第28話金城梨穂子はアウトドアの世界に足を踏み入れる
結局、東条の誘いに応じた梨穂子は次の日、買い物に付き合うことになった。いつも近くにある数軒のスーパーに歩いて回る梨穂子はその日初めて住んでいるマンションの地下駐車場に足を踏み入れ、東条の車を目にした。
思っていたのと違った。
目の前に現れたのは国産の車高の高い、いかつい車だった。黒い色で、タイヤが凸凹していかにもアウトドアが好きだという車だった。
「おいおい、梨穂子はこっちだ」
車になんて片手で足りるほどしか乗ったことのない梨穂子は英輝に続いて乗ろうとした。しかし、英輝を後ろの座席に乗せた東条は梨穂子の腕をとって助手席に乗せる。助手席というのはサポート席なのだから、当然だろうというのがその言い分だった。梨穂子がシートベルトに悪戦苦闘していると子供のように東条が閉めてくれたのだが、やたら近くなった距離にドキドキしてしまった。そんな梨穂子の膝に保温バックが乗せられて車は出発する。いつもと同じ東条は用意した缶コーヒーを開けてくれ、やら、ガムを二粒手に乗せてくれだのと、やたらとうるさかった。
アウトドア用品の店に着くと、これまた大変だった。どんどんとアウトドアグッズをカートに入れてしまう東条に梨穂子は面食らう。
「アウトドアの基本は長袖だぞ?」
そういって、帽子から靴まで、色違いでお揃いのものを揃えた。これでなくては外でする作業、虫や焚火に対応できないと説得されて、もう梨穂子に口出しできるものではなかった。
「テントまで購入するんですか?」
コンパクトなダッチオーブン用のコンロと蓋つきのバーベキューコンロ。テーブル、火起こし器にランタン。トングや皿やコップなどの小物に始まり、しまいにはテントやシュラフまでそろえる東条に梨穂子は目を白黒させた。
「あと数か月したら夏休みだからな。マンションのルーフバルコニーでテントを立てる練習をしてから泊りに出かけてもいいだろう。英輝、山は星空がきれいなんだぞ、流れ星もいくつも見られる」
「ほんと!? 夏休みも連れて行ってくれるの! お泊りで!? やった! りほちゃん! 僕、うれしい!」
「それに、アウトドア用品は一度手に入れると何度も使えるから、お得じゃないか! 梨穂子の好きな、お得だ!」
何も、そんな大声で確認するように「お得」と繰り返さないでもういいだろうに。勝ち誇るように梨穂子に言う東条。その隣ではしゃぐ英輝を見たら梨穂子も何もいえない。もう、夏休みの予定にも組み込まれているのだろうか。ていうか、一度やってみて楽しくなかったらそれこそ無駄ではないだろうか、なんて心の中で悪態をついてみる。
ダッチオーブンのコーナーで動かなくなった東条は店員を呼んで説明を聞き始めた。東条があんなに熱中するとは驚きだった。なんだか色々とこだわりがあるようで、話が長くなりそうなので、梨穂子は英輝と花火を選んだ。
最終的に商品はカート一台では収まりきらなかった。何はともかく、大量の商品を目の前に会計をカードで済ます東条を、見ないようにするしか梨穂子にはできなかった。そのまま、英輝が行きたいと言ったインドカレー屋に入って夕食をとった。「これは今日のショッピングについて来てくれた報酬だ」と服を買う時と同じことを言った東条は梨穂子が財布を出すのを止めた。
帰りの車では自分が買ったわけじゃないのに、なんだか一生分の買い物を終えたような気分になってぐったりだった。ちびちびとした買い物しかしない梨穂子の心臓に悪い。慣れない車から降りると梨穂子はヨタヨタした。
マンションに帰ると東条は当然のように梨穂子の家に寄り、英輝が開けたドアを進んで、まっすぐリビングに今日購入した服を置いて行った。もう遠慮というものも存在しないのか、ケージの中で飛び跳ねるコタロウに「お休み」とあいさつすると英輝と二人で頭をひと撫でして出て行った。
一人になって梨穂子も買ってもらった服に袖をとおしてみる。なんだかそれだけでアウトドアを楽しむ人に仲間入り気がした。ダメだ、東条に感化されている……。
川遊びもするからとコタロウにも犬用のライフジャケットを用意してくれた。試しにコタロウに着せてみると、嫌がるそぶりもなくコタロウは大人しく着せられていた。部屋の光で写る窓にはアウトドア好きに見える女と犬がいた。
その後、山に連れて行くというなら、とコタロウの予防接種とダニ、ノミ対策も済ませた。その費用も持つといわれたが、意地でもそれは回避した。
仕事人間だと思っていた東条の意外な一面を見て梨穂子は驚いていた。だか計画の立て方や進め方はさすが仕事ができるといったところだろうか。
「いいのかなぁ」
ゴロゴロと寝転んで、よくわからない気持ちを持て余す。
ワクワクとキャンプを楽しみにしている自分がいる。
コタロウだって準備万端だ。
自分はこんな風に何かを楽しみに待つような性格だっただろうか。
悩む梨穂子にコタロウは首をかしげて見上げるだけだった。
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