第23話金城梨穂子は付き合わないかと誘われる

 カリカリカリ


 おおぃ……


 寝室からドアを掻く音とうめき声が聞こえて、急いで梨穂子がそちらに向かった。ドアを開けると尻尾をふったコタロウが梨穂子に飛びついてきた。急いで縛っていた手足を開放すると、東条はそのまま上半身を起こした。


「君の言う通り、戻れたようだ」


「良かったですね!」


 昼寝から覚めた東条はコタロウの身体から無事に自分の身体に戻れたようだ。心の底からホッとする。


「では、帰りますね。おいで、コタロウ」


「ちょ、ちょっと、待ってくれ。俺を見捨てるな」


「え?」


「また変わってしまうかもしれないだろう?」


「でも、今は戻っているじゃないですか。先週も大丈夫だったし。」


「また犬になったってことが重大じゃないか。どうせ君も土日は家にいるんだろう? お互い原因を探るべくもう少し考えるべきだ」


「……それはそうですね」


 コタロウが戻れば梨穂子はさっさと自分の家に戻りたかったが、よく考えて見れば、大事なコタロウの魂が東条にどこかにやられてしまっているのかもしれないのだ。今は良くとも戻らなくなってはお互いに困る。


「君にはお付き合いしている人はいるのか?」


「え。いるわけないのは知っていますよね?」


「一応、訪ねてくる男がいるって聞いたが」


「訪ねてくる男? そんなの……あ、山波さんか。ペットショップの店長さんですよ。リスみたいなかわいい奥さんがいますし、コタロウに色々持って来てくれてるだけです。ペットショップに捨てられたコタロウを私が引き取ったので飼育のことを色々教えてもらっているんです」


「……なるほど。英輝に聞いた時も、まあ、そんなことだとは思ったが」


 だったら聞くなと言いたい梨穂子だ。いったい東条は何が言いたいのだとふてくされていると次の瞬間爆弾は投下された。


「俺もお付き合いしている女性はいない。別に亡くなった妻に操を立てる気もないが英輝の事もあるし、恋愛には特別興味がないんだ。で、提案なんだが金城さんと俺がお付き合いするというのはどうだろう」


「は?」


「そういうことにしておいた方が、土日にここに来てもらう事も英輝を預かってもらっていることも納得できるだろう」


「ああ。春ちゃんが、ですか?」


「それもあるし、会社でも噂になっている」


「え」


「三井に処分を下してから残業せずに帰るので恋人がいると噂されている」


「待ってください。東条さんサイドの噂なら私には関係ありません。英輝くんを預かるバイトをしているってことでいいじゃないですか」


「それを断ったのは君じゃないか」


「……だからって。私と東条さんとじゃ釣り合わないし」


「実は亡くなった妻に俺は壊滅的に女を見る目がないと言われていた。その時彼女に聞いたんだ良い女の条件」


「条件?」


「玉葱の味噌汁が美味しくて甘い玉子焼きを焼きてくれる人」


「はあ? そんなのいっぱいいますよ」


「俺の周りには居ない」


「春ちゃんもそうでしょ?」


「母の卵焼きはしょっぱい」


「……変わった奥様だったのですね」


「で、どうだ?」


「いえ、普通にお断りしますよ」


「どうしてだ。別に付き合うくらいいいだろう」


「お付き合いとかしたことないですし。これからもするつもりないです」


「結婚も?」


「しません」


「じゃあ、別にいいじゃないか。付き合うくらい。減るものじゃないし」


「東条さんだって私と付き合うメリットなんて無いじゃないですか」


「俺はメリット大有りだろう。犬に入れ替わったときに世話になれるし、君は結婚を迫らない。どうだ? 俺も結婚は迫らないし、君は気軽に男と付き合うと言う未体験が出来る」


「私なんかと付き合ったら後悔しますよ」


「こんな状態の俺の方がヤバいだろう。時々犬になるんだぞ?」


 東条は条件のいい男でモテる。しかし時々コタロウになるのだから誰かとどうにかなるのは現状無理だ。梨穂子だってコタロウが戻って来ないと困る。


 けれども梨穂子はどうしても誰かと付き合うという事は出来ない。ふう、と息を吐いて梨穂子はこの提案を諦めてもらうために覚悟を決めて東条に話をした。

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