第27金城梨穂子はレジャーに誘われる

 夕食は東条家で食べる。コタロウを連れて訪れることも慣れて、東条親子が訪れるのが分かるとコタロウは玄関でドアの前で待つようになってしまった。食材がそろっているのだからと東条の家で作ることになっていて、梨穂子が料理を作るのでギブアンドテイクである。


「こんなに人参入れちゃうの? 僕、あんまり好きじゃないよ」


「大丈夫だよ。おいしくなるから。少年は人参が苦手だからね」


 エプロンをつけて二人で台所に立つ。お揃いのエプロンは恥ずかしかったが、英輝が家庭科で作ったものなので、断れなかった。ひき肉に大量の人参のすりおろしを入れて練る。最近は手伝いたいと英輝が率先して梨穂子の隣に立った。そのやる気を尊重したくて、出来そうなことはやらしてやることにした。こうして二人で作り、その間、東条はリビングで持って帰っている仕事をパソコンでする。そんなルーティンが出来上がっていた。


「こうやって、空気を抜いて形をととのえるんだよ」


「うん……」


 ハンバーグの成形をしながら隣を見ると、いつもは機嫌よく手伝う英輝が苦手な人参をたくさん入れられたのを見てテンションが下げている。けれど、梨穂子がアルバイトしていた時に習ったこのレシピは人参嫌いの子供にも人気だったので、きっと英輝も気に入る自信があった。


 トマト缶を開けてソースを作り、今日は温野菜のサラダを作った。大抵のものはおいしいと絶賛して食べてくれるので、ひそかに作り甲斐を感じていた。


 料理ができて、食卓に並べると、パソコンを畳んだ東条も席に着いた。


「いただきます」


 と手を合わせて食事を始めても英輝の箸は進まなかった。


「どうしたんだ、英輝? たべないのか?」


「……」


「少年は人参が苦手だから……でも、嫌いな子でも食べられるレシピだから作ったんだよ? 食べてほしいな」


「……『英くん』って呼んで、りほちゃん。そしたら、頑張る」


「え、えっと。頑張って、英くん」


 東条と梨穂子がじっと見守っていると、英輝がハンバーグに箸を入れた。切り取ったハンバーグを口に入れた英輝はそのまま、むしゃむしゃと口を動かした。


「お、おいしい。おいしいよ! りほちゃん!」


 飲み込んでから目を輝かせた英輝が梨穂子に言った。そうだろう、そうだろう、それを満足して眺める。それから、たくさん作ったハンバーグは東条と取り合うように英輝のお腹の中に納まった。


「ごちそうさまでした!」


 食器は東条が率先してシンクに運んでくれた。食洗器を使うのは憚られたが、『水道代が浮く』と孝太郎に説得されて、しぶしぶ使用することにした。新聞紙で汚れをぬぐっておいてからすすいだら、そこまで水道代もかからないと思うのに。しかしここは東条の家なのだから、梨穂子にも妥協が必要である。


「梨穂子の料理はすごいな。英輝の人参嫌いは筋金入りだったのに」


 シンクに皿を置きながら東条が声をかけてきた。

 あれから東条には名前を呼び捨てされている。釈然としないが、嫌そうにすると楽しそうな顔になるので好きにさせることにした。


「たまたまです」


「いや、英輝とこんなにうまくやれているのは梨穂子のおかげだ。ここ数カ月、俺たちはうまくやっていると思うんだが、どう思う?」


「え。どうといわれましても」


「相談なんだが、月末はキャンプにいかないか? 学生のころはアウトドアが好きでよく行っていたんだ。行く先はもう決めてあるし、もちろん費用は俺が出す」


「あの、おごられるのは好きじゃないんです。しかも、キャンプなんてしたことないです」


「初心者向けのキャンプ場だから気負わなくていい。英輝が友達が行ったのを羨ましそうに話していてな。任せてくれていい。費用は出すが、梨穂にはそれなりに動いてもらうし、なにより君がいないと話にならん。もちろんコタロウも楽しいに違いない」


「え。コタロウ?」


「コタロウも家族だからな。小さな小川がついていて、犬も泳げる」


「……」


 キャンプと聞いて自分には無理だと絶対に断ろうと思っていたのに、コタロウも行けると聞いては無視できない。コタロウはお風呂で水遊びするのが好きなのだ。きっと小川で遊べたら喜ぶだろう。

 そうして英輝とコタロウが遊ぶ姿を想像すると、ぐらぐらと梨穂子の心は揺れた。


「英輝はコタロウと一緒なら楽しいだろうな」


 東条の最後の言葉に梨穂子は降参した。最近、英輝のこともどうしようもなく可愛いと思っている自分がいる。英輝は何かをねだったりしない。だから、こちらが察してやらないといけない。少しずつだが、梨穂子と東条に甘えれるようになった英輝のためならキャンプだってチャレンジしてもいい。


 そして……洗い物を始めた梨穂子の足の上に座ってしまう温もりもこの上なくいとおしい存在だった。


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