第十五話 『女王の駒』
巨大な腕が宙に弧を描いて舞う。
切断面から激しく体液が噴き出す。
魔導骸殻は半生体兵器、内部からは機械部品だけでなく生きた肉が覗いていた。
「ぐううあああぎゃ、あがっ、がっ! 腕、私の腕が……ッ!!」
「いわんこっちゃねぇ! ただのフィードバックだ、てめぇの腕じゃねぇよ。とっとと下がって回復してろ!」
再び襲い掛かってきた黒剣を弾き飛ばしながらアイリス=クィーンクェが躍りこんでくる。
ハイドランジア=セプテムを背後にかばい、槍から放つ雷撃によって黒剣を一掃した。
「ひぃ、ひひひ、クソ、クソがぁ……!!」
切断された腕を拾いあげてハイドランジア=セプテムが後ずさってゆく。
代わりに立ちはだかったアイリス=クィーンクェがレーギーナ=プリムスへと槍を突きつけた。
「あらまたレイが相手なの? 本当しつこい人ね。いい加減あなたとの戦いには飽き飽きなのだけど」
「そう言うなよ女王。俺もてめーの相手なんざ心底ごめんだが四の五の言ってらんねぇんでな!!」
腰を落とし槍を構え。切っ先で睨んだプリムスめがけ突撃を仕掛ける。
「
「覚悟するんだー!」
女王は慌てず、周囲に黒剣を再生成した。
「本当にやんちゃねレイ、アイリス。仕方ないわ、姉さんが相手をしてあげる」
「ほざけ!」
くいっと指を動かすのに合わせて黒剣が縦横に宙をかける。
怒涛ともいえるその攻撃をアイリス=クィーンクェは槍で、放つ雷で迎え撃った。
一見すれば両者の攻防は拮抗しているように思える。
しかし必死さの
その間、後ろに下がったハイドランジア=セプテムは自らの再生に努めていた。
そもそも生体兵器である魔導骸殻はある程度の自己再生能力を有している。魔女ともなれば、相応の
「クソが、クソが、クソォがぁぁぁぁぁ!! どいつもこいつもクソでしかねぇ!!」
――再生率四〇%。最低限ですが戦闘への復帰は可能です。
「ハイドランジア! クソ人形が、痛みが響く! すぐに同調の精度を落としなさい……!」
――了解、接続の同調精度を落とします。……完了。以降は反応速度に支障が出ます、ご留意を。
「黙っていなさい! はぁ、はぁ。まったくどいつもこいつもコケにしてくれますねぇ」
血走った視線で睨みつける。
戦いを後ろから眺める形になったことで、彼は女王の背後で立ち上がりつつある影を捉えた。
「あれは新入り……まさか女王め、あれを
――マスター。フィニスに関係あるとは……。
「黙れと言ったはずですよ。さっさと動きなさい!」
――承知しました。
ハイドランジア=セプテムが立ち上がり、再び戦場へと踏み込んでゆく。
再生したてで肩部は使えない。両手から炎の鞭を出現させるとグラディオ=フィニスを指し示した。
「まさか裏切り者と通じていたとはねぇ、この面汚しが」
「おいてめぇ……! いきなり攻撃してきた上に今度は裏切り者呼ばわりかよ! 女王だか何だか知らねーがこっちもついさっき会ったばかりだっての!」
「しらばっくれる。最近は姿を現さなかった女王が自ら出向いてくる。その理由は明らかになりました」
それは確かにフオーの妄想でしかない。
だがあまりにも複雑に絡み合った状況の中、言葉だけで否定するのは不可能に近かった。
――無駄でしょうね。覚悟を決めて、
「わかってる! いつまでも逃げ回っていられないし。それにいきなり攻撃してくれた礼がまだだったからな!」
同調式接続へと強い意志を返す。やられっぱなしで終わるのなんて彼の趣味ではない。
グラディオ=フィニスが手甲から爪剣を出現させた。
今彼女が使える武器はこれだけだ。炎の鞭を扱うハイドランジア=セプテムに対して不利は否めない。
「なんですそれは?
「ハン、お前なんぞに使うまでもないさ」
「ほほう。それはそれは……」
前触れなくハイドランジア=セプテムが動き出す。
踏み出しざま振るわれた炎の鞭が赤い軌跡を描いた。恐るべき速度、しかし捉えきれないほどではない。
「同じ手を喰うかよ!」
アオは手甲で受け止め防御しようとする――しかし炎の鞭が触れた瞬間、激しい衝撃が彼に襲い掛かった。
「ぐがっ!?」
至近距離で起こった爆発の威力をもろに受けたグラディオ=フィニスの巨体が吹っ飛ぶ。
「私のハイドララッシュがただの鞭だと思いましたか? まったく未熟ですね、先に貴様から片付けてしまいましょう。とはいえ安心なさい。手足の一、二本で済ませてあげますよ。裏切り者ならその程度は味わってもらわねば、ねぇ?」
「……勝手なことをごちゃごちゃ言ってくれるぜ」
ハイドランジア=セプテムの瞳の奥に嗜虐的な光が瞬く。
その躯体は魔女のもの、しかし操る意思は契約者のものだ。
「つってもやっべーな。あいつ魔物なんて比較にならないほどつえーぜ」
――これが本来の魔女の力。私にも力があれば……。
「ま、ないものねだりより今どうするかだな。そっちは俺の仕事なんだけどさ!」
グラディオ=フィニスが走り出す。迎え撃つ炎の鞭をかいくぐり接近しようと必死に走り回る。
爆発と火の粉が舞い散る。戦いを彩る新たな物音はプリムスとレイのところまで届いていた。
宙を走る黒剣を雷撃で一掃しても、レイの表情からは渋さが抜けない。
「何してやがる! フオー、あの馬鹿野郎が! フィニスなんざ放っておいてさっさとこっち手伝えってんだ!」
――今は女王だけだからだいじょーぶだけど。そんでもちょっち押されてるよねぇ。
確かに彼らはフィニスを連れ戻すために
しかし最優先排除目標である『最初の魔女』と遭遇した時点でフィニスは後回しでも構わないのだ。
単に戦闘能力だけ見ても明らかに女王のほうが脅威であり、言ってしまえば小物にかかずらっている場合ではない。
「頑張るわね、レイ。私のクレイヴソリッシュをこんなに耐えるのもあなたくらいのものよ」
「てめーの気に入ったところで何一つとして嬉しくねぇな女王!」
レーギーナ=プリムスは変わらず黒剣を生み出し自らの周りに並べた。
黒の女王に付き従う忠実な騎士のごとく、彼女に敵対する存在へと切っ先を向ける。
「あなたと戯れるのも嫌いではないのだけれど。残念だわ。ずっと構っているわけにはいかないようなの」
ゆらゆらと切っ先が睨む向きが変わる。
その先には赤い軌跡を残す炎の鞭と、それをかいくぐるグラディオ=フィニスの姿があった。
「……フィニスだぁ? 何故だ女王! 何故あいつに
「そうね、こういうのはどうかしら。可愛い可愛い末妹をいじめるお兄さんを黙ってみているわけにはいかないの」
「馬鹿にしてくれる。てめーがそんな殊勝なタマかよ」
女王、最初の魔女プリムス。
史上唯一、人類に反旗を翻した魔女である彼女は、普段は異界来訪体の深部に潜み滅多なことでは顔を現さない。
最近は代わりに駒を操ることで地上にちょっかいをかけていたが。本人が現れるなど想定外もいいところなのである。
それこそたかだか新米魔女一人のために出張ってくる理由などまるでないはず。
「ふふ。あなたたちはなんにも知らないのね。あの子が持つ素晴らしい才能を」
槍を構えたままアイリス=クィーンクェの動きが止まる。レイは女王の言葉の意味を捉えかねて表情を歪めた。
「チッ。あのクソ
まさにこういう事態を防ぐためにも。
レイが槍を構えなおした、時を同じくしてハイドランジア=セプテムが振るう炎の鞭がグラディオ=フィニスを捉えていた。
爆発音がオアシスに響き宙を舞った巨体が転がり込んでくる。
「くそっ……近づけねぇ!」
ハイドランジア=セプテムの周囲には舞い散る火の粉が描いた軌跡がくっきりと刻まれている。
いかにグラディオ=フィニスが身軽だとしても、いつまでもかわし続けられるものではない。
「あらあら、フオーは張り切りすぎね。あの子だけでは少し荷が重いわ」
突然飛び込んできたレーギーナ=プリムスの姿に一時戦いが
唐突な静けさの中、アオは黒衣の女王を睨みつけた。
「……ッ! あんた、裏切り者の女王なんだってな」
「それは意見の相違というものね。少なくとも人間などに従う気がないのは確かなのだけど」
さっと手を上げると、巨人たちの戦い以外音のなかったオアシスに何ものかが
「何をしやがった女王!?」
「バランスが悪いままではつまらないわ。だから釣り合いをとってあげるのよ」
音の正体はすぐに判明した。異界来訪体の繊維質の壁を破壊し巨大な何かが続々と現れる。
巨大な魔物、それも新種と呼ばれるものに似た姿をしていた。
だがよく見れば新種よりもさらに凶悪な雰囲気を
「
「なんですかぁ。今いいところだったのに、邪魔ではないですか」
「うるせぇフオー、遊んでんじゃねぇ! 俺を援護しやがれ。女王と駒を一気に相手なんぞしてられっかよ!!」
レイとフオー、相対するプリムスと駒。
どちらに組みするわけにもいかず、アオとフィニスは油断なく構えることしかできなかった。
「どっちもヤッベぇなぁ。このまま囲まれてるとマジでやられるな」
――あの魔物、前の奴よりも強くなっている。おそらく……。
「食事は生き残ってからにしよう。あんまり余裕ないしさ!」
静寂を破り魔物の
「ふふ、可愛いでしょう? この
くいっと女王が指し示した瞬間、現れた五匹の魔物たちは一斉に魔女たちへと襲い掛かっていった。
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