第4話金城梨穂子は犬を愛でる

 土日、梨穂子はコタロウと過ごし、コタロウの為にスマホで詮索しまくった。こんなに充実した週末は未だかつてない。ケチな梨穂子にしてはコタロウについていた首輪を捨て、新しい首輪をつけた。バーゲンセールの籠に入っていた赤い首輪はコタロウによく似合っている。


 相変わらずコタロウはキャリーの中で寝ていたが、餌をやる時とトイレの時にはキャリーから出てくるようになった。梨穂子の家はマンションの一階なので日当たりは悪いが小さな地面の庭がある。簡単に雑草を取ってそこをコタロウ用に開放した。コタロウは室内のトイレより気持ちいいのかそこでトイレを済ませたので餌の後は庭に出してやることにした。


 撫でてやるとコタロウはジッとしていた。


 抱っこしても震えなくなった。


 それでも夜中には玄関に向かうので梨穂子はそれを廊下で付き合って眠った。


 月曜日、梨穂子は時間通りに起きて会社に行く用意をした。このマンションに移ってから会社には電車一本でいける。


 コタロウが仕事に行く用意をする梨穂子を眺めていた。


 梨穂子は池波に教えられたように何でもない事だという風にコタロウをケージに移してチューインガムを与えて振り返らずに家を出た。本当は後ろ髪をひかれまくっていたが、一度捨てられたコタロウがまた捨てられたと思わないように普段通り家を出た。


「コタロウ……」


 エントランスをでた梨穂子は胸が痛んだ。独りぼっちになったコタロウはまた玄関の方を見て鳴いているかもしれない。


 ペットカメラをつける人の気持ちがよくわかる。――買うつもりはないけれど。


 その日、会社で有給を申請し、定時ぴったりで帰った梨穂子を信じられないものを見るように皆が見ていた。



 ***


 ガチャリ。


 はやる気持ちで家に戻るとコタロウが梨穂子を見てケージに前足をかけて立ち上がっていた。


「尻尾が……」


 ブンブンと尻尾が揺れていた。梨穂子はその姿を見てケージに駆け寄り、すぐに扉を開いた。コタロウは梨穂子に駆け寄ってぴょんぴょん飛びついてきた。


「こ、コタロウ!!」


 感激した梨穂子はコタロウを抱きあげた。


 チョロ……


「え」


 チョロチョロ……


「……」


 取り敢えず、梨穂子はコタロウをいったん庭に出して床を掃除して服を着替えた。


「これが嬉ション……」


 スマホで検索してそれを知ると梨穂子は嬉しさに震えた。庭から戻ってきたコタロウは梨穂子の膝の上にいる。驚いたけれど、コタロウは梨穂子が帰ってきたのが嬉しくて飛びつき、オシッコを漏らしてしまったのだ。


 それでもコタロウは夜に玄関に向かった。梨穂子はそれに付き合って廊下で眠る。

 一週間も過ぎるころには廊下で寝る梨穂子の足元にコタロウが丸まって眠るようになった。


 もつれた毛玉ははさみで切ったが爪切りは怖くて無理だと悟った。それもあって、コタロウを病院に連れて行きたかったが、すぐに有給を取るのは無理だった。それでもそんなことを言いだしたことのない梨穂子に課長が便宜を図ってくれて、次の週に休みが取れた。


 ペットショップの店長の山波とはコタロウの事を相談しているうちにメッセージ交換する仲になった。山波もここまでコタロウの為に梨穂子が頑張るとは思わなかったようで最近は何かとすすんで応援してくれる。


 山波のお勧めの動物病院は土日はとても混んでいるので平日がお勧めだと言われた。他の病院よりリーズナブルというところが梨穂子の決め手だ。それでも朝から並んだほうがいいというので、梨穂子はコタロウの入ったキャリーをもって出かけた。コタロウを歩かせればもっと楽なのだがコタロウは散歩させてもらっていなかったようでリードをつけて引っ張っても外に出ようとしない。まあ、庭は好きなのだからそのうち慣らしていこうと山波にもアドバイスをもらった。


 早めに行ったのに動物病院にはもう列が出来ていた。流行っているのかトイプードルを飼っている人が多い。皆膝に乗せていたので梨穂子も習ってコタロウを膝に乗せた。他の犬より大人しく、いい子なコタロウが誇らしい。


「あら、シルバーね。うちはアプリコットなの。注射が怖くてここに来ると震えるのよ」


 隣に座ったご婦人に話しかけられる。見ると同じトイプードルが膝の上でプルプルと震えていた。


「前は違う犬種も飼っていたけれどプードルが一番賢いわ。何より体毛が落ちないのが良いわよね」


 小声で夫人がプードルの自慢をするのに梨穂子も嬉しくなった。『そうなんです、コタロウは可愛くて賢いんです』といつだって声を上げて自慢したい。


 暫くして診察してもらって、コタロウの健康には問題ない事が分かった。予防接種を打たれたコタロウはちょっとだけ診察台に漏らしてしまったけれど、一声も上げずに注射を受け入れた。もう、その健気な姿に梨穂子はコタロウが一層愛おしくなった。


 初診料に診察代。予防接種にフィラリアの予防薬が七か月分。


 梨穂子にとっては思ってもみない出費だ。今月の食事はもやしを中心にしようと誓う。


 帰宅途中の公園でキャリーを抱えてベンチに座った。興味があるのかコタロウが外を眺めている。出してやろうかとも思ったけれど、注射の後は安静にしないといけないと言われたので一人と一匹でぼーっとすることにした。


 充実感ってこれか。


 梨穂子は膝の上の幸せな重みを楽しんでいた。



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