第十四話 『魔女たちの宴』


 燃え盛る炎を振り払い魔導骸殻デッドリークラストが姿を現す。


 それは奇怪な形をしていた。要素だけを見れば人型にそっている。

 しかし肩は極端に膨れ、頭は胴に埋もれていて。手足など昆虫じみて細い、ひどくアンバランスな体型だ。


 顕現したフオーの乗騎、赤い魔導骸殻『ハイドランジア=セプテム』を見上げ、レイは焦りも露わに叫ぶ。


「おい待ててめぇ! まだ話は終わっちゃいねぇぜ!」

「そうは見えませんがねぇ? あなたには失望しましたよ、ディエンの旦那。世間知らずの教育法など昔から一つに決まっているのです。まずは身体に教え込むんですよぉ!」


 赤い魔導骸殻はレイを無視して歩き出す。


「ったくあのバカが! どいつもこいつも話を聞きやがらねぇ。アイリス、こっちも骸装展開だ!」

「あーあ、やっぱこうなるのねー。それじゃあま、キミの覚悟が本物か見せてもらうよフィニス。解呪コードを受諾。第二種封印骸装を展開……」


 雷鳴が鳴り響き、新たな巨人が顕現する。装甲を幾重にも折り重ねた騎士のような姿。

 レイの魔導骸殻『アイリス=クィーンクェ』だ。赤い魔導骸殻が異形であるがゆえに、そのスマートさがなおさら際立つ。


 迫りくる二体の魔導骸殻と相対し、グラディオ=フィニスはじりじりと後ずさっていた。


「やっべぇ……こりゃ話し合いとか無視して、逃げちまったほうが良かったかもな」


 ――契約者コンストラクトゥス、二体が骸装を展開した時点で勝ち目は薄い。戦うのは得策とは言いがたい。


「だろうな! でもそれじゃあ君は連れ帰られるぜ。それでもいいのかよ?」


 ――望ましくはない。でも他に選択肢が……。


「フィニス。どうして出奔したのですか」


 迷いを抱いた二人は、落ち着いた声音を耳に慌てて振り返った。

 巨大で歪な魔導骸殻から響く人間としての声。グラディオ=フィニスも人の声で返す。


「……ハイドランジア。あなたまで来るなんて」

「私たち魔女は武器。引き金を委ねるべきは正しき契約者です。それを……」


 言葉を遮られてハイドランジア=セプテムがビクりと震えた。


「うるさいですよ人形。説得など無駄、そもお前たちに言葉など必要ないでしょうに!」


 ――失礼しました、マスター。


「新入りも先輩にむかってその構えは何ですか? 礼儀がなってない。話を聞くときはぁ! まずひざまずかないとぉ!!」


 いきなり身をたわめハイドランジア=セプテムが一気に駆けだす。

 か細い腕を振り上げた次の瞬間、爪の先から炎が連なって伸びた。


「おいお前ッ! まだ二人が話してるだろ……」


 ――契約者! あれは危険な……。


 腕を振り下ろすと炎はむちと化してグラディオ=フィニスの躯体を打ち据える。

 脚に直撃をうけ、たまらずその場に崩れ落ちた。


「はぁ。なんだその程度ですか。拍子抜けです、しかし私はまだ満足していませんよォ!」


 ハイドランジア=セプテムが再び炎の鞭を振り上げたところでその腕をアイリス=クィーンクェが掴む。


「馬鹿野郎が、そこまでだ! 連れ帰るのが目的だ。てめぇの憂さ晴らししてんじゃあねぇよ!!」

「……旦那。これ以上私を失望させないでくれませんかね?」

「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ。逆らうならてめぇの行動を報告させてもらう必要があるぜ」


 至近距離から二体の魔導骸殻が睨み合う。

 先に視線をそらしたのはフオーのほうだった。指を鳴らせば炎は散り鞭が消えうせる。


「興覚めですね。つまらない、くだらない。シリーズ最新の魔女が聞いて呆れる。こんな出来損ないでは連れ帰っても役に立つかどうかわかりませんよォ?」

「それを判断するのはてめぇじゃねぇよ」


 ハイドランジア=セプテムが強めに腕を振り払い下がった。

 それ以上余計な動きをする前に、レイはグラディオ=フィニスの元へと向かう。


「話が逸れちまったな。あの馬鹿は俺が話をつけておくとしてだ。これ以上ややこしくなる前に戻ってこいと……」


 そうして巨人たちが争い、話し、立ち回る只中へとただ一人の傍観者が踏み入ってゆく。

 まるで危険など感じないかのように無造作に。傍観者――プリムスは笑みを浮かべて口を開いた。


「あらあら乱暴者のお兄さんたちね。その子はまだまだ食べ盛りなの。あなたたちのところになんて戻すはずがないでしょう?」

「なっ……プリムスさん! どういうつもりだよ、踏みつぶされちまうぜ!」

「私のことでしたらお気になさらず。そうですよね、レイ?」


 アオは眉根を寄せた。親しげに名を呼ぶ様子を見れば、やはり彼らの仲間であるように見える。

 しかしそれにしては行動に不可解な点が多すぎた。

 何よりも彼女の姿を見たレイが、アイリス=クィーンクェの巨体が一歩後ずさったのだ。


「んなっ……馬鹿な、悪い冗談だぜ!! お前ら一体なんてものを連れてやがる!?」


 次の瞬間、アイリス=クィーンクェが槍を構えていた。

 彼は驚きで後ずさったのか。否、それは攻撃のための予備動作でしかない。


「ここで会ったが百年目だ、まずてめぇは死ねや! ……いいや『最初の魔女』ォ!!」

「なっ、何を!?」


 グラディオ=フィニスが止めに入る間も有らばこそ、槍が振り下ろされる。

 激しく紫電が渦巻く。巨大な魔物モンスターすら葬り去る破壊の槍をただの人間であるプリムスめがけて叩き込んで。


 結果は誰もを瞠目どうもくさせるに十分だった。

 プリムスはその細腕だけで巨大な槍を受け止めている。およそ生身の人間にできることではない。


「女王……? そういえば前にも言ってたな。それに最初の魔女って……どういうことなんだよフィニス!」


 問いかけたアオは、同調式接続から動揺が伝わってきたことにむしろ驚いた。


 ――そんな! まさか、プリムスが最初の魔女なのだとすれば……!


 プリムスが槍を弾く。巨人兵器である魔導骸殻がいとも容易たやすく押し返され数歩も後ずさった。

 彼女は涼しげな笑みを浮かべたままフィニスの前に立ちはだかり。


 その姿を捉えたハイドランジア=セプテムから歓喜の声が響いた。


「おいおい……おいおいおい! なんという僥倖ぎょうこう! つまらない新人探しの先でまさか女王と相まみえるとは! 私の獲物ですよ、逃がしはしません!」


 プリムスは腰に手を当て軽く溜め息を漏らす。


「まったくうるさいわね、フオー。あなたたちの相手なんて面倒なのだけど……でも今日は特別。せっかくだから客としてもてなしてあげましょう」

「やべぇ! 奴を止めろ……」

「第二種封印骸装、開始」


 瞬間、プリムスの全身が塗りつぶしたような漆黒へと染まった。

 異界来訪体の暗闇ににじむように黒の領域が増してゆき、やがてあふれ出す。いいや、それは全てを呑み込むような黒い光となって広がり。


 次第に黒い光は収束し、そこに一体の巨人を顕現させた。

 細身で流れるようなラインはどこか女性的なものを感じさせる。周囲には幾重にも装甲を重ねており、そこだけ取り上げればアイリス=クィーンクェに近かった。

 だがより装飾的でありまるで豪奢なドレスをまとっているかのようにも見える。


 一部始終を呆然と眺めていたアオが慌ててフィニスへと問いかけた。


「やっぱプリムスも魔女なのか。でも、だったら! 魔導骸殻になるには契約者が必要なんじゃないのかよ!?」


 ――いいえ。彼女が女王なのだとすれば必要ない。


「どういうことなんだ?」


 ――女王。またの名を『最初の魔女』。彼女は最も早く完成した始まりの魔女。シリーズで唯一、契約者を持たず単体で完結したもの。そしてシリーズで唯一……人に反旗を翻した裏切り者。


「裏切り者って! さいっあくじゃないか! そんなのがどうして俺たちの前に!?」


 ――わからない。わからない! 最初の魔女と接触するなんて私も想定していない!


 そうして張り詰めた空気の中、最初に動き出したのはハイドランジア=セプテムだった。


「ははは! その姿……まさしく最初の魔女『レーギーナ=プリムス』!! こんなところで出会えるなぞ恐悦至極ですなぁ! 貴様のくびはこの私、炎獄のフオーがいただく!」

「あらフオー。あなたなんかに構っている暇はないわ。その辺で遊んでらっしゃいな」

「ふざけろ、死ね!! 第二種封印補則、兵装起動! くらえぇぇ『炎蛇鞭ハイドララッシュ』!!」


 ハイドランジア=セプテムの妙に盛り上がった肩に穴が開く。

 まるで生物の口のように牙を剥き出しにした穴からごぼごぼと炎が溢れてきた。

 それはすぐさま集い炎の蛇を生み出す。その数八体。


陽炎かげろうも残さずけて消えなさい!!」


 炎蛇が鎌首をもたげる。それらは命令を受けるとロクに対象を狙うこともなくのたうち始めた。

 異界来訪体の床と言わず壁と言わず、触れたもの全てが圧倒的な熱量に灼き尽くされてゆく。


「てめっ、フオー! ちょっとは周りを気にしやがれ! 俺まで巻き込む気か!」

「旦那は勝手に避けてくださいよ。コイツさえ仕留めれば、後はなんだってかまわないんですからねぇ!!」


 あらゆるものを焼き尽くす炎の蛇を、レーギーナ=プリムスはわずかなステップで軽やかにかわした。


「仕方のない子ね。身の程を教えてあげる……御覧なさい、私の『光破剣クレイヴソリッシュ』を」


 優雅な動きでかざした手から放たれる光。それは本体と同様、黒に満ちている。

 だが魔法則にしたがう光が尋常であるはずはない。離れるほどに光は形を得てゆき。

 やがて無数の黒い刃と化した光がハイドランジア=セプテムへと殺到した。


「しゃらくさいですねぇ! ぎ払ってさしあげましょう!」

「下がれフオー! そいつはお前じゃ……」


 レイの叫びなど斟酌しんしゃくせず暴れる炎蛇と黒い刃が激突する。

 幾つもの刃が炎を斬り散らし細切れにしてゆく。圧倒的な熱量を放つ炎の蛇は見る間に蝋燭ろうそくの炎となり果て消えた。


「そんなことが!? これが話に聞く女王の黒剣……ですが、まだ!」


 炎蛇が滅んだあとに残るのはハイドランジア=セプテムの矮躯だ。

 素早く手の先から炎の鞭を伸ばすと黒い刃を迎え撃つ。

 その異形からは想像もつかないほどハイドランジア=セプテムの身のこなしは機敏だった。

 炎の鞭によって刃を弾き飛ばしたところに身を滑り込ませ、容易には攻撃を寄せ付けない。


「女王の黒剣、所詮は虚仮威こけおどしで……」


 だが奮戦するフオーをプリムスが黙ってみているはずがなかった。

 女王の手元に黒い刃が集まってゆく。それは見る間に巨大な一枚の剣となり。


「だったら、こちらでどうかしら?」


 魔導骸殻の全長を超える剣をまったく無造作に振り下ろす。

 黒い光の刃が通り過ぎ。ハイドランジア=セプテムの肩口から向こうが冗談のように宙を舞った。


「……ぁっ、ああっ、があああああああああ!?」

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