第二十三話 『巨人たちの争い』


 魔物モンスターの巨体が天をく。

 圧倒的な体躯を誇る魔物の肩の上、最初の魔女プリムスは花咲くような笑みを浮かべた。


「まぁフィニスまで。探していたのよ、会いたかったわ。まさかそちらから会いに来てくれるなんてとても嬉しい」


 じっとグラディオ=フィニスの姿を確かめる。

 かつては純白だった配色は、今は全身にわたって赤のラインが走っている。

 肩部が大きく膨らんだ形状は、ある魔女の姿を強く思い起こさせるものだった。


「ふふふ……とても素敵な姿になれたのねフィニス。それこそが異界来訪体ヴィジターの正しい模倣。あなたならきっと立派な『最後の魔女』になって……魔女わたしたちを終わらせてくれることでしょう」

「んなこと勝手に決めんなよ、プリムス」


 返ってきた言葉を聞いた、プリムスの表情がすっと温度を下げる。

 刃物さながら怜悧れいりな視線が操縦席を貫いた。


「まだいたのね契約者コンストラクトゥス。あなたには何の用もないの。私たちの問題に口を挟まないでもらえるかしら?」

「あんたに用がなくとも俺にはあるぜ。リングアを……じいさんを、街の皆をひでぇ目に合わせやがったな! その借り、きっちりと返させてもらうからよ!」

「そう。だとすれば少しは感謝しておこうかしら」

「なに……?」

「その人間どもを潰したおかげでフィニスが来てくれたのよね? 少しはのよ」


 もはや言葉もない。怒りの感情が躯体中に充満しはけ口を求める。

 グラディオ=フィニスが弦を引き絞るように身を沈めた。後は解き放つだけだ。


「おうおう、相方もやる気みてぇだしよ……そろそろ決着付けようじゃねぇか」


 アイリス=クィーンクェが槍を突きつけ。

 二体の魔女を相手に、巨大魔物は不敵な様子で屹立きつりつする。


「ふふふ。皆、こんなにもあなたを求めているのよフオー。張り切って応えてあげないと」


 魔物が唸りを発し、降り来る拳が戦いの始まりを告げた。



 廃ビルが枯れ木のごとく弾け飛ぶ。

 巨大魔物リーエンショウの拳はその質量でもってビルの壁を粉砕し、逆側まで突き抜けた。

 足場が傾いてゆくのを感じ、アイリス=クィーンクェの中でレイが表情を引きつらせる。


「おいおいおい! デカいからって無茶しやがるぜ!」


 土煙を噴き上げ沈みゆくビルから飛び出し、隣のビルへと着地する。

 いかに崩れかけとはいえ拳の一撃でビルを粉砕するなど馬鹿げた威力だ。


 その隙に拳と共に踏み出した足へと向けてグラディオ=フィニスが斬りかかる。


「足元がお留守だ、スッ転べよ!」


 手甲から伸びた鋭い爪剣を振りかざし大木のような足へと攻撃し。

 魔導骸殻デッドリークラストの装甲くらいなら容易たやすく切り裂く爪剣。だが結果は、表面を火花と共に滑るのみでわずかな裂け目すら残せない。


「か……硬ってぇ!? 全然通じないってどういうことだよ!」


 ――いいえ、無駄ではない。今ので表面強度のデータが取れた。狙いを変えて、契約者。有効な場所を探さなければ。


「それしかないか! ……っとぉ!」


 瓦礫がれきを砕きながら迫ってきた蹴りを飛びのいてかわしグラディオ=フィニスを走らせる。

 避けざまにさらに一撃。やはり爪剣が通じる様子はなく虚しく火花を散らすばかり。


「ヤベ。他に何か狙えるところは……っていったいなんだぁ、あのツラ!」


 巨大魔物の頭部を睨んだアオは思わずうめきをあげた。

 そこに在ったのはブクブクと泡立つように膨れ上がったいびつな塊。改めて観察した魔物の姿は奇妙としか表現できないものだった。

 不釣り合いに肥大した頭部、そこからぶら下がっていると言わんばかりにだらりと伸びた胴体。

 ひょろりとした手足は遠目に見れば木の幹を連想させるものだ。


「今まで異界来訪体ん中でそれなりに魔物を見てきたけどさ、こいつはとびっきりに不細工だな!」


 ――契約者、敵に関する情報が不足している。攻撃方法の予測がつかない。注意して。


「そんくらいわかって……る! ってなぁ!」


 言っている間に猛烈な勢いで蹴りが迫る。

 爪剣すら通じない装甲を叩きつけられればどうなるかなど想像するまでもない。


 グラディオ=フィニスが身を投げ出すようにして攻撃をかわした。

 砕けたビルの残骸が巻き上げられ土煙が巻き起こる。


「そうそう当たるかって……いやそれは反則だろ!」


 アオは口をつぐみ身も世もなく駆け出した。なぜなら魔物がめちゃくちゃに足を振り回し始めたからだ。

 まるで子供の駄々のようだが、相手が巨大魔物ともなれば微笑ましさなど微塵みじんもない。誰も自分が壊される玩具の役になどなりたくはない。


 逃げ回りながらアオが叫びをあげる。


「こんなのどうしようもないって! おおいレイ、上はどうなんだよ!?」

「うるっせぇこっちも忙しいんだよ!」


 アイリス=クィーンクェもまた必死に飛び回っている。

 何故と言って足場である廃ビルが崩れ落ちているからだ。時折反撃を試みているものの、槍の一撃も雷撃も目立った成果を挙げていない。


「でたらめな硬さだ! 本当に駒かよこいつぁ!?」


 ――すごい気合の入り方だねー。


「気合の問題で片がつけば負けねぇんだがよ。おいアオ、フィニス! 腕もダメだ硬すぎる! 胴か、頭ならまだ可能性があんだろうよ!」


 魔物の歪に膨れ上がった頭を睨む。

 無防備に見えて何が詰まっているか知れたものではない、とはいえ。


「他に手もねーし。一か八か突っついてみるか」


 ――バリアントロア、いつでもいけるよー!


「おうら、弾けやがれ!」


 バチバチと紫電を放つ槍を構え、廃ビルの上から一直線に飛び出す。

 目前に巨大な頭部。ブクブクと膨れ上がったソレに取り付くと、槍を突き立てる。

 呆気ないほど簡単に刺さった槍から雷撃がほとばしると、魔物は震えながらのけぞった。


「ハッ、どうやら正解みたいじゃねーか! このままバリアントロアで焼き尽くしてやるからよォ!!」


 手ごたえを得たレイが雷撃の出力を上げようとした、その時。


「やっぱり頭を狙うのね。そうよね、手足に比べて柔らかそうだもの。でもそれほど簡単に弱点を残しておくものかしらね?」


 プリムスがぼそりと呟くや、魔物が手足の動きを止めた。

 代りにメキメキと音を立てて頭部が開き始め、醜く膨れ上がった頭部から花咲くように無数の触腕が伸びてゆく。


「げぇっ! なんじゃぁこりゃあ!?」


 悲惨なのが近くにいたアイリス=クィーンクェである。

 何せ槍や手足に触腕が絡みつき、たちまちのうちに身動きできなくなったのだから。


「クソ、離しやがれ……!」


 触腕に締め上げられアイリス=クィーンクェの全身から軋みが上がる。


「何ヘマしてんだよレイ! 今助けに……」


 そんな彼の苦境を見て、魔物の足元でアオが叫んだ。

 すぐにビルを駆け上がろうとしたアオは、しかし触腕の奇妙な動きを見かけて足を止める。


 ――契約者、注意して。アレらはこっちを狙っている!


 周囲に伸びた無数の触腕の先端に火が灯ってゆく。すぐに赤々と輝きを増したそれは炎の奔流となって迸り。

 炎。火。死に絶えた都市を火葬にするかのようにあらゆるものを舐めつくす。


「……行けそうにゃないから、自力で何とかしてくれ」

「コラ、アオ! てめぇ!!」


 殺到する炎の濁流を前に、慌てて駆け出す。他人の心配よりもまず自分の尻が焼けないことが大事なのである。


「ったく言ってる場合じゃねぇな。アイリス、こっちで始末つけるしかねぇ」


 レイにしたところでアオの薄情に憤っている余裕もない。

 ごく当然に触腕のいくつかが自らへと向きを変えているからだ。


「第二種封印補則、兵装起動! バリアントロアを全開だ!」


 後先考えず一気に雷撃を放ち、巻き付いた触腕を焼き払う。

 力の限り飛び出した、直後に炎の奔流が通り過ぎる。直撃すれば魔導骸殻であろうとチリッチリの丸焼きに仕上がるだろう。


 渾身の力で魔物の身体を蹴り、飛距離を稼ぎ。目前に迫るビルの壁へと槍を突き刺し減速。

 アイリス=クィーンクェはかろうじて着地することに成功した。


「まるでどこかの誰かを思い出す暴れ方じゃねーか。とにかくあの触腕は潰すしかねぇ」


 ――レイ、だーいぶと背の高いところにあるんだけどー。


「わかってら。幸いビルには事欠かねぇ、登んぞ!」


 ――そうなるよねー。


 今しがた減速に使ったビルを忙しなく登ってゆく。

 その間にも巨大魔物は見境なく炎を吐き出し続けている。魔物の周囲が見る間に炎で埋まっていった。


 飛び上がったアイリス=クィーンクェが槍を振りかざす。雷光が触腕を撃ち吹き飛ばした。

 反撃に放たれた炎を間一髪かわしビルへと着地する。


「この調子だとらちが明かねぇな。おいアオ! けっとしてねぇで手伝え!!」

「そりゃそうだけど! ちょっと遠いんだよ!」


 レイたちが奮戦している間、グラディオ=フィニスもまた触腕に挑んでいた。

 しかしこちらは攻めあぐねており。爪剣を振り回すも空中で自在に動く触腕を捉えるのは困難である。


 ――契約者、狙われている! 避けて!


「ちっくしょ!」


 まごついている間にも炎が容赦なく吹き付けられる。

 ビルをぎ払った炎のあおりを浴びながら、グラディオ=フィニスの巨体が自由落下してゆく。

 地面に叩きつけられることこそなかったが振出しに戻ってしまったのは確かだった。


「ヤバいな、このままだと手も足も出ないかも……」


 彼女の爪剣はあまりに短く、弱点である頭部は遠い。手が届かないとはこのことだ。

 そんな無様を視界の端に捉えてレイは思わず表情をひきつらせた。


「おいアオ、フィニス……。もしかしてお前ら近づくことしかできねぇのかっ!?」

「あー。まぁ、ちょっちばかし距離が短いのは否定できなくもねーかなって」

「勘弁しろよ! ここまで来て戦力の半分が役立たずじゃねぇか!?」

「望んで役立たずしてるわけじゃねーよ!」


 ――せめてハイドララッシュが使えれば。


「……今はできないことを気に病んでも仕方がない。時間がかかっても、こいつを潰しきればなんとかなるさ!」


 悔やむようなフィニスの言葉を聞いて、アオは気合を入れなおす。


 そうして苦戦する二体であったが、だからと魔物が攻撃を手控えることなどない。

 大木のような手足を振り回し容赦なく炎をまき散らして暴れ続ける。


「っても厳しいな! 俺には殴ることしかできねーし!」


 ――このままではいつか追い詰められる。


 フィニスはアオのサポートを続けながら、己のうちへと意識を向けていた。


 ――ハイドララッシュを封じているものは一体なんなの? ……どこにいるのハイドランジア。


 どれだけ手を伸ばそうと掴み返してくれるものはなく。

 内側に広がる寒々しい空洞に気付き、フィニスは魔導骸殻に存在しないはずの奥歯をかみ締めた。

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