第二十二話 『アオとレイ』


「ひどい……有様だ。本当にここがあのリングアなのかよ」


 うめくような言葉が漏れ出るのを、止められるものはいない。

 視界に入るものはどこまでも瓦礫がれきのみ。かつて出入り口であった関所は跡形もなく破壊されており、もはや何の痕跡も見いだせない。

 リングアへと戻ったアオとフィニスを迎えたのは、全てが滅んだ景色だけだった。


「これだけの破壊を行うには並みの魔導骸殻デッドリークラストでは無理、魔女だとしても困難。駒の強さについて上方修正が必要ね」


 目深にフードを被ったフィニスが周囲の様子を確かめる。

 しかしそんな彼女の分析も、アオの耳には届いていなかった。


「関所は、カンクロじいさんはどうしたんだよ? ちゃんと……逃げてくれてるんだよな? あ、当たり前だって。あの地獄耳のじいさんが魔物モンスターに気づかないはずないもんな……」


 誰彼構わず聞いて回りたいが周囲には全く人気がない。

 知りたい、とにかく話がしたい。アオは焦燥に掻き立てられるまま小走りに駆けだし。


契約者コンストラクトゥス! 気を付け……」


 彼の背中を鋭い警告が追いかける。

 立ち止まるより前に、どこかから聞き覚えのある声が降ってきた。


「おうおう。本当派手に暴れてくれたこったなぁ。まぁ安心しな、この辺の奴らは一目散に逃げだしたってぇ話だ」


 振り返れば、瓦礫の上に腰かけた人影。

 姿には見覚えがない。しかし声から誰なのかはわかっている。


「お前……! レイ・ディエンっていったか」

「嬉しいぜ、覚えていてくれるなんてよう。フィニスも元気そうだな、安心すべきかは迷うぜ」

「やっほーフィニス~」


 レイ・ディエンは瓦礫の上でやる気なさそうに頬杖をついている。

 傍らには魔女アイリス。ちょこんと座った彼女はひらひらと手を振っていた。

 遅ればせながら身構えるアオに、返ってきたのは大あくび。


「気持ちはわかるが、そう構えんなよ。る気はねぇ。マジに戦るつもりなら、気取られる前に仕留めてんぜ?」

「ならばどうして私たちの前に現れたの。レイ、アイリス」


 フィニスがすっとアオに寄り添う。いつでも魔導骸殻となれるよう身体に緊張をみなぎらせた。

 警戒など解けようはずもない。以前の遭遇は双方にとって大きな痛手を残すものだったのだから。


「そりゃあ探すさ。何せこの街がぶっ潰された理由は、だからな」


 アオの表情がくしゃりと歪む。わかってはいたことだ。さもなくばリングアまで魔物がやって来る理由などない。

 しかし受け入れられるかはまた別の話である。


「やっぱり敵は女王の駒ポーンズ……プリムスの仕業なんだな」

「他にあるかよ。しかしよかったぜぇ? お前らがでよ。女王に先に見つけ出された日にゃあコトだったところだ」

「お前も俺たちを追っかけてるのに変わりはねーじゃん。先に始末するつもりか?」


 溜め息と共にレイが立ち上がった。


「違う……つっても信じられねぇか。正直なところを言うと俺様自身、まだ迷ってるところはある」


 怪訝けげんな視線で問い返すと、彼はひょいと肩をすくめた。


「組織のほうで話ぁ聞いた。あいつらはフィニス、お前を使ってをやるつもりだ。さらに女王までもこんだけ執着してると来た。どう考えても厄介ごとのネタだってのは断言してもかまわねーだろうよ?」

「大変だよねー」

「その認識なら、私たちと対立する立場であるように聞こえるけど」


 もっともな指摘にレイはガリガリと頭をかいて。


「そうだ。っても何が何でも倒すほどかっつうとな。まったく人間相手は面倒くせぇ。魔物みてぇに見かけたら即ぶっ殺して終わるほうが何倍も楽でいいのによ」

「お前、やる気あるのかよ?」

「はっはぁ? まさかターゲットにまで説教されるとは思わなかった」


 ゆっくりと瓦礫の山を下り、レイはアオとフィニスに向かい合う。ついと首を傾けて。


「俺は面倒くせーことはやらねー主義だ。だから先に悩む必要のねーところを片付けることにした。名案だろ?」

「それってつまりはリングアを襲った魔物から倒すってことか」

「正解正解ぴんぽんぱんぽーん!」


 やんわりと降りてきたレイの掌がアイリスの口を押さえる。

 真意の見えない飄々ひょうひょうとした様子で、またも肩をすくめて。


「女王を倒す、それは俺様たちの至上命題って奴さ。しかしその前に街を破壊できる魔物なんてもんはどうやっても放置できねぇ」


 背後に広がるリングア市街を確かめるまでもない、魔物は今も新たな街を目指しているはずなのだ。


「それは『魔女狩りの夜』の総意ととってもいいの」


 念押しのように確かめたフィニスへと、レイはにかっと笑いかける。


「いいや。むしろ組織はお前らの捕獲を優先したがってんぜ」

「は? おい待てよ、じゃあ……」

「そう慌てんな。問題は優先順位って奴だ。今ここでお前らを取り逃したところで組織の面子が潰れるだけ。少なくとも誰も死にゃあしねぇ」


 アオたちをなだめつつ、レイは聞こえないくらいの小声で呟いた。


「まぁそれも……今のところは、ってだけかもしれねーが」


 一息に表情を戻し二人を見つめる。


「だが魔物は街を破壊する。大勢を殺す。だから潰す。他に理由は必要か?」


 アオは険しい表情のまま黙っていたが、隣のフィニスにちらりと視線を送り。やがて口を開いた。


「……俺たちだって魔物を倒すために来た。これ以上誰も巻き込まないためにさ」


 レイがゆっくりと手を差し出す。アオはその手を険しい視線で睨んでいたが、やがておずおずと握り返した。


「くく。本当にお前らが良い奴で助かったぜ。これで奴らの狙いを潰しつつ、戦力が揃えられる。ひとまずは共同戦線って奴だ。仲良く並んで戦いましょうってな、少なくとも後ろから斬りかかったりはしねー」


 誰かと違って。メッセージは正確に二人へと伝わった。


「そりゃ頼もしいぜ……でも、当てはあんのかよ。追いかけっこをしてる間に、どこかで街が襲われてますなんて嫌だぜ」

「その辺は任せろ」


 レイがすっと地面を指さす。

 大地に刻まれた巨大な足跡。果てしなく続く痕跡の先に何がいるのか、語らずとも明白だ。


「なるほど、こいつを辿るってわけな」

「だいたいそんなところだが……ところで、こいつほんとデケぇよなぁ。魔導骸殻よりも全然デケぇ。こんだけデカけりゃさぞ腹が減って大変だろうよ」

「そうだよねー! 僕ら、魔導骸殻になるだけでもすぐお腹すくのに!」


 彼らの言葉に、アオとフィニスがはっと目を見開いた。


「さんざんっぱら暴れて奴は空腹だ。次の街を探す前にまずは腹ごしらえ、しかしこんなデカブツを満たせるだけの瘴気しょうきがそうそうあるわけがねぇ」

「……異界来訪体ヴィジター!」

「ま、他に選択肢はねぇな」


 ここは最前線都市ブームタウン、異界来訪体までの距離はさほどもない。


「すこうしばかり出遅れちまった。叶うなら飯を食い終わる前に叩きたいが、その辺は賭けだな」

「わかった。そうと決まれば立ち止まってる時間はねー!」


 頷きあう。かくしてアオ、フィニスとレイ、アイリスの二組は残された足跡を追って走り出した。



 太陽の高い時刻。照り付ける陽射しには厳しいものがあるが、日陰ならばそれなりに過ごしやすいものである。

 それが天をくように巨大な魔物であれば作り出す陰はどこまでも長い。


 巨大な一歩を踏み出すたびに伝わってくる振動に身を任せ、肩で揺られていたプリムスが大あくびをみせた。


「……ねぇフオー。前の街は退屈だったわ。どうでもいい魔導骸殻に蟻のような人間。次の街もそうなのかしら」


 巨大な魔物は無言のままひたすらに足跡を刻み続ける。

 話す機能がないからだが、そんなことにはお構いなしとばかりにプリムスは語り掛け続けていた。


「ねぇフオー。せっかくあなたがこうして還ってきたのだから、魔女と会いたいわ。フィニスはどこにいるのでしょうね。どれくらい壊したら出てくるのかしら」


 求めるものを手に入れるまであらゆるものを破壊しながら進み続ける、ただ理不尽なる死の具現。


「ねぇフオー。無口になったあなたはとてもつまらないわ」


 唸り声すら返ってこない。もとはと言えばプリムスが自らの手で生み出した魔物である。

 つまり言葉を失ったのも彼女の意図に基づいてのこと。理不尽は平等に、魔物にすら降りかかるのだ。


 退屈に満ちた視線をぼんやりと投げかけ、魔物はやがて朽ちた都市へと踏み入った。

 とうの昔に滅び、放棄された都市のなきがら。中途半端に崩れたビルが、魔物の歩行が起こす振動に耐えきれず崩れてゆく。


 連鎖的にあちこちに破壊を招きながら歩みを緩めることはなく。

 この場所を抜ければじきに異界来訪体へと辿りつく。そうすれば瘴気を補充して次の街へと向かうのだ。


 突然、プリムスが振り返った。端正なつくりの顔をほころばせ。


「ねぇフオー。よかったわ、これ以上は退屈しなくてすみそうよ」


 呟いたのと青天に霹靂へきれきが走ったのは同時だった。雷鳴と共に駆ける影が廃ビルの屋上へと現れる。

 魔導骸殻アイリス=クィーンクェ。紫電の走る『雷迅槍バリアントロア』を構え、騎士さながら巨獣の前に立ちはだかる。


「……いようデカいの。いや思ったよりデケぇじゃねぇか。女王も面倒なモン作りやがる」

「あらご挨拶ね、レイ、アイリス」


 ――レイ、肩の上!


「はぁ!? どこまで冗談だ女王! 異界来訪体の中ですらなく、直に出てくるだぁ!?」


 魔導骸殻の操縦席でレイ・ディエンはしかめっ面を浮かべていた。外から直接見えることがないことだけが救いであろう。


 巨大な魔物との戦いまでは想定していた。しかし『最初の魔女』プリムスが同行しているなど想定外だ。

 今までは手下である女王の駒を操るのみで姿を見せることすら稀だったというのに。その変貌ぶりには寒気すら覚えるほどである。


「探し物があるのよレイ。あなたは後回し。挑んでくるのは勇ましいことだけど、邪魔をするなら叩き潰すわ」

「ハッ。そいつは随分見くびられたことだな」


 バチバチと火花を跳ねさせる槍をくるりと回し、切っ先で魔物を睨む。


「それで女王。一つ聞いておくがお前の探し物ってのは……こいつか?」


 逸らした切っ先が指した先、そこにはグラディオ=フィニスが爪剣を構え彼女を睨みつけていたのだった。

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