第25話金城梨穂子は人生最大のモテキに入る
「認めない! 僕はお姉さんが好きだもの!」
「は?」
「お姉さんはお父さんのどこが好きでお付き合いするの?」
「え、と? 」
「お父さんはお姉さんのどこが好きなの?」
「「……」」
「僕はね、お姉さんが好きだよ。僕にコタロウをさわらせてくれるし一人で怖かった時も側に居てくれた。美味しいご飯も作ってくれるし、誕生日も祝ってくれた。お父さんは僕よりもお姉さんが好きだって言うの?」
「……」
英輝の言葉に孝太郎は絶句した。反論など出来ない。英輝より梨穂子が好きな理由がある筈もなく、あるのは利害から産まれた大人の思惑だけ。一方梨穂子は思考が停止してしまった。彼女が生きてきてこんなにも熱く真っ直ぐに告白されたことはない。ちょっと感動しているのかもしれない。
「お父さんはお母さんに、いい女の人は玉葱入りの味噌汁を作ってくれて、甘い玉子焼きを焼いてくれると教わったんだ。だから、梨穂子と付き合うことにした」
「それは僕にだって当てはまる」
「梨穂子は三十歳だぞ? お父さんの方が歳も近い」
「でも、僕の方が大好きだよ?」
梨穂子は二人のやり取りをみて目を丸くした。小さい男と大きい男が自分を取り合っている。自分の人生でこんなにモテたことはない。真っ直ぐな英輝に好きだと言われるのはムズムズしてしまう。孝太郎が梨穂子の事を好きだと言うわけではないのは分かっていたので、この言い争で勝てるわけがなかった。
「認めてくれないのか?」
「絶対にダメ」
しかし、いつからこんな言い争いが出来るまでに仲良くなったのだろう。梨穂子はおかしくなって笑った。自分がこんな風に言われることにもおかしくて仕方がなかった。
「あははは」
「梨穂子、何笑ってる?」
「お姉さん、なにがおかしいの?」
「だって、二人とも、こんなに仲良かったのかなって」
梨穂子の言葉に二人は顔を合わせて真っ赤になった。その様子を見て梨穂子はニヤニヤした。
「じゃあ、とにかくおばあちゃんにはお父さんと付き合っていることにしてくれ。そうしないと梨穂子がここに来れないから」
「お姉さんが家に来てくれるためなら我慢する」
仕方がない、と言った風に英輝が折れた。どうやら英輝はこの家に梨穂子を呼んで、ゲームをまたしたいらしい。チラチラとゲーム機を見て思案していた。梨穂子のところだと出来ないのは重々承知だからだろう。一度持ってくると言ったのを電気代がかかると断っている。
二人が喧嘩腰になったのを察知してコタロウが梨穂子の膝に飛び込んできた。梨穂子はコタロウを抱っこして落ち着く様に背中を撫ぜる。
「コタロウ、アレはじゃれてるの」
だから、平気なんだよ。少し羨ましい気分にもなりながら梨穂子は二人を眺めていた。不安そうに見上げていたコタロウは私の手をぺろりと舐めた。
なんで、玉葱の味噌汁に甘い玉子焼き。
親子を眺めながら梨穂子は苦笑した。亡くなった孝太郎の妻は随分変わった人だったらしい。けれど、確かに孝太郎は女を見る目はなさそうである。というかあんまり関心がないようだった。
お姉さんが好きなんだもの
英輝の言葉が梨穂子の心を温かくした。そんなことを言われるのは生涯で二度目だ。
親にも言われたこともない。
いつも汚い格好をしてお腹を空かせていた梨穂子に心から「好き」と言ってくれたのはたった一人。
あの辛くて暗い時期を過ごした同志だったあの子だけ。
そんなことを思い出していた梨穂子はまた指をぺろりと舐められた。つぶらな瞳がジッと膝の上から梨穂子を真っ直ぐ見つめていた。梨穂子はその背中を撫ぜた。
「そうだね、コタロウは喋らないけど、いつも言ってくれてるね」
そう言うとコタロウの尻尾が控えめに揺れた。コタロウは全身で梨穂子の事が好きだと訴えてくる。
ああ、愛おしいとはこういうことを言うんだと、人生最大のモテキを梨穂子は少しだけ楽しむことにした。
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