第十三話 『アオと最初の魔女』
――
グラディオ=フィニスから同調式接続を通して言葉が届く。当然の忠告だとアオも思う。
「フィニス、君は間違ってない。でも異常の中で動くには情報が大事なんだ。でもって
――ええ、それは確か。少なくとも私の感覚器では外界並みかそれ以下の薄さに感じられる。
「じゃあここは聞いておかないとな。行ってくるわ」
――少しでも危険があれば、あなたの安全以外の全てを無視するから。それだけ覚えておいて。
「そりゃあ俺からも頼む。ありがとな」
降りると決意してもまだ心に迷いは残っていた。
意を決して同調式接続を断った。己自身へと還ってきたアオの目の前で操縦席が開いてゆく。
周囲の空気が流れ込んでくる。オーガレイダーの感覚器でも、瘴気の濃度は外気と同程度とあった。
「マジなんだよなぁ」
地面に降り立った。本当に侵食は起こらず、アオの身体は無事である。
「わりぃ、待たせたな。本当に瘴気がないたぁ信じるまで時間がかかってさ」
「ここに来られたのは初めてなのですね。でしたら無理もありません」
女性がころころと笑う。
改めてその姿をしっかりと観察する。真実、
やもすればオアシスという空間そのものより彼女のほうが不気味かもしれない。
いくら瘴気がないからといって異界来訪体の内部でここまで無防備でいられる神経は完全にアオの想像の埒外にあった。
「本当、最近は初めて尽くしで困るぜ。時にあんた、ずいぶん身軽なんだな。ここに来るまでには新種だのなんだの強い魔物でいっぱいだった。どうしてるんだ?」
確かにオアシスの中では生身のまま過ごせるのかもしれない、だがここに辿りつくまでも生身でいられるはずがない。
数々の魔物、渦巻く瘴気、さらには新種を含む巨大魔物たち。
それらを退ける武力を持つ者のみが深層へと辿りつくことを許される。
「ふふ。お話ししてもいいのですけれど……ひとつ条件があります」
「いきなりだねぇ。いちおう聞くだけは聞いておくが、お手柔らかにな。こちとら素寒貧なんだ」
ようやく辿りついたばかりのアオたちには全く手札がない。交渉なんて真似事程度にもできそうになかった。
「代わりにあなたたちのことを色々、教えてくださいな」
「……は?」
拍子抜けするような内容に間の抜けた声が漏れた。
おまけに彼女はくすくすと笑っていたのだから、からかわれたのかと考えたのも無理はない。
「まずは自己紹介を。私はプリムスといいます。あなたは?」
「……アオだ。美人に興味を持ってもらえるのは悪くないね。ここが酒場で呑んでる時ならなお良かったけどさ」
背後にいるはずの魔導骸殻が微かに軋みを上げて、アオは思わずびくりとする。
いや、今のは軽口の類で――今は同調式接続がつながっていないのに思わず言い訳を思い浮かべる。
またも小さな笑い声があがった。
「あら。後ろの彼女も紹介していただけませんか?」
「……後ろだって? そりゃあもしかして魔導骸殻のことかい。すまないがこいつはちょっと訳アリでね。素性なんぞ気にしないでもらえると嬉しいんだけどさ、プリムスさん?」
続く頼みを聞いてアオは態度を硬くする。いかに見かけない機体だからと言って名前まで気にするものはまれだ。
するとプリムスと名乗った女性は残念そうに小首を傾げた。
「それよか早速なんだけど、ここいらに出る魔物について知らないかい? ……特に強い奴がいるとかさ」
あまり長く話さないほうがいいかもしれない。
魔物の情報は回収者にとって最も気になること、無難に聞こえているだろう。アオの場合はフィニスのためにもむしろ強い奴を知りたいと思っているが。
「あらごめんなさい。ここしばらくはずっとこのあたりに居ましたから。あまり周囲の魔物について詳しくなくて」
「そうかい。そりゃあ残念だ」
アオが表情を厳しくする。どうにも彼女の言葉はつじつまが合わない。
三十階層もの深さに潜る実力がありながら、回収者としての振る舞いは欠片もないといっていい。
たしかにこのオアシスという空間は驚くべきものだったが彼らにとっては目当ての魔物もいない場所でしかない。
彼女から得られる情報がないのならば後はいつも通り体当たりで進むだけ。
そんなことを考えていると、アオの顔を眺めていたプリムスがふと笑みを収めた。視線が怪訝に歪んでゆく。
「……アオさん。その傷、お身体はどうされたのですか」
「ん? ああ。よくある話だ、しくじっちまったのさ。
自嘲気味に呟く。相手も同業者であれば形だけでも慰めの言葉を交わして終わりだろう。
だがプリムスの反応は予想を大きく外れる。微笑みの浮かんでいた表情は凍てつき、視線などまるでゴミを見るような。
一気に温度の下がった様子にアオも動く用意を始めた。
「いいえ……ダメね。それでは完璧には程遠い」
「完璧? おいおいいきなりじゃないか、そいつはどういうこった」
「あなたのような
既にプリムスはアオを見ていない。視線の先にあるのは魔導骸殻の巨体――グラディオ=フィニスだ。
「あの子は異界来訪体へと迫った特異体、私の自慢の妹となるやもしれないのにあなたは
「……ッ! そういうことか! その言いよう、どうやらあんたは奴らの仲間らしいな!!」
契約者という言葉を知る者は限られる。それはフィニスの関係者であり、ならばまず追手であろう。
アオはすぐさま背を翻す。
「どなたを想像しているかはわかりますが、まったく心外ですわ。あのような輩と一緒にされるなどと」
グラディオ=フィニスが動き出す。手のひらの上に飛び乗ったアオがそのまま操縦席へと乗り込んだ。
首を巡らし睨みつけてくるフィニスの姿を見つめて、プリムスは笑う。
「契約者では話にならない、やはりあなたと直接触れあうべきね……あら」
その時である。カツカツと、オアシスに新たな足音が現れたのは。
「どうやら今日は、とても賑やかな一日になりそうね」
そこには数人の男女の人影がある。
彼らは立ち尽くすグラディオ=フィニスを目にすると、深く息を吐いた。
「ずいぶん深くまで来てるじゃねぇか。やっとこさ見つけたぜ……」
◆
逆立った髪が歩きに合わせて揺れる。
『魔女狩りの夜』の契約者レイ・ディエンは不敵な笑みを浮かべ、グラディオ=フィニスの巨体を見上げた。
「異界来訪体ってのも面倒な広さしてるぜ。そうは思わないかい? フィニスと契約者の兄ちゃんよ」
「お前は……街で戦った時にいた!」
「覚えていてもらって嬉しいぜ、新米契約者さんよ」
アオの叫びを耳に、低く笑う。
「地道な聞き取り調査をした甲斐があったってもんだ。しっかしよぉリングアなんてチンケな地方都市だと思ってたらこれが意外に手間がかかってよ」
「レイ~、今そんな話しなくてもいいんじゃない?」
「おっとそうだった」
警戒心も露わに構えを解かないフィニスに向かってひらひらと手を振る。
「やれやれ、こりゃあ嫌われたもんだ。だがせめて話を聞くだけは聞いてくれや。大人しく戻ってこいよ、フィニス。今ならまだ……たっぷり絞られるとは思うが、まだ話をつけられる。契約者のあんちゃんだって悪いようにゃさせねぇ。このレイ・ディエンが請け合おう」
隣のアイリスも首をぶんぶんと振って頷いている。
しかしこれに黙っていられなかったのが隣のフオーである。彼は苛立たし気にレイを睨みつけて。
「ディエンの旦那、何を甘っちょろいことを。さっさと叩きのめして躾けてしまえばいいでしょうに」
「うるせぇ引っ込んでろ、今は俺様が喋ってんだよ。……なぁ? 俺たちは仮にも仲間同士だ。我がままもほどほどにしとかねぇか。いや、我がままだっていいかもしれねぇ。いきなり飛び出す前に話してくれりゃあな」
「フィニス~、一緒にごめんなさいしよう?」
背後にはプリムス、向かいにはレイたち。
グラディオ=フィニスの中で考えが漏れないよう同調式接続を通じてのみ話す。
「フィニス、あのレイって奴はこないだも会った。じゃあもう一人の男も契約者なのか?」
――そう。No.5レイ・ディエンとNO.7フオー・ヤンディウ。どちらの魔女も私より経験豊富で……強い。
「ヤバイよなぁ、ただでさえ強いやつが二人も。プリムスに足止めされちまったか」
――でも少しおかしい。私は組織に所属している魔女について知っている。でもそこにプリムスなんて名前はなかった。
「なんだって? じゃあ彼女は契約者のほうか。いざとなればそっちに逃げるのがよさそうだな」
今は人間としての姿をとっているが彼らが連れているのは魔女である。
封印を解除し魔導骸殻となってしまえば多勢に無勢、アオたちに勝ち目はない。
逃げるにしてもより決定的な隙が欲しい。ここが魔物が出ないオアシスであることが今は無性に恨めしかった。
「……うちのお嬢様と話したけど、まだ戻りたくないってさ。レイさん、頼むからもう少しだけ時間をくれないか。今は手を止めたくないところなんだ」
「何かわかんねーけどよ、そいつはわざわざ家出してまでやることか? 戻ってくりゃあ俺たちが手伝うこともできるぜ」
巨人と一人が話し合う後ろで、やり取りを聞いていたフオーが鼻で笑った。
「はぁ聞くに堪えない。無駄、無駄なんですよ。事はもっとスマートに進めないとねぇ」
「あん? おいコラ、フオー! 俺たちは連れ帰りに来たんだ。順番間違えてんじゃねぇ……!」
フオーの意図を悟った、レイによる制止は遅きに失していた。傍らに魔女ハイドランジアを抱きかかえ囁く。
「始めなさい。契約により第二種封印の解呪を認めます……!」
「マスターによる解呪コードを受諾……命令実行。第二種封印骸装の展開を開始」
生まれたのは炎。溢れ出た火が
渦巻く炎の中心からただ声だけが響いた。
「まずは教育が必要ですねぇ新人。これから先輩が薫陶を授けてあげますから、ありがたく受け取りなさい!」
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