第31話金城梨穂子は幸せが怖い
それから、何度かキャンプに行った。東条は「何度も使わないと損じゃないか!」と言葉巧みに梨穂子を誘った。最近はだんだんと三人と一匹でいるのが普通になってきて、梨穂子はそこに幸せを感じるようになってしまった。
東条に作ったご飯を褒められまくられ、
英輝はどんな服装をしても梨穂子が可愛いという。
言わずもがなコタロウには常にストーカーされている。
もしかしたら、愛されているのかもしれない。
そうして、自分もいつの間にか愛しているのかもしれない。
そう思うと梨穂子は怖くなった。
とても、怖くなった。
***
梨穂子がまだ梨穂子でなかった時代、親に褒められた記憶など一度もない。
この不細工
辛気臭い
気が利かない
黙ってろ
母親だという女からはそんな言葉しか聞いたことがなかった。両親は朝出かけてはパチンコ屋に通っていた。偶に勝って帰った日には、お菓子を渡してくるだけ父親の方がマシだったのか、なんなのか。
今思えば完全なネグレクトで、クズとしか言いようのない親だった。
それでも、あの時は世界のすべてがボロアパートの一室で、毎日お腹を満たす方法を考えていた。
――
同じボロアパートに住んでいた涼子の家は母親がしょっちゅう男を部屋に引き込んでいた。とても綺麗な人だったが、男にだらしなく、子供には関心がなかった。梨穂子の親と違うのは、涼子にお金を渡していたことだ。
梨穂子の家は両親がパチンコで家にいなくて空っぽ。涼子は母親が男を連れ込むので、大抵家を追い出されていた。ある時、雪が降る日に家から追い出された涼子と会った。震える彼女を家に引き入れたのは梨穂子だ。それから、いつからそうなったかは分からないが、お互いギブア&テイクで梨穂子が家を提供して、涼子の貰った千円を二人で使った。お金はいつ貰えるか分からないので二人で相談して大事に使った。
安売りの日に卵を買いに行って、一人ワンパックまで百円。二人でツーパック買って最初の日だけ卵焼きを焼いて食べた。調味料はスーパーで貰えるお醤油のパックと喫茶コーナーの砂糖のスティック。それでも二人にはごちそうだった。残りの卵はゆで卵にしてチビチビと食べた。
涼子はとても整った顔をしていた。零れそうな大きな目、色素の薄い茶色の髪。白い肌にツンと尖った鼻。でもお風呂に入れないのでいつも薄汚れた格好をしていた。梨穂子の家で水を浴びたり、服を二人で洗ったりした。
あの時、梨穂子と涼子の間には誰よりも強い絆があった。
後にも先にも、魂で繋がっていると思える親友は梨穂子にとって涼子しかない。
だから、涼子の母親が『これで私も勝ち組よ!』と言ってボロアパートから涼子を連れて出て行った時、彼女の幸せを願って、一生関わらないと誓った。
――パチンカスの両親をもった梨穂子とつながりを持って、いい事なんてあるわけがないと、一番分かっていたのは梨穂子だ。
訳もなく最近になって涼子を思い出すことが多い。きっとあの親子が梨穂子と関わってくるからだろう。ずっと、誰かと親しくすることは避けていたし、そもそも誰かが梨穂子に近づくことは無かった。
誰かに依存して、そして離れるのは辛い。
副社長であり、エリートの東条とその息子の英輝。このまま一緒にいてもいい事はないのは分かっていた。いくら名前を捨てたからと言って、梨穂子の両親との血のつながりは切れるわけはない。
生きていればきっと厄介なことにしかならないだろう。
一番初めに梨穂子の身元引受人になってくれた夫婦は、両親に見つかって、脅迫されてしまった。直接自分が被害にあうより、親切にしてくれた人が被害にあうほうがダメージが大きい。
あれから、あの手この手を使って梨穂子はやっと繋がりを絶った。
コタロウと出会ってから、こんなに人と繋がるなんて思っていなかった。迷惑はかけたくない。漠然とした不安を胸に抱きながらも梨穂子はもう少しだけと東条たちとの関係を続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます