第二十四話 『魔女の奥の手』
巨大
途中にあるものはコンクリートだろうと鉄骨だろうとお構いなしに粉砕し、動くたびビルが崩れてゆく。
もとより廃墟であった街はついに完全な終わりを迎えようとしていた。
「ったく景気よく壊しやがる! ビルなんてもんは自然に生えてこねーんだぞ!」
廃ビルの屋上でレイが
何しろリーエンショウの表皮は硬く生半可な攻撃では歯が立たない。
そこで唯一の突破口である頭部は景気よく炎をまき散らしているうえに、四〇mの上空にある。
ビルという足場がなくては攻撃すらままならない。
――うーん。レイ、ちょーっちまづいかも。
「おう、わかってら。これ以上足場を崩されるわけにはいかねぇ。あんま使いたい
レイの視線は、魔物の肩で退屈そうに座っているプリムスへと向いていた。
実を言えばアイリス=クィーンクェには巨大魔物を倒す手段がある。
しかしそれは切り札の類。最初の魔女プリムスという難敵が控えている以上、いたずらに消耗してよいものではない――。
「なんてよう、このデカブツに苦戦してりゃあ世話ねーな。おいやるぜアイリス、第三種封印兵装、解呪許可!」
――りょうかーい! ……
アイリス=クィーンクェが構える槍、バリアントロアが唸りを上げる。
一気に流量を増した力が出口を求め紫電となって
「あらあらレイ。ここで第三種封印を解くだなんて、ずいぶんと堪え性がないことね」
「ほざいてろ! くらいやがれ、裁きの雷をよぉ!」
槍が開く。芯の部分が輝きを放ち激しい放電現象を巻き起こし。
迫る触腕を余波だけで弾き飛ばし、
「レイが何か、いったいありゃなんだ……!?」
――第三種封印、魔女の奥の手を使う気ね。アイリスの技は私も初めて目にする……。
高まり続ける力の波動を目の当たりにし、グラディオ=フィニスが思わず見入る。
空気を沸騰させるかのような力の圧力を前にして、さしもの巨怪すらも無反応とはいかなかった。
「その程度で止められっかよ。いくぜ……バリアントロア・
瞬間、アイリス=クィーンクェの躯体そのものが雷光へと変じた。
崩れ始めたビルを後に、まさしく雷速にて宙を翔け。リーエンショウの巨大な頭部、そのど真ん中へと一筋の雷撃が突き刺さる。
周囲の空気を根こそぎ吹っ飛ばすような轟音。まったく時を同じくして魔物の頭部が爆ぜる。
魔物の血が降り注いだ。魔素を含み濁った体液が滅んだ街に汚染を塗り重ねてゆく。
わずかに遅れて、触腕の破片がばらばらと降ってきた。
その頃には魔物の背後でアイリス=クィーンクェが雷光から物質へと還り、ビルに降り立っていた。
「す、すっげぇ……。あれが本気出した魔女の力ってことかよ……」
――レイとアイリスは組織の中でも古株よ。それだけ経験も能力もある。
だとしてもべらぼうな威力だ。堅い部位ではなかったとはいえ、あの巨怪を一撃で
頭部をさんざんに吹き飛ばされた魔物が沈黙する。
魔法則に侵され歪に変じた存在といえども生命の理には逆らえない。
「……ハァ、ハァ。ハハ! おらおらどうしたどうした。図体さえ膨らませば勝てると思ったかい、女王? そう
強がれども、アイリス=クィーンクェの動きは重かった。
第三種封印兵装はその目覚ましい威力の代償として損耗もまた激しい。
楽な状態ではないだろうに、掲げた槍の切っ先はぶれもなく敵の姿を睨んでいた。
「ご自慢のペットはこの有様だ。降りてきな、女王。いまさらケツまくるなんざしねぇだろ?」
「切り札を使い切っておきながら、それでもまだ食らいつく勇気は褒めてあげるわ。レイ」
観念したようにため息を漏らし、プリムスが立ち上がる。
廃ビルの間を駆け抜ける風が彼女の長い髪をかき乱した。
真横で魔物の頭部が弾けたというのに、その姿には血しぶきの一滴すらついていないのがいっそ不気味である。
「はぁ。あなたは本当に手のかかる子ね、一人では役目も果たせないなんて。やはり私が手を貸してあげないとダメなようね」
言うやいなや黒い光が走る。
空を
「ようやくのおでましだ、最初の魔女……レーギーナ=プリムス!」
魔物の上という足場の悪さを全く気にしない、優雅ですらある佇まい。
黒い巨人、
「そうね、まずは少し勘違いを正しておきましょうか」
ちらとアイリスを睨み、首を巡らすとフィニスを捉えた。
「あなたたちはこの子を倒したと思っているようだけれど。それは違っているわ」
「なんだって? どういうこと……」
言葉を待つことなく、レーギーナ=プリムスがすとんと魔物を撫でた。
途端、メキメキと音を立ててリーエンショウの身体が開いてゆく。
堅い殻の中にある、肉でできた内部組織が
光景のグロテスクさに、さしものレイも顔をしかめる。
「んだぁ? おい女王、まさかそいつを喰う気じゃねぇだろうな……」
亀裂はどんどんと大きくなり、今では胴体の中身がすっかりと見えるほどに開いている。
魔物の開きを作って何をするのかなど想像もつかない。
「そりゃないぜ、レイ……ん?」
そんなレイの軽口を聞きつけてアオは顔をしかめる――直後、あることに気付いた。
「死んだ……んだよな、あの魔物。なのに飢餓感が湧いてこない……?」
――! ええ、
フィニスが頷いたことで疑いは確信へと変わった。
「まだだ! レイ、そいつはまだ生きている……!」
「んだぁ……?」
アイリス=クィーンクェが槍を構えなおす。それよりもプリムスの動きが速かった。
「そうね。私はこの子を創る時に魔女そのものを参考にしたの。さしずめ、さっきまでは契約者がいなかったというところかしら」
その場にいる全員の脳裏に嫌な予感が走る。
「させるか……!」
アイリス=クィーンクェが
バリアントロアから放たれた雷撃はしかし、軽やかに放たれた黒剣によって防がれた。
「少し遅かったわね」
その間にもレーギーナ=プリムスは開いた魔物の内部へと身を躍らせ。
彼女を受け止め、リーエンショウが躯体を閉じた。
枯れ木を砕いたような音が連続する。それは変異。魔物は今まさに音を立てて変じてゆく最中であった。
巨怪の潰された頭部が切除され、かわりに取り込んだレーギーナ=プリムスの上半身が据えられた。
大木のようだった手足は引き締まり、細くしなやかに。巨大さはそのまま主たるプリムスに沿った姿を
「嘘だろ……フィニス、こんな魔物があり得るのかよ」
――今までに現れた、あらゆる魔物の情報に合致しない! まさか、魔女と魔物を重ね合わせるなんて……。
影が落ちる。あまりにも巨大で長く伸びる暗がりが、グラディオ=フィニスへと覆いかぶさった。
「どうかしら? この躯体、我ながらよくできているとは思うのだけど。でも……」
魔物との連結を終えたレーギーナ=プリムスが腕を広げ、おどけた仕草で一礼する。
「少しばかり醜いから、あまり気が乗らないのも事実なのよね」
「だったらとっとと降りてくれてもいいんだぜ?」
どこか引き
「だけど、しっかりともてなさなければそれこそホストの
舌打ちを残して飛び出したアイリス=クィーンクェの後を破壊が通り過ぎた。
「プリムス! どちらにしろ決着はつけてやる!」
グラディオ=フィニスがビルを駆け上がり、そのまま巨怪へと取り付く。
狙うは頭の代わりに収まったレーギーナ=プリムス本体。爪剣をかざし肉薄する。
「そうよフィニス、さぁここまでおいで!」
迫りくる敵を目の前に、しかしレーギーナ=プリムスに恐れる様子はない。
むしろ楽し気ですらあるかのように優雅に腕を振る。
甲高い音を残して爪剣が弾かれた。
レーギーナ=プリムスが手から生み出し振るった黒剣が、フィニスの刃を打ち払ったのだ。
「なっ……あんたまだ戦えるのかよ!?」
「ふふ、残念だったわね。この駒は私の身体を拡張するもの。同調式操縦のように意識が乗り移るわけではないわ」
グラディオ=フィニスの連撃もあっさりと受け止められる。さらに巨腕を動かされては退かざるを得ず。
ビルに飛び戻ったアオたちに、レイの声が飛んだ。
「別々に動いたんじゃあ勝ち目がねぇ! おいアオ、フィニス、一気に仕掛けんぞ!」
「わかってるよ! レイこそさっきのでバテてんだろ、遅れるなよ!」
「誰に言ってやがる……!」
二体の魔導骸殻がタイミングを合わせて動き出す。
互いにプリムスを挟んで反対側に陣取り、挟み撃ちを仕掛けた。
「あはっ! そうよいらっしゃい!」
巨怪は悠然と魔導骸殻など何も問題にせぬとばかり、腕の一振りで攻撃を退ける。
さきほどまでの破壊力こそあれ、どこか
明確にプリムスの意思に従い駆動される巨体のなんと恐ろしいことか。
「まだだ! もう一回仕掛けるぜ!」
すぐさま攻撃に戻るグラディオ=フィニスの動きを、プリムスは見逃さなかった。
迎え撃つ巨腕に向かってフィニスが爪剣を突き立てる。
火花を散らして刃が表皮を走る。恐るべき勢いですれ違った後、甲高い音を残して爪剣が半ばより折れ飛んだ。
「う……そだろ……。爪剣が! 折れた!?」
――契約者! 敵から目を離さないで!
同調式接続を通じて伝わるフィニスの絶叫に、アオははっと顔を上げた。
もう一方の腕が彼らを狙っている。地上ならばともかく、未だ空中にある状態では回避など不可能だ。
「……まっず!」
せめてとばかりに四肢を丸めて身を守る。
ビルすら破砕する巨腕を相手にどこまで耐えられるかはわからない――。
「ばぁか。トロいんだよ、新入り」
その声は、思いのほか近くから聞こえた。
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