第8話金城梨穂子は少年の誕生日を祝う

 梨穂子はそれから毎日のように来る少年と、少しずつコタロウを公園より遠いところへ散歩へと誘った。梨穂子独りだと苦戦していたというのに、少年が一緒だとコタロウはあっさりと散歩についてくる。最近ちょっと思うのだが、どうやらコタロウは少年を『守るべき存在』だと認識しているようだった。


 その日曜日は天気が良かったので梨穂子はお弁当を作った。いつもなら日曜日は来れない少年がその日は珍しく空いているというので少し遠出することにしたのだ。まあ、そうは言っても少し遠くにある大きな公園だ。

 何かの商品に付いていた一畳くらいのレジャーシートを見つけて少年に持たせる。いつもはリクエストなんてしない少年がサンドイッチが食べたいと必死に訴えるので、梨穂子にしては奮発してハムとチーズ、トマト、キュウリ、卵を挟んだサンドイッチを作った。その為か水筒には水しか入っていない。サンドイッチの耳はフライパンで焼かれてスティック状の食後のおやつに変わっていた。


 大きな公園についてゴムボールでコタロウと一通り遊んで、手を洗ってお昼にした。梨穂子の作ったサンドイッチを少年は嬉しそうに頬張った。


「実は今日、誕生日だった」


 水筒の水を飲んだところで少年が梨穂子にそう、告白した。


「ここにいてよかったの?」


 梨穂子はそれだけ聞くと少年がこくりと頷いた。


「お姉さんとコタロウに祝って欲しかったんだ」


「だったら、もうちょっと前もって言えばいいのに」


 梨穂子がそう言うと少年がちょっと意外そうな顔をした。失礼だな、と梨穂子が続ける。


「人にプレゼントなんてしないけど、一緒に食べるならケーキ作ってあげたのに」


「ほんとに?」


「うん。私たちは友達でしょ?」


 梨穂子が真剣に少年に告げると少年はその言葉に押し黙った。あれ? そう思っていたのは私だけだったのか!? と梨穂子が焦りだした時、少年が口開いた。


「……友達、嬉しい」


 声を詰まらせた少年が泣き出したので梨穂子はハンドタオルを差し出した。コタロウは心配したのか少年の顔をべろべろと舐めた。


 落ち着いた少年を連れてそのまま格安スーパーを巡って黄桃の缶詰と奮発して滅多に買わない脂肪分四十パーセントの生クリームをひとパック買った。買い物の間は外で少年とコタロウが待っている。なるほど二人で散歩するとなかなか便利だと梨穂子は思った。


 マンションに戻って梨穂子は少年とケーキを作る。ケーキ型なんて無いからもっぱら活躍するのは牛乳パックだ。生クリームと卵を泡立てるのが疲れたけれどそこは少年と二人で交代しながら乗り切った。


 こたつテーブルに長方形のケーキが置かれた。クリスマスに何かについていた、ろうそくを探し出した梨穂子がケーキにそれを三本さした。


「少年、何歳になるの?」


 ケーキにさしてから聞く梨穂子がおかしくて少年は笑った。


「九歳だよ、お姉さん」


「……ろうそくはやめる?」


「ううん。三人だから、三本がいい」


 コタロウは人じゃないけど、と思った梨穂子だが、少年にとったらコタロウはそのくらい大事なんだろうと理解した。火をつけるものが何もなくてコンロからろうそくで火を持ってくることにしたので数滴、ろうが床に落ちてしまった。一本だけ妙に背の低いろうそくになってしまったが、なんだかそれがコタロウのようで二人で笑ってしまった。


 梨穂子が過去ハッピーバースデーを歌った相手は一人だけ。少年は栄えある二人目となった。


「お誕生日、おめでとう」


「ありがとう」


 一気にろうそくの火を吹き消した少年が満足そうに笑う。


 危ないからとケージに入れられたコタロウが不満げにキャンキャンと二人を見て鳴いていた。


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