第33話金城梨穂子は問い詰められる
それから具合が悪いと夕食づくりを断って、自分の家に引きこもった。
胸に大きな穴がぽっかり空いたような虚無感がある。
涼子がこの世にいないと思うだけで、もう、何をする気力も湧かなかった。
心配したコタロウは梨穂子の背中にぴったりとくっついていた。
カリカリ……
カリカリ……
腕をひっかかれていつの間にか寝てしまっていた梨穂子は目を覚ました。
「コタロウ……トイレかな」
目をこすって起き上がるとコタロウはじっと上を見上げていた。
『俺だ……』
「え?」
久しぶりに聞くコタロウから聞いた声に梨穂子は息をのんだ。
「ま、まさか、東条さんですか?」
『いい加減、孝太郎と呼んでくれ。まあ、それはいい。今はコタロウになってしまった』
「い、急いで向かいます」
『いや、体調が悪いと聞いたから、そのまま寝ていてくれ。顔色もずいぶん悪いじゃないか。……そんな時にすまないが英輝を呼んでくれないか』
「あ、それは大丈夫ですので」
『体調不良じゃないのか? 泣き出して帰ったと英輝が心配していたが、なにか、嫌なことでもあったのか?』
「ええと……」
『妻の写真を見ていたと聞いたが? その、もしや、嫉妬したとか……』
「へあ!?」
意外なことを言われて奇声を上げてしまった。何を言い出すのだ。
『妻の事は愛していたと言ったが、その……』
「あの、違います、そうじゃなくて、嫉妬とかそういうものではなく……」
『じゃあ、どうして、写真を見て泣くんだ』
「それは、涼子が!」
『……俺は、梨穂子に妻の名前を教えたことがあったか?』
「あっ」
口を押えたときはもう、遅かった。これは、どうしたらいいのだろうか。隠すことではないような気もするし、でも、過去の私にかかわることだ。涼子もあんな貧乏生活は忘れたかっただろうし、東条には話していないだろう。ぐるぐると考えていると沈黙が続いた。梨穂子はどう伝えていいかもうわからなくなっていた。
『妻と、知り合いだったのか?』
何かを察した東条に、しかしこれだけは伝えないといけないと梨穂子は意を決した。
「昔の涼子を知っている時期があります。写真を見て、涼子が幸せだったのだとわかったので……その、亡くなってしまったことを聞いて泣いてしまったんです」
『写真をみて? ほとんど作り笑いだったろう? 他人にはわからないだろうが、俺にはわかっている』
「そうではなくて、出産のときと、その、病院のベッドの上の写真です。涼子は本当に幸せな時はくしゃくしゃの顔になるんです」
『……あの顔が? 二枚ともなんでそんなもの撮るんだと怒られて撮った写真だぞ? 現に眉間にしわが寄ってるやつだったろう?』
「経緯は知りませんが、でも、そうなんです」
『俺の話で君の中での涼子が多少美化されているんじゃないか? 涼子は好きな男がいたし、その、結婚前の素行調査でも異性関係は派手なことが分かってるんだ。愛していたし、いい妻だったけど、素朴な幸せを感じるタイプには思えない』
「たとえ、異性関係が派手だったとしても、結婚してからは誠意を尽くしたはずです。涼子は約束をたがえないし、家庭の愛情に飢えていました」
『どうして、そこまで断言する。もしかして、涼子の好きだった男の事も知っているんじゃないか?』
「いえ、それは……知りません」
『義父の養女になる前の知り合いなら、可能性はある。『松本加也』という名前に聞き覚えは?』
「え」
『知っているのか?』
「……」
突然その名前を聞いて梨穂子の頭は真っ白になった。
それは梨穂子が捨てた忌まわしい名前だったからだ。
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