第30話金城梨穂子は流れ星に願う

 そのあとはシートを敷いて、その上に毛布も敷いて、三人と一匹で寝転んで夜空を見上げた。当然コタロウは梨穂子の足元で丸くなっていた。 


「流れ星だ」


 英輝が興奮して空に指をさした。晴天だったせいか、流れ星がいくつも見えた。こんな風景を見たこともなかった梨穂子も興奮して夜空を見上げていた。


「お父さん、願い事って叶うのかな?」


「願い事があるのか?」


「また、みんなでキャンプしたい」


 ささやかな英輝のその願い。その「みんな」に自分とコタロウが含まれていることがなんだがとてもむずがゆく感じた。


「その願いはお星さまじゃなくてお父さんが叶えてやれるぞ。な、梨穂子」


「りほちゃん、ほんと!?」


「え……ああ、うん」


「りほちゃんとお父さんは願い事、ないの?」


「えーっと」


 老後の資金が早くたまること、なんて薄汚れた願いが言えるわけもなく、梨穂子は言葉を濁した。


「俺は……もう、犬にならないこと……」


 英輝の隣に寝転ぶ東条は切実な願いをつぶやいた。


「きっとあの一番大きくて光る星はお母さんだ」


 思わず、といった風に英輝がそうつぶやいた。


「きっと英くんを見守っているから、一番光って見えるんだね」


 梨穂子がそう返すとそのあとは沈黙が続いた。


 星たちは次々と流れていくのに忙しいようで、三人の表情を照らすようなことはなかった。



 英輝をテントの中に寝かしてきた東条は梨穂子をテーブルに誘って、アルコールは飛ばしたからとホットワインを入れてくれた。蜂蜜の甘さが優しい。オレンジとブルーベリーが入っていて、混ぜるのに木の枝がさしてあると思ったら、シナモンスティックだった。なんだかとっても洒落ている。


「おいしい」


「そう、よかった。こういうのは得意なんだ」


 ランプの光に照らされて東条の嬉しそうな顔が見えた。いくら無頓着な梨穂子でもその顔にはドキッとした。改めて見る東条は美男子である。そう確認するたびに梨穂子はこの親子が自分とは違う世界に住んでいる気になった。


「驚いたよ。英輝が母親のこと、あんなふうに話すなんて」


「私には、よく話してくれますよ」


「君には完全に心を開いているんだな」


「きっと知らないから、話しやすいんでしょう。他人の気持ちにとても敏感な子です」


「妻が生きていたら、こうやってキャンプなんかできていたかな……いや、やっぱり好きな男のところに行ってしまって、俺と英輝は捨てられていたかもしれん」


「奥さん、そんなに好きな人がいたんですか? その、副社長なら結婚して、子供も生まれたなら、あきらめそうな気もしますが」


「行方知れずになっているみたいで結婚してからもずっと探していたからな。入院してからも止めなかった。そいつのために財産も残していて、俺への最期の頼みは見つかったらそれを渡してほしいってことだった。正直、そこまで好きだったのかと思うと落ち込んだよ。俺のことは好きだが、その男は「魂の片割れ」なんだって言っていた。そこには割り込めない何かがあった」


「見つからなかったんですね」


「……死んでいるかもしれないと報告が来ていた。妻はそれを認めたくなかったんだ」


「……」


「彼女は俺にとってとてもいいパートナーだった。美しかったし、賢かった。よくわからん女に付きまとわれて「壊滅的に女を見る目がない」と何度か怒られたけど、いつもうまく対処してくれたしな。何より仕事に集中させてくれた」


「そうですか」


「梨穂子、一つ、懺悔させてくれ。 今から告白するが、聞かなかったことにしてくれ」


「え?」


「契約結婚という形で結婚したから。好きな男がいるのは初めからわかっていた。だからプライドが邪魔して言えなかったんだ。俺は妻を愛してた。英輝を産んでくれて感謝していた。できれば俺のことも愛して欲しかった。病床で最期に男への想いを託されて言い出せなかったけど、あの時「英輝を産んでくれてありがとう、愛している」と言えなかった自分にいまだに後悔している」


 暗がりの中で東条の顔はもう見えなかった。最後の語尾が震えていたので泣いていたのかもしれない。不器用な人なんだな。と思った。


 奥さんが生きていたら幸せな家族になれたかもしれない。


 東条に「愛してる」と告げられて、英輝に抱きしめられたら、奥さんだってきっと思い直しただろう。


 今、梨穂子の座る席で、笑っていたかもしれないのに。


 どうか、この二人が幸せになりますように。


 梨穂子はそんなことを流れ星に願った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る