードやたくさんもらったサンプル品などを時々融通してくれるのだ。もらえるなら店に行くからいいと何回か断ったが、頑として山波は聞かなかった。多分、はじめのうち梨穂子に全く信用がなかったから、わざわざ家庭訪問していたのだと今ならわかる。


「ほら。これどうぞ」


 紙袋を梨穂子に渡すとやってきた山波はコタロウの喉をくすぐるように撫ぜた。どうなることかと心配していたようで、コタロウが梨穂子に懐いているのを見るのは、山波にとっても嬉しい事のようだ。


「あれ……お子さんがいたんですか?」


 梨穂子の後から睨んでくる少年を見つけて山波がそう言う。何か事情があってこんな広いマンションに大した家具もなく節約生活を送って犬を飼っている、と常々思っている節のある山波には妙に説得力のあるシチュエーションだろう。


――そうか離婚して親権を取られてしまっていたんだろう。今日は面会日かなにかなのだ。


山波の心の声聞こえてくるようだったが。


「勘違いしているようですが、私の子ではありません。同じマンションに住んでいる子です」


「えっ、ああ、そうなんですか」


 山波が慌てて少年に視線をやると頷いて肯定したので、今度は遊びに来てるだけか。と小声でつぶやいていた。


「では、これで、また来ます」


「いつもありがとうございます!」


 梨穂子はコタロウのものがたくさんもらえてホクホクだ。荷物を届けてくれた初めての日以来、決して玄関先から入らない山波は紙袋を渡してさっさと帰っていく。梨穂子はその背中を感謝して見送った。


「彼氏じゃないの」


「え? 違うよ。わあ、これで当分餌も買わなくていいや。コタロウ!よかったね!色々食べられるよ」


 尻尾をビュンビュン振っているコタロウは山波が毎回自分の好きなものを貢いでくれることを知っている。早速試供品のおやつを開けてもらったコタロウは、それを咥えてキャリーの中に潜り込んでいった。


「……ケーキ、残ってるよ?」


 いつもきれいに食べる少年の皿にはまだデザートのケーキが残っていた。梨穂子が首をかしげて言うと少年は急いでテーブルに戻るとケーキを口に運んだ。


「コタロウを貰ってくるときにお世話になったペットショップの店長だよ」


 少年にはいきさつを話しておこうかな、と梨穂子がコタロウとの出会いを話し出す。少年はジッと黙って梨穂子の話を最後まで聞いていた。








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