第14話金城梨穂子は気まずい週末を送る

『見たところ外傷もない。寝息も健やかで健康的には大丈夫そうだ』


「でも、もしも入れ替わっていたとして、コタロウが東条さんの身体で目覚めたら大事になりますよね」


『……考えたくもないな』


「それってお父さんが僕の手を舐めたり、お姉さんの膝に乗りたがったりするってこと?」


『……』


「足を上げて用を足したりしたら……」


「! そんなの、お父さんがかわいそうだよ!」


「うーん」


 ちらりとコタロウを見ると今の話を聞いてしっぽが縮こまっていた。成人男性の中に犬の精神なんか、入ったら恐ろしい事になる。


「可哀想だけど、東条さんの身体の方は縛っておきましょうか。」


『……それでお願いする』


「トイレはどうするの?」


「……おむつ?」


『そ、そんな辱めを受けられるか!!』


「うわっ、コタロ……お父さん、急に吠えないで」


「とりあえずは体の下にビニールシートを敷いてからタオルを上に置いておきましょう。――あくまで念のために」


『……』


 これが自分の事だったら死にたくなるな。と梨穂子は黙ってしまったコタロウ――東条を眺めて思った。しかし、どうしてこんなことになってしまったのか。


 会社で有名なイケメンでやり手の副社長が犬になったって誰が信じるだろう。梨穂子だってできれば信じたくない。英輝だってまだ半信半疑ではないだろうか。


『優しく縛ってくれ』


 犬でなければ勘違いされそうな言葉を聞いて、申し訳なく思いながらも寝ている東条の手足を縛った。体の下にビニールシートとタオルを敷いておいた。東条はなかなか体格が良くて英輝と梨穂子でする作業は大変だった。コタロウになった東条も何か手伝いたかったようだがチョロチョロしては危ないだけだと悟ったのか、じっと二人がすることを大人しく見守っていた。


「とりあえずは東条さんの家に居させてもらってもいいですか? こんな状態で放っておけないので」


 不安そうに梨穂子をみる英輝と一匹にそう提案してみる。


「お姉さん、一緒にここにいてくれるの!?」


 途端に英輝がはしゃぎだす。


『申し訳ないが頼みます』


 東条はそう梨穂子に言うしかないだろう。


 結局、東条の身体は眠ったままでコタロウが目覚めることは無かった。万が一、東条の身体に異変があれば救急車でも呼ぶしかない。時折東条の身体を気にしながら梨穂子は冷蔵庫にあった食材で昼食を作り、英輝とご飯を食べた。東条はロクなものは入っていないと言ったがハウスキーパーさんが作り置きしてくれていたのもあって、梨穂子にとっては十分な食材が揃っていた。因みに東条は食欲がないと言ってドックフードもふつうのご飯も食べなかった。


「お姉さん! ゲームしよう! ゲーム!」


 英輝が張り切ってコントローラーをもってくる。


「東条さん、英輝くんと遊んでもいいですか?」


 と家主に聞いてみる。『好きにしていい』と言って、東条は寝室の自分の身体の横で体を丸めた。


「お姉さんとゲームしたかったんだ!」


 父親が大変なことになっているというのに軽い。まあ、コタロウになった東条のようにずっと自分の身体を見張っていても仕方がない。東条の方を気にしながらも梨穂子は英輝に付き合ってコントローラーを握った。


「そこでジッとしてて、僕がこっちに移ったら来ていいよ」


 英輝は壊滅的に梨穂子がゲームが下手だと悟ると、協力プレイ中心のゲームを選んでくれた。梨穂子の家に来ているときはトランプしか娯楽がないのでよく今まで耐えてこられてな、と思ってしまう。けれど本当はゲーム時間が厳しく決められているらしく、こうやって超過してやってもいいのは今日が特別らしかった。


 そりゃそうだ。東条は今犬なのだから。


 そうして夕方になっても東条の身体は目覚めなかった。このまま、どうしようかと梨穂子が思っていると寝室で体を見張っていたコタロウがそろそろとリビングにやってきた。


「どうかしましたか?」


『いや……』


 何か言いたげだかなかなか言い出せないと言う雰囲気。


「喉でも乾きましたか?」


『そうでなくて、その……』


「……」


『もようしてきてしまったのだが……トイレはどうしたらいいのだろうか』


「えっ」


 東条のおむつの心配はしたのにコタロウの事をしっかり忘れていた。


「お姉さん、どうしたの?」


「ちょっと、コタロウの荷物を取りに行ってくる。少年、すぐ帰るから留守番しておいてね」


「う、うん」


 コタロウを抱き上げてももう抵抗はしなかった。コタロウを胸に抱きながら梨穂子は急いで家に帰った。


「さあ、じゃあ、済ませてきてください!」


 梨穂子は意気込んで庭にコタロウを下した。しかしコタロウは梨穂子の顔を窺うばかりでその場を動かなかった。


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