第24話金城梨穂子は念を押す
「東条さん、あの。この際はっきりと言います。私は貴方には、というか誰にも相応しくないのです」
「どういうこと?」
「こんなこと言いたくないのですが、東条さんの秘密も知っているので正直に話します。私、親に虐待されていて、そのクズ親から逃げるために養子縁組してもらって更に名前も変えています。血だけ繋がった両親は必死で、私にたかる為に今も尚私を探していると思います。生きていれば、ですが。ですから私は誰とも縁を結ぶつもりはありません。付き合うのも無理です」
「英輝と友達にはなったのに?」
「……それは」
「母とも友達じゃないか。俺だけのけ者なんてズルいぞ」
「ず、ズルいって、今事情を話しましたよね? 私と関わると碌なことがありません。……もし、英輝くんとも会わない方が良ければもう会いません」
「英輝が今、君とコタロウの存在を失くしたらと思うと恐ろしいよ。こんなことを言うのもなんだが、俺は優秀だぞ。君をそのクズ親から遠ざけるために策を練ることも出来る。付き合ってくれるなら君を守ると約束する」
「そこまでして……」
「俺は君の犬になるんだぞ? それを上回る問題がこの世のどこにあると言うんだ」
「……確かに」
「なにも結婚だの重い話じゃない。付き合うだけだ。今の関係に名称がつくだけだ」
「そんなものなのですか?」
「大げさなことじゃない。そんなものだ」
事情を話した上の判断で東条がそう言うなら、そうかもしれないと梨穂子は思った。人づきあいも苦手なのに恋愛ごとなんて梨穂子には別世界である。別に東条がそうしたいならまあ、いいかという気になった。――あらゆる手は打って、もうこの十数年、両親とは会っていない。今、見えていない敵に怯えても無駄だと思ったのだ。
「ちなみになんて名前だったんだ?」
「申し訳ないですがそれは言いたくありません。本当に、貴方を巻き込みたくないんです」
「ふうん」
東条は面白くなさそうだったが捨てた名前を梨穂子は思い出したくもなかった。梨穂子にとってそれは口に出すだけで不幸になる呪いの名前なのだ。
「まあ、とりあえず、よろしくな、梨穂子」
「え」
いきなり呼び捨てにされて梨穂子は面食らった。
「恋人同士になったら名前で呼び合うのだぞ? そんな常識も俺が教えてやろう」
「はあ」
「コタロウと孝太郎は似ているから抵抗ないだろ?」
「まあ、そう言えば」
「梨穂子、いい匂いがするんだが」
「ああ。簡単な夕飯は用意しましたよ」
「英輝! 起きろ、夕飯にしよう!」
話が決まれば、と孝太郎は寝ていた英輝を起こした。
「出来立てのご飯って美味しいね」
気持ちよく寝ていたところを起こされたと言うのに英輝はニコニコと食卓に着いた。そうして父親をみて、梨穂子を見て、テーブル下にいるコタロウをみた。英輝がエビフライが食べたいと言っていたのとスーパーの安売りのブラックタイガーがかぶっていたこともあり、運よく本日はエビフライだ。きっと孝太郎と英輝はこんなに腰の曲がったエビフライなんて食べたことはないだろう。それなのに二人は大量に揚げたエビフライを沢山食べた。手づくりマヨネーズにキュウリのクズと人参のクズとゆで卵を混ぜただけなのに、タルタルソースも気に入ってくれたようだった。
「ご馳走様! 僕このエビフライまた食べたい! こんなにおいしいエビフライ食べたことがない!」
絶対に、そんなことな無いのだ! しかし、ここで反論すると賞賛の嵐に赤面させられることになる。この親子は天井知らずに誉めまくるのだ。そう思うと梨穂子は曖昧な返事をしてはいけないと、ぐっと堪えて沈黙した。
「英輝、話しておきたいことが有る」
そこで、お茶を飲んで落ち着いた孝太郎が発言した。なんだか嫌な予感が梨穂子を襲った。
「何? お父さん」
「お父さんは梨穂子とお付き合いすることになった」
「「え」」
英輝と梨穂子の声が重なった。 え、なんかそういうの、すぐ発表することなんですか? 母親を亡くしている子供に? わざわざ?
梨穂子は頭が真っ白になり、コタロウは足元で尻尾を振っていた。
しかし、英輝が返した言葉は梨穂子が想像していたものとは違った。
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