第二十九話 『アオとフィニスの歩む道』


 半壊したビル群が続く廃棄都市。

 瓦礫がれきだらけの通りを抜けると外には荒涼たる大地が広がっている。


 廃棄都市を抜け荒涼たる大地へと。一騎の魔導骸殻デッドリークラスタが足取りも重く進んでいた。

 機体はボロボロで全身傷だらけ、ゆっくりとした歩みもむべなるかな。


「これからどうしようか」


 操縦席のアオが聞く。同調式接続の向こうからフィニスが答えた。


 ――あまりしゃべらないで。歩くだけならば私一人でも大丈夫だから、アオは休んでいてちょうだい。


「そうはいってもまだ眠りたくないんだ。話してれば気が紛れるだろ」


 もしかしたら今ここで眠りに落ちてしまえばもう二度と目が覚めないかもしれない、そんな漠然とした不安が胸にある。

 それは接続を通じてばっちりとフィニスに伝わっていた。


 同調式接続は嘆息の気配までも受け取れるらしい。少し新鮮な感覚である。


 ――これからか。今までと同じように闇雲に進むことはできないと思う。


 出会った時はフィニスもアオも何も知らなかった。

 それゆえにがむしゃらに進んできたともいえる。しかし。


 ――兵器としての己を強くする、つもりだった。でもその先に待つのは組織が望んだ何か。仲間だった魔女を敵とする道。


 彼女を生み出した組織『魔女狩りの夜』の目的は今も不明のまま。

 組織の一員でありながらフィニスたちを助けたレイ・ディエンはむしろイレギュラーでしかない。


 ――だから今は知りたい、私が生み出された目的を。真実を知った上でこの力の使い方を探したい。


 自分は兵器だから。彼女が口癖のように言っていたことだ。

 本質は変わらない。だが彼女は、その先にある己の生かし方について考えるようになっていた。


 ――そうでないと私は……このまま喰らい破壊するだけのモノになってしまいそうだから。


「そんなことにはならないさ。あの時、リングアに向かうよう言ってくれた君なんだから」


 魔導骸殻の歩く振動が微かに伝わってくる。戦いの舞台から一歩ずつ遠ざかり、周囲には風の音だけがある。


「なぁフィニス。もうちょっとこの身体が治ったら、あちこちの街を回ろうぜ。きっと色んなものが見られる」


 故郷であるリングアは壊滅し、復興の真っただ中である。そんなところに事情のある身で転がり込むわけにもいかない。


 ――そうね。これから学んでゆく時間はいくらでもある。


「ああ、もちろん俺も手伝うよ」


 ――当然ね。アオがいなくては、私は戦えないでしょう? あなたは契約者コンストラクトゥスなのだから。


「そうだったな。それは責任重大だ……」


 フィニスはきちんと前を向いている。己を見失ってはいない。

 そう理解した途端、まぶたが急激に重みを増してきた。アオの意識が沈み始める。


 ――もう休んで、アオ。


「うん、悪い……な。もうそろそろ限界みたいだ」


 瞼を閉じる瞬間、暗闇の中に誰かの微笑みが映ったような気がした。

 フィニスによく似た顔の少女は一度だけ頷いて、そして消えていった。


 おぼろげになってゆく輪郭に向けて、彼はあの頃と同じように言葉をかけた。


「それじゃあ……おやすみ」


 ――おやすみなさい。


 今度は助けることが出来た。

 返事を聞いたアオは心底安心し、すぐに眠りの中に落ちてゆく。


 眠る契約者を乗せ、魔導骸殻は歩き続ける。

 失った者と何も持たなかった者。二人は互いの重みを支えながら愚直に歩き続けてゆく。

 見送る者もなく、ただ荒野の風だけが彼らの背を押していた――。












 ――ずる、ずる。ぺた、ぴちゃ。

 湿った何かを引きずるような音が滅んだ街並みに反響する。


 それはのように思えた。少なくとも人に近い形をしていた。

 ただし全身を血に染め、手足は焼け焦げたように崩れているという但し書きが付くが。


 それが歩いた道のりには流れた血の跡が続き、傷の深さを雄弁に語る。


「ふふ……なんて容赦がない子なんでしょう、粉々に吹き飛ばすなんてひどいわ」


 元は端正だったであろう顔つきは焼けた部分と固まった血でぐちゃぐちゃだ。

 にもかかわらず、それが笑みを浮かべていることだけは容易に分かる。


「そう博士プロフェッサー……あなたは気付いているのね、異界来訪体ヴィジターの目的に。それまでにあの子を育てるつもりなのかしら。……いずれ全てを破壊するために」


 うわ言のように呟きながら、それは歩みを止めることはしない。


「かわいそうな妹。かわいそうなフィニス。あなたはいずれ全ての魔女を喰らうことになる。そう、私も含めてね。そのために生まれたのだもの……」


 歩きながらパリパリと固まった表皮が剥離し始めた。

 下から現れたのは傷ひとつない真新しいはだ。それは急速に修復されつつある。


「その時までに、もっと準備をしてあげないとね。それが私の……役目だもの」


 かそけし笑いを聞くものはなく。

 ふらつく歩みのまま進む、その先には黒々と開いた異界来訪体の入り口があった。

 此岸を離れ、彼岸へと。

 それは異界への扉をくぐり、一時この世界から消えうせる。


 魔女たちの戦いは、未だ歴史の闇の中で続いている――。




 The End

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汚染世界のアオ 天酒之瓢 @Hisago_Amazake_no

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