第18話金城梨穂子は親子と過ごす

 月曜になっても火曜になっても東条がコタロウになることもなく、東条も梨穂子も胸をなでおろして暮らしていた。月曜から東条の母親が来てくれる筈だったが、思っていたよりも腰の調子が良くならなかったとかで、もう一週間梨穂子が面倒を見ることになった。英輝は手はかからないし、正直日当一万円は美味しい話だっただけに断る理由もない。


 ただ、今までは英輝と待ち合わせして夕飯を食べさせてから家に帰していたのに、東条が迎えに来るまで英輝が梨穂子の家で過ごすようになった。どうしてこうなったのか梨穂子にはわからない。まあ、それも今週だけのことだがらいいのだが。


「シュークリーム、食べるか?」


 月曜はアイスクリームが溶けるからと強引に梨穂子の家に上がってきた。火曜はみたらし団子が温かいうちにと。水曜は喉が渇いたと言ってクッキーとともに。木曜になるともう梨穂子も無言で部屋に通すようになっていた。


「わーい!! お姉さん、僕、紅茶がいい!」


 紅茶はすでに英輝がティパックを箱ごと部屋に運んできていた。いつの間にかキッチンに何故か現れていた全自動コーヒーメーカーにコーヒー豆。電気代もかかるだろうと梨穂子は断固として水をセットするつもりはなかった。まあ、紅茶はパックだから入れてやらなくもない。――しかしどうして三人お揃いのマグまであるのだろうか。


「お姉さん、美味しいね! ……お、お父さん……ありがと……」


「あ、う、ああ」


 むやみに欲しがったりしないコタロウがこたつテーブルの下から顔を出してこのぎこちない親子のやり取りを梨穂子と眺める。この親子はコタロウと梨穂子をダシにして親子関係を修復しているに違いない。まあ、それは良い事なので許すけれど。


 やっぱり英輝も甘党なようで、東条が持ってくる菓子に大喜びだ。もっとも父親がここまで自分の事を気にかけてくれるのが嬉しいのかもしれない。最近は会社の方でも副社長が子供の為に早く帰っているという噂も聞く。秘書課の彼女が副社長の子供を虐めて、子会社に出向という名の左遷にあったというおまけ話付きだ。


「それでね、体育の先生が今度は跳び箱を一段増やすって言ってね」


 父親が来ると英輝はさらに饒舌になって学校の事やらコタロウの事やらを報告しだす。東条がそれをうんうんと優しい目で聞いている光景は、少なくとも梨穂子の癒しになっていた。


「それでは、また明日」


「おやすみなさい! お姉さん! コタロウ!」


「おやすみなさい」


 テンションの高いまま英輝が東条と手を繋いで帰っていく。


 そんな親子の姿を見るのはまあ、悪くないと梨穂子は思った。


 そうして金曜の帰り際に東条が来週からは母が来てくれるので、ここまで迷惑かけることは無いと思うと言った。が、友達としてまた英輝と会ってやって欲しいとも頼まれた。


「総務も来週あたりからは忙しくなるだろう?」


 どうやら東条は梨穂子が英輝(とコタロウ)の為に定時きっかりに帰ってきていることを知っているようだった。


 その夜、梨穂子は英輝と会う回数も減るな、と少しだけ寂しい思いをしながら布団に入った。何もわかっちゃいないコタロウは梨穂子の背中に沿うように体をくっつけて寝ている。寂しさもコタロウが要れば紛れる。


 本当に、可愛いなぁ、なんてコタロウの事を撫でたりして。


――まさか、また東条がコタロウになるなん考えても見なかった。



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