第二十五話 『契約者の矜持』
アイリス=クィーンクェが疾る。
飛び込んできた勢いのまま、グラディオ=フィニスを突き飛ばすように体当たりを仕掛けて。
反応する暇すらなく、弾かれたフィニスが宙を舞う。
まるで
ビルに叩きつけられ、勢い余って半ば以上突き刺さるように身を埋めた。
もうもうと立ち込める粉塵の向こう、レイたちが再び動き出す気配はない。
ビルすら叩き折る一撃だ、いかな
「おい……嘘だろ。なんだよ……何をやってんだよ!!」
ビルに着地しながらアオが絶叫する。
なぜ彼を助けたのか。レイ・ディエン、魔女アイリスとは手を組んでいる間柄ではあるが、完全な味方とはいいがたいはずなのに。
――アイリスは第三種封印兵装を使い、もう力が残っていない。しかし私たちならば余力がある。おそらくそういう判断よ。
フィニスの説明を聞けば理解はできる。だが納得はできそうもない。
しかし彼らに考え込むような時間は残されていなかった。
頭上から覆いかぶさるように影が伸びてくる。
はるか高みから見下ろす、レーギーナ=プリムスの冷たい視線が突き刺さった。
「レイもなかなか頑張ったわ、さすがは『魔女狩りの夜』のエースだけある。でもそろそろ邪魔。ここからは私たち姉妹の語らいの時間なのだから」
最初の魔女と巨大
腕にある砕けた爪剣を見やり、アオは声に出さず同調式接続へと話しかけた。
(……フィニス。爪剣が治りきるまで、どれくらいかかる?)
――再生完了まではあと六〇秒。
魔導骸殻の武器は再生が可能とはいえ、一瞬とはいかない。
ただでさえ強敵である、素手で戦えると思うほどアオも能天気ではない。
(時間を稼がないとな……)
――契約者、私が彼女と話してみる。こちらに興味があるとすれば乗ってくるはず。
(……わかった。何かあればすぐ動けるようにしておくから!)
グラディオ=フィニスは警戒の姿勢を解かないまま、フィニスの声が外部に向けて流れた。
「プリムス。未だ私たちを姉妹と呼ぶのならば。あなたは何故……アイリスを、ハイドランジアを
魔導骸殻と化したレーギーナ=プリムスに表情というものはない。
だがもしも人の姿をとっていれば、口元を歪めて
巨怪が、ビルに叩きつけられ沈黙したままのアイリス=クィーンクェを指す。
「それは当然のことよ。『第二の魔女』シリーズは所詮、人間にとって便利に仕上げられた道具に過ぎない。道具は使っていれば壊れるものでしょう?」
「……だとしても、あなたも魔女の一人よ」
「そう、私は最初の魔女。世界でただ一体きり完全な己を持つ真の魔女。……そして」
巨大な腕が持ち上がり、グラディオ=フィニスへと節くれだった指をつきつける。
「フィニス。
フィニスの中で、アオもまた息を呑んでいた。たまらず口を挟む。
「なんだって……そんなくだんねーことのために駒を生み出し! 街を破壊したってのかよ!?」
我慢などできそうにない。
いきなり話している相手が変わったことに、プリムスは不愉快げに機嫌を下降させた。
「
「知ったことか! プリムスよ、あんたの思い通りにさせるわけにはいかねぇ」
巨怪から飛び出したレーギーナ=プリムスが大げさに肩をすくめる。
「やはり契約者など無粋で邪魔な存在ね。フィニス、少しだけ待っていてね。まずはその異物を切除してあげるから」
「最初の魔女、やはりあなたは壊れている。自らのために危険な魔物を生み出す……」
巨怪がざわめいた。その力の全てをグラディオ=フィニスを破壊するためだけに注ぎ込む。
「私たちの、敵!」
「ふふふ。今はそれでもいいわ。処置が終わればきっと私に感謝することになるでしょうから!」
言葉はそこまでしか力を持ちえなかった。ここから先は戦いと力だけが答えを導き出せる。
「フィニス?」
――再生率一〇〇%、行ける!
「おうっしゃ! 覚悟しろよっ!」
グラディオ=フィニスが走り出す。
叩き込まれた巨腕をかわし、レーギーナ=プリムスの本体へと迫る。
「ならば見せてみなさいな、ハイドランジアを喰らい得たあなたの力を!」
レーギーナ=プリムスの両手に光がわだかまり、次の瞬間には二振りの長剣と化した。
飛び掛かってくるグラディオ=フィニスの爪剣と切り結ぶ。
一度、二度と剣をあわせて。同時に周囲に多数の黒剣を生成する。
下からは巨腕が持ち上がり。全方位からグラディオ=フィニスへと襲い掛かった。
巨腕を蹴ってフィニスが飛び
わずかに遅れて殺到する黒剣を切り払い、あるいは振り切って大きく距離をとった。
己の元を離れるフィニスを見送り、プリムスはふと口を開く。
「どうしてなの? その爪は魔物から喰らい得たものなのでしょう。だとすれば、どうしてハイドランジアの力は使わないの?」
問いに対する答えはない。
睨み合う間に思考を巡らせ、彼女は答えへと辿りついた。
「……使えない。そうなのね?」
グラディオ=フィニスは黙して構えるのみ。しかし彼女は既に確信を得ていた。
肉の軋みと共に巨腕が持ち上がりはじめ。空には次々に黒剣が生み出されてゆく。
たった一体の敵に向けるものとしてはあまりにも過剰な攻撃の構え。
「ハイドランジアが許してくれない? それともあなたがまだ
じり、とグラディオ=フィニスが後ずさる。狂気は圧力へと変じ、もはや強風のように吹き付けていた。
「あなたがもつ力は異界来訪体そのもの。侵食し、同化する。人間には過ぎた力。強くなる方法なんてただひとつ。もっと命を燃やし喰らうのみ」
指揮者のごとく優雅な手つきで、黒剣へと命じ。
「だから……ちゃんと食べられるように、今から少し削ってあげる。少しだけ我慢しなさいね?」
その言葉を皮切りに、あらゆる攻撃が一斉に殺到した。
最初は黒剣。雨あられと降り注ぐ刃をグラディオ=フィニスが迎え撃つ。
走りかわし、時に爪剣で弾き。かすかな傷が無数に刻まれるがその程度ならば問題なく再生できる。
だが黒剣の目的は足止めに過ぎない。
刃に囲まれ足の止まったところに、本命たる巨腕が叩き込まれた。
「黒剣はかわさない! フィニス、少しだけ耐えてくれよ!」
――破壊されなければ私は再生できる。今は気にしないで。
アイリス=クィーンクェを一撃で行動不能にした攻撃だ、回避以外の選択肢などない。
黒剣にこだわっていては動けなくなる。そう考えて彼らは巨腕を優先したのだが。
大きく飛ぼうと踏み出した、足が動かずにガクりと体勢を崩す。
慌てて振り返れば、大地に刺さった黒剣がグラディオ=フィニスの足を固定していた。
「しまっ……」
それはもはや衝撃とは認識できなかった。
一瞬で思考が吹き飛び、ただ全身がバラバラになりそうな感覚だけがある。
魔物の剛拳がグラディオ=フィニスを大地へと埋め込んでいた。
「かっ……く、そ……」
ぐらぐらと視界が揺れる。フィニスの躯体も各部からダメージを訴えていた。
――契、約者……まだ、動ける……逃げ……。
薄れそうになる意識を歯を食いしばってつなぎ止め、アオは軋む身体を持ち上げる。
「おい……どうしたんだ、最初の魔女……俺はまだ……倒れてはいない……ぞ」
「当然よ、手加減したもの」
あっさりと告げ、プリムスは再び巨腕を持ち上げた。
巨大な拳を広げると、指先に黒い光が集まる。魔物の躯体にプリムスの魔法を重ねた、鋭利な爪が生み出されていた。
「少し待っていなさいね。先に邪魔なものを取り除いてあげるから」
ぞぶっ、硬くありながらどこか湿った音が響いた。
勢いよく血が噴き出る。
巨腕が通り過ぎた後は、外装から内臓に届くほど深く、グラディオ=フィニスの躯体が一直線にえぐり取られていたのである。
アオは愕然と己の目を見開いていた。
先ほどまで彼を守っていた魔導骸殻の装甲が、今はごっそりとなくなっている。
彼自身の瞳で、外にいる巨大な魔物の姿を捉えているのだ。
「……そんな、ちくしょう……! フィニス……フィニス! 答えてくれ!?」
何度呼び掛けてもフィニスからの反応はなかった。
あまりにも大きすぎるダメージに、彼女の意識が飛んでいる――!
「痛くしてごめんなさいね。でも不器用なこの身体の割には上手くいったものでしょう?」
からからと嗤いながら、レーギーナ=プリムスが手を伸ばしてくる。目的は
魔物の手が視界を覆う。巨怪の動きがひどくゆっくりとしているのは、彼のためではなくフィニスの躯体を余計に傷つけないためだろう。
その余裕が、彼に残された最後のチャンスだった。
「
圧倒的な巨怪に対してたかが回収者一人ができることなどないに等しい。
魔女であり魔導骸殻であるフィニスの力すら通じなかったのだ。
さりとてこのままアオが抉り出されてしまえばフィニスは能力を行使できなくなり、一切の抵抗ができなくなる。
プリムスがフィニスをどうしようとしているかは不明だが、ロクなことではないだろう。
アオに屈することは許されない。
「考えろ……! どうやれば抗える! どんな手がある!?」
あの巨怪に。最強にして最初の魔女に。
「フィニスが応えてさえくれたら……」
今の彼女は全高一〇メートルにも及ぶ巨大兵器。ちょっと肩を揺すって起こすわけにもいかない。
その時、アオはふと思い至った。自分とフィニスをつなげているものは何なのか――。
「そうだよ。同調式接続は、まだつながってる……!」
反応はない、だが接続が途切れているわけでもない。
ならば
「少しだけ待っていてくれよ。今迎えに行く!」
息を整え、意識を集中する。強く。
何せ魔導骸殻を起動しようというのだ、容易いはずがない。
眼前には黒い光の刃がいや迫る。
残る猶予はわずかほどもなく。それでもアオは足掻き続けた。
「……伝わってくれ!」
限界と思えるほど意識を集中し続け、同調式接続へと叫び続けて。
アオの集中が頂点へと達した瞬間。ふと何ものかの手が彼の意識を掴んだような感覚があった――。
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