第19話金城梨穂子はまた困惑する

『起きてくれ、大変だ。またコタロウになってしまった』


「ん? コタロウ? もうちょっと寝ようよ。」


 コタロウに手の甲をひっかかれて梨穂子は目覚める。土曜日くらいもう少し寝かせて欲しいとコタロウを抱きしめて頬をぐりぐりと押しつけた。いつもなら暫くして諦めるコタロウは今日に限って諦めてくれなかった。


『金城!』


「んもー。コタロウはぁ~。甘えんぼさん」


『寝ぼけているのか? 俺だ、東条孝太郎だ! 頼むから起きてくれ!』


「?…… 東条? ええっ!!」


 ガバリと梨穂子が体を起こすとコタロウがお座りして見上げている。


『済まないがまたこうなってしまった』


「……」


 東条のせいでもなんでもなさそうだが、また困ったことになったようだ。


「と、とりあえず、東条さんのお家に行きましょう」


 梨穂子は中身東条のコタロウを抱っこしながら犬用トイレを持った。二度目となれば多少の用意は心掛けられる。エレベーターに乗って最上階まで行けば、インターフォンを鳴らす前にドアが開いた。


「お姉さん!」


「ああ。うん。またお父さんが困ったことになったね」


 そうして前回と同じく東条の手足を縛ってシートとタオルを敷いた。


『どうしてこんなことになるんだ……』


 本当に摩訶不思議である。しかも、梨穂子の愛するコタロウは東条の身体の中に本当にいるのだろうか。心配だ。


「明日になったら戻るのかな」


「明日じゃなくても戻って欲しいけど」


『問題はこれから母がやってくるんだ』


「え。春子さんがいらっしゃるんですか」


「あ、そういえば、おばあちゃんが午後からくるよ?」


「えー……」


『メッセージを入れて仕事が入ったことにして明日にしてもらおう。明日にはもしかしたら戻っているかもしれないし』


「そ、それがいいですね」


『スマホが枕元に置いてあるから、ロックを外してコメントを打ってもらえるか?』


「わ、わかりました」


 東条に言われたとおりに操作して春子にメッセージを打つ。親子の会話は梨穂子の想像より軽い感じでおこなわれていた。


 ――おはよう、母さん。急に仕事が入ってしまったのでうちに来るのは明日にしてもらえるかな? 英輝の事は知り合いに頼んであるから心配しなくていい


 ――おはよう。あら、大変ね。土曜日に英輝の事を頼める知り合いなんて貴方にいたかしら?


「東条さん、お母さん、結構鋭いですね」


『……君は俺が友達の一人もいないと思っているのか?』


「……あ、いえ。そんな形跡を見たことがなかったものですから」


 そうは言われてもここのところの付き合いで東条が友達らしき人に接しているのは見たことは無かった。案外、梨穂子と同じボッチかもと密かに仲間意識が芽生えていた。


『まあ、いい。それは。『大丈夫だから明日の午後待っている』と打っておいてくれ』


「はい」


 言われた通りにメッセージを打つと『了解しました!』と可愛い猫のスタンプが帰ってきていた。東条の母親の春子さんは明るい性格のようだ。


 頼まれたことをして、一仕事終えたような気になった梨穂子は、また先週と同じように英輝と過ごすことになった。コタロウと梨穂子と過ごせることになって英輝のテンションがまた上がっていた。


 朝ごはん、お昼ご飯と食べて後は英輝とゲームをした。先週と違うのはコタロウになった東条がジッと自分の体のところで見張ることはせず、時々見に行って確認する以外は英輝と梨穂子の近くにいる事だった。


 そしてもっとも先週と違ったのは、


「きちゃった!」


 午後から東条の母親が現れたことであった。


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