第17話金城梨穂子は親子と朝食を共にする

「美味しい」


 玉葱入りの味噌汁とおかずを並べた食卓を三人で囲った。いつも一人で食べている梨穂子はこの光景になんだか落ち着かない。席に着くと一番に孝太郎がみそ汁に口をつけた。


「お父さん、お姉さんは料理がとっても上手なんだ!」


「……お口に合うようで良かったです」


 まるで自分の事のように英輝が梨穂子の事を褒めるので恥ずかしい。右手でお椀を持ち味噌汁を啜るタイミングも同じ親子に、妙に感心しながら梨穂子も口に付けた。出汁を利かせたので少し薄味にしたのだが気にならないようだ。流石、置いてあった味噌も高級そうだった。人の家だと言うのにチビチビと使ってしまった。


「僕、この玉子焼き毎日食べたい」


 英輝が適当に焼いた卵焼きまで褒めるのでもう、梨穂子は家に帰りたくなった。東条も文句はないのか卵焼きを食べている。プロが作った作り置きのおかずがあるのにそっちを食べて欲しい。しかし、この二人、よく似ている。多分味の好みも同じで、甘い玉子焼きが好きなのだ。お味噌汁に玉葱と聞いた時に、卵焼きを甘くして良かったと梨穂子は思った。


「ハウスキーパーさんに甘い玉子焼きがいいと言えばいいんですよ。卵焼きの味の好みは結構別れますからね」


「ふうん。でも、僕、お姉さんの卵焼きが一番おいしい」


「や、も、それ以上は……」


「何も謙遜することはないだろう。俺も十分美味しいと思う」


 東条が自分の事を『俺』と言い出す。止めてくれ、プライベート感出すの。コタロウになったから? なんだか怖い。しかもコタロウもコタロウで東条の家を自分の家のごとくつろいでいる。今もまるで自分の家のようにコタロウが梨穂子の足元にいる。まあ、梨穂子にくっついてくるのだからいいのだけれど。


 その後も味噌汁を褒められて、ちょっとした公開処刑のような朝食が終わると食器を洗ってから梨穂子は家に帰ると告げた。エレベーターを乗るだけだと言ったが荷物もあるのだからと東条と英輝が布団とコタロウを抱いて送ってくれた。


「本当に、色々と迷惑をかけた。英輝も世話になっているし、なにか礼がしたいんだが」


 玄関先で布団を人質に取りながらそんなことを言われたが、正直あんまり副社長という立場の東条とは関りを持ちたくなかった。


「いえ、お気持ちだけで結構です」


「……」


 速攻で断られるとは思っていなかったのか、東条が言葉に詰まった。陰キャで貫いているのに当たり前だろうと、梨穂子はそそくさと布団を受け取って退散しようと思った。


「お姉さん、コタロウを中に入れてもいい?」


「あ、うん。お願い」


 しかし勝手知ったる何とやらで英輝がコタロウを抱いて梨穂子の玄関に靴を脱いで上がった。


「布団はリビングでいいか?」


「え?」


 なぜか東条も当然の事のように靴を脱いで梨穂子の家に上がっていった。玄関に取り残された梨穂子は慌てて二人を追いかけた。結局その後、英輝の提案で三人で散歩に行くことになり、親子が交代でコタロウにボールを投げるのを梨穂子が複雑な気持ちで見つめることになった。

 昼食はごちそうすると言う東条に、梨穂子はコタロウを留守番させたくないと断った。それで上手く理由をつけたつもりだったが、それならとまた東条のところでご飯を食べることになり、余り物で作ったミートソースを大げさに二人に褒められて辱めを受けてしまう梨穂子であった。








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