第5話金城梨穂子は公園で少年と出会う
そうして 数か月後過ぎた。
その頃にはコタロウは梨穂子のベッドに上がって寝るようになった。体に沿うように背中で寝るコタロウが梨穂子は愛おしくて仕方がない。自分はもう何年も美容院など行っていないのにコタロウの為なら山波の店のトリミングを予約するほどだった。もちろん、山波には特別サービスをしてもらっている。
コタロウが梨穂子に信頼を寄せるようになったので、週末は少しづつ散歩に誘う様になった。玄関に立つと尻尾を振ってリードを付けさせてくれるので、コタロウもまんざらではないようだ。しかし車の音が鳴る場所は苦手なようで、まだマンションの下の公園しか行けていない。目下の梨穂子の目標はコタロウとドッグランデビューだ。
その土曜も梨穂子はマンション下の公園へとコタロウを連れて行った。コタロウは公園の中ならウロウロするようになっていた。昼間は子供がメインで使う公園なので梨穂子は夕方になってからコタロウを連れていく。池波がくれた、小さなキューキュー鳴るゴムボールがコタロウのお気に入りだった。
「あれ」
わざわざ十八時を過ぎてから出かけたというのにまだ公園のブランコには子供が一人座っている。まあ、でもすぐに帰るだろうと梨穂子は先を行くコタロウに引っ張られて公園に入った。
コタロウがトイレをしているのを待ちながら梨穂子はそれとなく子供を眺めた。ブランド物の服を着ているのに靴下がちぐはぐなのを奇妙に思う。梨穂子は思い当たる節を首を振って否定した。ここはあんな輩が住むような場所じゃない。ちゃんとした家族が住む地域だ。現にあの子はちゃんと上下ブランドの服を着ているじゃないか。
トイレが済んだコタロウがその辺を嗅ぎまわって納得したのか梨穂子のところへやってくる。期待満面なその円らな瞳に負けてゴムボールを投げると五メートルのリードをいっぱいに使ってコタロウがボールを拾いに行った。
一向に飽きてくれないコタロウにボールを投げ続けていると梨穂子の背後に人の気配を感じた。
「その犬、なんて名前なの?」
小学生くらいの男の子がすぐ後ろに来て声をかけるものだから、梨穂子はびっくりしてコタロウのボールを落としてしまった。それを拾い上げた男の子はコタロウにそれを投げた。ハッハとコタロウがボールを持って来てはまた梨穂子の手に押しつけて投げるように強請った。
「コタロウっていうんだよ」
「ふうん。ねえ、次、また僕が投げていい?」
「……いいよ」
いい加減疲れてきた梨穂子はその男の子に投げる役を任せた。目が大きくて整った顔だ。将来イケメンになるに違いない。
一時間ほどして辺りはすっかり暗くなった。もうコタロウも十分遊んだだろう。けれども一向に帰る気の無さそうな男の子に梨穂子は声をかけた。
「暗くなってきたから帰るけど、貴方、どこの子?」
「ここのマンションだよ。最上階。……僕も帰る」
「……そう」
帰るなら心配ないか。男の子はコタロウを気に入ったのか犬の足を洗うための水場まで付いてきた。綺麗にタオルで足を拭いたコタロウを抱くと、抱かせて欲しいと男の子がせがむのでコタロウの様子を見ながらそうっと少しの間抱かせてあげた。
「コタロウ、可愛いな」
呟く男の子に、そうだろう、そうだろうと梨穂子が誇る。男の子とはエレベーターの前で別れて家に帰った。それからというもの夕方の公園で頻繁に男の子と出会うようになった。コタロウも彼が気に入ったようでゴムボールを男の子の手に押しつけることもあった。
こんな時間に頻繁に会うのに心の引っかかりを感じながら、でも梨穂子には関係ないと知らないふりをしていた。
後に男の子の名前を聞かなかったことを心底梨穂子は後悔することになる。
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