第二十一話 『暴虐の巨怪』
未だ残る炎がちらつく。
かつてリングアと呼ばれていた街は、今は尽く
圧倒的な暴威があった。ひたすらな破壊があった。あらゆるものに平等に降りかかる破滅があった。
かつての街としての姿は既になく、郊外に広がる廃墟と大差がない。
壁もなくなりどこまでが街でどこからが廃墟であるか、既に区別など残っていなかった。
「ひでぇ有様だ。ったく」
「ほんと、何にもないねー」
焼け野原に立ち尽くし、レイ・ディエンは顔をしかめる。
傍らのアイリスはなぜかウキウキした様子で周囲を見回して、レイに軽くはたかれていた。
「ったーい! レイのいぢわる。やつあたりー!」
「こんな時くらい閉じれねーのか、その口は」
まるっきり無視してすたすた歩き始めるアイリス。溜め息を漏らし、レイも後に続いた。
リングアは比較的規模が大きく、大勢の人間が暮らしていたはずだ。
だが瓦礫の間から聞こえてくる声はあまりにも微かであった。皆して逃げ去ったのか、もしくは――。
「また駒の群れが攻めてきたのかにゃー?」
アイリスの声が聞こえてきて、レイは物思いからさめた。
実際にこの街は以前、数匹の駒による襲撃を受けていた。
「いいや。さっきちらっと耳にしたが、街に現れた魔物はたったの一匹だったってよォ」
「えー? だったら街に居た
レイが不機嫌を隠そうともせず呟く。アイリスが首を傾げた。
「いくら相手が女王の駒だって普通はな。しかしよォ、そいつが山みてぇにデカかったら? それこそ魔導骸殻を踏みつぶすくれぇに」
アイリスは呆けたように口を開いて目を瞬く。
「それほんとーに?」
「ちょっとは大げさだろうさ。だが馬鹿みてぇにデカかったのは確からしい。んで文字通りに何でもかんでも蹴散らしたんだとよ」
「それ、やっぱし駒なのかなぁ」
「他にあるかよ。まったくあの女王はロクなことをしねぇ。心底、討ち損ねたのが悔やまれるぜ」
「でもおかしくないー? プリムスってほんと、何年も姿を見せなかったのにいきなりさー」
「……ああ」
レイには思い当たる節がある。
プリムスは人類に反旗を翻しながら、しかし破壊には駒を用いるのみだった。だが今の彼女には執着するものがあるではないか。
「女王の目的はフィニスだ。柄にもねぇ、入れ込んでるじゃねぇか……」
博士の言葉が脳裏をよぎる。最新の――最後の魔女。フィニスには未だ不可解で危険な部分が多く残っている。
このままみすみすとプリムスに渡してしまうには、あまりにも危険すぎた。
「嬉しーことによぉ、聞いた限りはここでフィニスらしい魔導骸殻は目撃されてねぇ。あいつらも姿を消したわけだ、俺たちから逃げてな。おかげで
どうにも奇妙な追いかけっこが発生しているらしい。
うんざりした気分もありつつ、レイは地面を睨んだ。
街の外へと果てしなく続く足跡。一歩の大きさが魔導骸殻の背丈ほどもある。
いったいどれほど巨大なものが歩けばこのような跡が残るのか。彼は吐き捨てるように長いため息を漏らして。
「なるほど。こりゃあ見つけるのは苦労しなさそうだぜ。ちくしょう」
この先に敵がいる。街をひとつ滅ぼし、フィニスを求めて今も
「どうするどうする? どっちを追いかける?」
「そうだな……」
レイはしばらく考え、やがて歩き出した。
◆
果てなく延びる影が動く。
一歩ごとにズン、ズンと腹に響くような振動が広がり、恐るべき重量が深い穴を
比較対象が少ない荒野では正確には測れないが、魔導骸殻という巨大兵器の存在を踏まえてもなお異様なほど巨大な姿。
イソギンチャクかクラゲのように膨れた頭部からゴリラじみた体型の胴体がぶら下がっている。
そんな奇怪で醜い魔物の肩に、ちょこんと座る人影がある。プリムスだ。
「残念だったわねフオー……いいえ、今は魔物『リーエンショウ』と呼ぶべきかしら」
問いかけに応えるべき声はなく、代わりに地鳴りのような唸りが上がった。
何故ならこの巨体に声帯などという器官は存在しないからだ。
女王が入念に手を加えた駒ともなればなおさら。そこに尋常な生命の道理は存在しない。
「可愛い妹は、もうあの街に居ないみたい。今頃どこにいるのでしょうね。あなたのことが伝わるといいのに」
魔物が唸りを発する。それは単なる応答だけではない。
「ん? どうしたの。……ああ、お腹がすいたのね? 本当、卑しい欲しがりは人間のころから変わらない」
先程からわずかではあるが、歩く速度も落ちてきている。
圧倒的な体躯とそれに見合う破壊力を備えたリーエンショウの、唯一の泣き所だ。
「はぁ。戦闘能力ばかりに目が行って他のことを考えていなかったものね。さすがに少しもちが悪すぎる気はするけど」
ぶらぶらと退屈そうに足を振って、プリムスは空を眺めて。
「あの子まで届くには、まだ時間がかかりそうね」
破壊の化身は荒野を彷徨いゆく。いずれ来るべき時に向かって――。
◆
リングアに比べればいくらか小規模な向きはあれど、ここも近郊に異界来訪体が存在する。
街に住む
「……リングアがやられた? どういうことだよ。あそこは相当大規模な回収者たちの街だ。どんな盗賊だって避けて通るぜ」
「それがよぉ、やったのは魔物らしい」
「魔物だぁ? それこそ馬鹿かよ。回収者ってなぁ魔物を狩るのが仕事みたいなもんだぞ」
太陽も高い時間から酒場に繰り出し、男たちが大声で騒いでいる。
周りに内容がまる聞こえだが誰も気にした様子がない。どのみち誰も彼も同じ話題でもちきりなのだから。
「新種って奴か? だがよぅ、あいつは階層詐欺こそ恐ろしいが街を滅ぼすようなもんじゃねぇだろ」
「わかんねぇよ。でも逃げてきた生き残りが口々に叫ぶんだ……」
男たちが思わず身を乗り出す。
「とてつもなく巨大な魔物がたった一匹、街に現れたんだと」
沈黙が場に落ちた。誰もが続きを語るべきか迷い。
回収者という生き方では否応なく魔物に近づかなければならない。時に命を懸けて戦い、時に資源として求める。
魔物の強さはどうしようもなく彼らの命を左右する。
――ならばもしも、街を滅ぼすほど強大な魔物が出現してしまったら?
もはや回収者という職業は成り立たない。魔物を良く知る彼らだからこそすぐにそこへと思い至った。
「リングアが……!? 今までにないほど巨大な魔物ってそりゃあ」
「新たな駒。彼女の差し金でしょうね」
酒場の隅にいた二人組が
二人――アオとフィニスは暗い表情で顔を見合わせた。
「皆はどうなったんだ。無事ならいいけど……」
握り締めた拳が軋みをあげる。
故あって離れているとはいえアオが長く暮らしていた街である。顔見知りは一人や二人ではない。
顔をしかめて黙り込む。しかし指先はコツコツと机を叩き続けていて。
しばらく彼を見つめていたフィニスが、ふと口を開いた。
「行きたいの? リングアへ」
「……! いや。そんなわけじゃ……」
「嘘ね」
一言で返され言葉に詰まる。そういえば彼は考えていることが表に出やすい性質だった。
「そんな顔に出てた?」
「まるわかり。本当に同調式接続も必要ないくらい」
「……はぁ、そりゃねーぜ」
かつて
「そうだよ。リングアはやっぱり、俺の故郷だからな。自分から捨てることは出来ても、魔物に破壊されるなんて見過ごせるわけがねー」
「行けば間違いなく戦いになる」
「そう、だな。俺だけならともかく、フィニスを連れてはいけないだろうなぁ」
わざわざ地上に出て暴れまわる女王の駒。
そこから以前に垣間見せたフィニスへの執着に理由を見出すのはそう難しいことではない。
あの戦いで女王は行動不能となったフィニスを一度は見逃している。
だというのに今度は向こうから探しているというのだから、ロクでもない理由なのだろう。
「だけど魔物は私を見つけるまで止まらない。そして……」
「被害は増え続けるってか」
最前線都市リングアですら壊滅させる敵に対抗できる街がどれほどあるというのか。
すぐにでも止めないと犠牲者は増える一方だろう。
「行きましょう、契約者。いいえ、私たちは行かなければならない」
アオは少しだけ意外そうに目を見開いた。
故郷を破壊されたアオはともかく、フィニスにこだわる理由があるとは思えない。
「少し意外だな、フィニスがそんな積極的ってのは。もうちょっと慎重派かと思ってたよ」
「仇……だから。プリムスはハイドランジアを殺した相手」
「それは……」
「だからこそ、ハイドランジアを受け継いだ私は彼女と駒を
ひたとアオの目を見つめ、彼女は言い切った。
つまりアオとフィニスの望みは一致していることになる。それでも彼には確かめておかねばならないことがあった。
「それはどっちの意見なんだい? フィニスか……もしかしてハイドランジアか?」
「どちらということもない、私の望みよ」
他の魔女を取り込んだことで、機能だけではなくフィニスの内面にも変化があったのか。常の無表情からは
「君もまたそう望むのならば。わかった、リングアへ行こう。そして女王の駒を止める」
倒せると確信しているわけではない。それでも、彼らにはこのまま座して見ているような真似はできそうになかった。
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