第10話金城梨穂子は証言する

「英輝くん、見つかったんですか!?」


 最上階の部屋に着いて男がドアを開けると心配そうな顔をした美女が出てきた。その顔をみて、梨穂子は『あれ?』と思った。見覚えがあるのだ。


 その部屋は同じマンションだというのに梨穂子の部屋とは間取りが全く違っていた。とにかく広い。そして置いてある家具もスタイリッシュで洗練されていた。美女は困惑しながらも梨穂子と少年を迎え入れ、美味しそうなオードブルとケーキが並ぶローテーブルに案内してくれた。コタロウは無事を心配する少年にずっと抱かれている。


「孝太郎さん、この方は?」


「英輝を保護してくれたみたいだ。ちょうどいい。三井さんにも話を聞いて欲しかったから座ってくれ」


 男にそう言われて美女が隣に座る。対面に梨穂子とコタロウを抱いた少年が座った。


「さっき言っていたことを詳しく話して欲しい。ああ。私の名前は東条幸太郎という。そこにいる貴方が友達と言ったの英輝の父です」


 名刺を渡されて梨穂子は動揺した。東条は梨穂子の勤める会社の噂の副社長だったのだ。するとこの美女は秘書課の美女『三井望愛みついのあ』だ。道理で見覚えがあると思った。


「私は金城梨穂子と申します。英輝くんとはコタロウ……私の犬とマンションの公園で遊んでいるときに知り合いました。三カ月くらい前からです」


「三カ月前」


「平日私は仕事が有りますのでマンションに帰るのは十七時半以降です。英輝くんは大抵公園にいます。私が犬を連れて行くのは公園に人気がなくなってからの十八時ごろです。初めは公園で会う英輝くんが犬と遊んでくれていました」


「……」


「最近はコタロウも随分懐いていますし、日が暮れるのが早くなってきたので、英輝くんが私が帰ってくるのを宿題をしながら、エントランスの椅子に座って待ってくれてます。そのまま合流して二人でご飯を食べてからコタロウを遊ばせて十九時過ぎに解散するようにしていました」


「英輝、それは本当か?」


 父親に問いただされて少年が頷く。コタロウに力を貰う様に頭を撫でるとコタロウが少年の手を舐めて励ました。


 そこで梨穂子は前に座る三井の顔面が蒼白であることに気づいた。


「三カ月前、英輝を見てくれるはずだった母が腰を痛めてしまった。海外から戻ったところで色々とプライベートな手続きを任せていた君が、保育士の資格も持っているというので仕事を十五時上がりにして時給を別途で支払い、英輝を見てくれることになった。そうだよね? 三井さん」


「……」


「ハウスキーパーは入れているから家事などはしなくていい筈だし、何より英輝が人見知りが酷いので、初対面の時に仲良くなれそうだと判断して頼んだ 。英輝を一人で家にいさせるのが不安だったからだ。母が元気になるまでという話だったが英輝は三井さんと仲良くなれなかったのか?」


 少年がコタロウを撫でる手が震えている。コタロウはそんな少年の手をまた舐める。


「……って言ったんだその人」


「え?」


「ちょ、英輝くん!? なに、言って……」


「私がお父さんの新しい奥さんになるから、あんたは家を出て行く練習をしなさいって、言ったんだ」


 気まずい空気が流れる。正直これ以上もめごとに首を突っ込むのは嫌だ。コタロウの事も心配だし家に帰りたかった。ガタン、と音をさせて梨穂子が席を立った。


「私、一階に住んでいます。106号室です。英輝くんを家で預かりますから後はお二人で心行くまで、お話し合いなさってください」


 梨穂子が言うと少年はすがるように顔を見てきた。


「お食事、分けていただいてもいいですか?」


 豪華な食事を見て梨穂子が提案する。二人だけで食べるには有り余る量だ。どうせ少年の為に用意されたのなら持って行ってもいい筈だ。もったいない。


「……ああ。好きなだけ持って行ってくれ」


 東条の了解をもらって早速勝手に入った台所の大皿を拝借すると少年に声をかけた。


「美味しそうじゃない。どれにする?」


 梨穂子に促されて少年がおずおずと指をさす。梨穂子はそれを二人分にして皿に並べていった。


「……ケーキは後でお父さんと食べなさい」


 テーブルの上の立派なイチゴのケーキを少年は首を振って拒否したけれど、プレートに『英輝くんお誕生日おめでとう』と書かれていたのでそう薦めた。少なくとも東条は英輝に愛情をもっている気がしたのだ。


 ケーキは箱に仕舞って冷蔵庫に入れた。オードブルを乗せた大皿をもって梨穂子は東条の部屋を出た。


 コタロウを抱いた少年は梨穂子の体温を求めるようにぴったりと寄り添ってきた。


 まるで コタロウが二匹になったようだな、と梨穂子はむず痒い思いをした。

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