第15話金城梨穂子はコタロウと孝太郎の違いを知る
『何とか人間用のトイレで済ませれないだろうか』
「一匹でですか? 便器に落ちてしまいますよ。お風呂場か、それともケージの中のペットシートの上で排泄されますか?」
『ペットシート!? そんな場所でできるか!』
「私も中身が東条さんだと知っていて目の前でされるのは複雑な思いです。さっさと庭で足上げてしてください」
『私は外でしたことなんてない。今も、我慢できそうにないくらいなのに他人様の庭だと思うと出せない』
「コタロウの身体に悪いじゃないですか! 早くしてくださいよ」
『……』
「私が気になるのなら、うちの中で待ってますから!」
ぐずぐず言う東条を庭に置いて、梨穂子は掃き出し窓をぴしゃりと閉めてカーテンも閉めた。犬になっているのだから恥ずかしがることもないのに。我慢してコタロウの身体になにかあったらどうしてくれようか。
しばらくして、カーテンを開けて外を覗くと閉めた時と同じ場所にこちらを向いて東条が座っていた。
終わったのかと思って梨穂子は窓を開ける。
「終わりました?」
『できないんだ……』
「……」
うーん、と梨穂子も考える。もはや東条だけの問題ではない。ガシガシと頭を掻いた梨穂子は掃き出し窓から降りて小さな庭の水道の蛇口を捻った。ケチな梨穂子はそこから水を流した事はまだない。チョロチョロと水が出て排水口に消えていく。
「これで、どうですか?」
『これで、とは?』
「つられてトイレしたくなりませんか?」
『あ……』
コタロウの体がブルリと震えるのをみて梨穂子はピシャリと家に戻って掃き出し窓を閉めた。水の無駄をさせて、出来ないとは言わせない……。
数分後、すっかり落ち着いた様子を見るとチョロチョロ出ていた水道を真っ先に止め、梨穂子はコタロウを無造作に抱き上げて東条の家に戻った。
「今度は犬用のトイレも持って来ましたから、東条さんの家のトイレに置きますね」
『すまない』
「あと、その体は私の最愛のコタロウの体ですので、食べるのも飲むのも排泄するのも我慢なさらないでください。私が許しません」
『……わかった』
すっきりして落ち着いたのか東条はご飯が食べたいと言った。ドッグフードと迷ったが、普通のご飯におかかをかけた。犬となった東条はなんだこれは、と不満顔だったが、コタロウの為に塩分を控えた犬の体に悪くない食事かドッグフードの二択を伝えると、渋々おかかご飯を食べた。
英輝と夕飯も食べて夜も更けてきたが、東条の体には変化はなかった。相変わらず規則正しい呼吸をして眠っているようだ。
「お姉さん、僕、コタロウと一緒に寝たい」
こうなってはもう仕方ないと英輝が風呂に入ったあと梨穂子も一旦家に戻って風呂に入ってきた。いつまでになるか分からないが、今晩くらいは最低付き合うべきだろうと家に帰るのは諦めた。
「しゃあ、お父さんのベッドで一緒に寝たら解決じゃない?」
どうせコタロウは東条の身体を見張るのだからと提案した。
『私は英輝と寝たことはない』
「え? 東条さんのベッドは大きいですから問題ないでしょう?」
『……いや。英輝がそんなことを言いだしたのに驚いている』
「……まだ九歳ですよ」
『甘えてくるなんて……』
「嬉しいのですね。尻尾がブンブン揺れてますよ。少年、お父さんが一緒に眠れて嬉しいらしいよ」
「えっ……お父さんが?」
コタロウと英輝が赤くなって見つめあうのをヤレヤレと梨穂子が眺めた。東条は仕事人間だが英輝の事は色々気にかけてやっているようだった。あれからすぐ運動靴も買ってもらったと英輝が自慢するように見せてきたのを微笑ましく思っていた。もう少しこの二人には意思疎通というものが必要なのではないだろうか。と梨穂子は独り言ちた。
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