第26話金城梨穂子は世界一可愛いらしい
梨穂子に告白をしてからというものの、英輝の愛情表現は大胆になっていった。
「僕のお母さんは世界一綺麗だったけど、お姉さんは世界一可愛いね」
「……ああ、うん」
何だろう、これは、と、戸惑う。一般的な平均を知らないのか、世界が極端に狭いと思われる英輝は梨穂子の事が世界一可愛いという。誰かに聞かれたら軽く死ねる梨穂子だ。どう考えても自分は可愛くなどはない。
海外に二年いると、こうも愛情表現が過剰なのだろうか。相談したくとも、そんな友達はいない。
「少年はお母さんが大好きなんだね」
最近は禁句だと思っていた母親の事を口に出すことも多い。何より、英輝が率先して母の事を語りだした。……誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「お姉さん、あのね。僕も、りほちゃんて呼んでいい?」
「ええ。あーうん」
「僕の事は、英輝でも、英くん、でもいいよ。あーでも、『英くん』が、いいかなぁ。だって、お揃いみたいでしょ? りほちゃん。」
「あーうん」
始めはちょっと嬉しかった。が、度が過ぎてはいないだろうかと悩む。そんな風に悩んでいたときにお店のポイントがたまって、コタロウを池波の店のトリミングに連れて行った。
***
「コタロウをお願いします」
「サマーカットでいいですか?」
「はい」
コタロウはサマーカットしかしていない。短く刈り込んだら次のポイントがたまるまでカットが長持ちするからだ。多分、真冬になってもサマーカットしかしないだろう。寒いといけないのでお手製の服をコタロウに着せるつもりだ。
トリミングしてくれるのは山波の奥さんで、小柄で目がキョロっとしていてかわいい。性格は見た目と違って少しきついようだが、山波は奥さんの尻に引かれていて幸せそうだ。
「では、五時半以降にお引き取りお願いします」
トリミングには時間がかかる。初めてしてもらった時なんて梨穂子は三十分おきにコタロウの様子を見に来てしまったが、三回目ともなると慣れてきたもので、一旦家に帰って用事を済ませてから引き取りに来るようになっていた。
今日もそのつもりでコタロウを預けるが、コタロウに服を着せようかと思っていたので、犬用の服の縫製の仕方を学ぶべく、店内の犬の服を事細かく観察していた。
「ママ―!ただいまー!」
「ゆかちゃん、お帰り! あれ? パパは??」
「パパ、じてんじゃ、なおしにいってる」
「あら、そう」
幼稚園の制服を着た子供が元気よく店内に入ってきたので自然と梨穂子の目もそちらに向けられた。奥さんを『ママ』と呼ぶのだから山波の子供で間違いないだろう。おさげの可愛い女の子だ。
「あれ、ママ。これなあに?」
娘さんは奥さんの髪に付けられた桃色のシュシュを指さした。
「これ? 髪を結ぶものよ」
「かわいー!」
「そう?」
「ママ、せかいいち、かわいいね!」
「ウフフ、ありがと」
キラキラとした目が本当に奥さんの事を世界一可愛いと言っている。なるほど、子どもにとってお母さんって、世界一かわいいものなんだ。
「ゆか―! じゃあ、パパは?」
そこへ、 風で髪の毛があっちこっちに飛ばされていて、ボサボサ、黒の太いフレームの眼鏡も歪んでいる山波が登場した。はっきりいって、どこのコメディアンかと思う野暮ったさ。よくもこれで「パパは?」って聞けるな、と思ったが……
「パパは、せかいいち、かっこいい!」
え。
正直、この会話に梨穂子は引いた。恐ろしい。小さいころからきっと刷り込まれてきたに違いない。ママは世界一可愛くて、パパは世界一、カッコいいと……
怖い。
ストップ、刷り込み……
そこで、これはひとごとではないことに気づいた。なるほど、そうだったのか。と一人で納得。英輝が梨穂子の事を世界一可愛いというのも、母親に自分を重ねているのだと悟った。
その後、コタロウを連れて家に帰ると、英輝が孝太郎を連れて、梨穂子を夕食に誘いに来た。
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