第二十話 『フィニスとハイドランジア』
代り映えのしない景色がどこまでも続いている。
「はー。
かつて異界来訪体は世界中ありとあらゆる場所に出現した。
当然、それはリングア近郊にばかり存在するものではなく。
「まったく、場所を変えたって気がしないぜ……」
ここ、
『魔女狩りの夜』の追跡を逃れ、アオとフィニスは潜る場所を変えていた。
「
見つけたというかもう死んでいる。相変わらず浅いところにいる魔物など彼女の敵ではない。
「そりゃ確か角が使いやすい硬さだったはずだ。本当、君といると生活には困らないな」
彼らは決まったねぐらを持たず安宿を転々とする生活を送っている。
力づくで稼げてしまうため、思いのほか暮らせてしまっていた。
今日もまた狩り得た魔物の素材を換金しそれなりに重くなった財布を抱えて宿へと戻る。
街中でもフィニスは
今のところ警戒すべき要因は見当たらずに済んでいる。
「……いつもすまねぇ。いちいち面倒な誤魔化しが必要でさ」
「気にしないで。私は別に構わないし、余計なことを知られないことのほうが大事だから」
街中のフィニスは常に大げさな外套を纏い、傍からは女性かどうかもわからないようにして過ごしていた。
フードを上げて顔を見せることもない。当然、諸々の交渉は全てアオが担っている。
女性の
しかしそれらが組み合わさると彼らの居場所を突き止める手掛かりになるかもしれない。
だから警戒を怠るわけにはいかなかった。
「それじゃオーガレイダーの整備もしないとな」
安宿とはいえ回収者向けに営んでいるだけあって多少の設備がある。特に魔装殻の整備は回収者にとって日課ともいえた。
「私も、ご飯を作る」
その隣でフィニスがいそいそと荷物を広げた。
取り出したるは売れ残った魔物の肉。魔素を含んだ肉は食用に適しないし、加工するにもロクな使い道がない。
そのため基本は潰して砕いて
「……やっぱそれ、食べるのか?」
「このほうが魔素も摂取できていいから」
やはり魔女というのは決定的なところで人間とは違っているらしい。
生身の人間がこんなものを食べればすぐに魔法汚染に苦しむ羽目になるとか色々あるが、それ以上にまったくうまそうに見えないのが困りものだ。
お陰で人間向けの食費はアオ一人分で済むため、助かっているのは事実なのだが。
「今んとこ追っ手も見かけないし、回収者業もはかどってるなぁ」
それは二人にとって良い隠れ
◆
異界来訪体は果てしなく下に向かって続いていた。
魔物を倒し魔法金属を採掘しながら、アオとフィニスは順調に階層を重ねてゆき。
「
封印を解呪したフィニスが変身してゆくのを感慨深げに眺める。
魔女喰らいの問題が片付いたわけではないが、魔物を相手にする分には何も問題ない。
彼女の全身を視界に収め、アオが目を瞬いた。
「えーと、フィニス? なんだか以前と姿が違ってるんだけど……」
困惑気な言葉に、グラディオ=フィニスが巨大な頭を傾げる。
「確かに以前とは違う力の流れを感じる。そっちからはどう変わって見えるの?」
「魔導骸殻になったフィニスって、前は白一色だったけど今は赤いところが増えてる。それに肩がデカくなったなぁ。これじゃまるで……」
まるでハイドランジア=セプテムのようだ――言いかけてアオは思わず口をつぐんだ。
グラディオ=フィニスは全身にわたって装甲が強化され、シルエットそのものが変化していた。
なかでも肩部は大きく膨らみ、変化が顕著である。
見覚えを感じたのも気のせいではあるまい。それはハイドランジア=セプテムの特徴とほぼ重なっていた。
「そう。間違いなく……ハイドランジアを取り込んだ影響ね」
魔物を取り込んだ時ですらそれまでにない爪剣が生えるという変化が起こったのだ。
ならば同じ魔女を取り込んだのならば――? その答えが目の前にあった。
理解するとともにアオは新たな疑問を抱く。
「魔物の爪は強力な武器になった。じゃあ……アイツと同じように炎の蛇を、使えるってことなのか?」
フオーとハイドランジア=セプテムが使っていた炎の蛇。その印象は鮮烈である。
広範囲に破壊を巻き起こす非常に強力であり、アオも非常に苦しめられた攻撃だ。
グラディオ=フィニスはしばらく沈黙し、何かを確かめていた様子だったが。
「私の中に……新たな
「そっか……」
魔物から爪を得ただけでもグラディオ=フィニスの性能は大幅に向上した。それが魔女由来の力ともなればいかほどのものか。
期待すると同時に素直に喜べない感情も彼の中にあった。
「
グラディオ=フィニスが巨大な掌を差し出してくる。アオはわずかに逡巡し彼女を見上げた。
「試してみましょう。ハイドランジアから受け取った力を今更なかったことにはできない。だったら……」
それがフィニスが悩んで出した答えなのだろう。
アオは驚きに目を見開き、すぐに自分の頬をはたいた。
「おっし、その通りだ! フィニスが頑張ろうっていうのに、俺が怖気づいてちゃ話になんねぇ!」
掌に飛び乗ると、操縦席に入る。すぐに同調式接続を通じて情報が送られてきた。
「ちょっと動いた感覚も違ってきてるな」
外装が変化したことにより、グラディオ=フィニスの動き自体に変化がみられる。
細かいところではあるが戦う上では重要な変化だ。
「また動きに慣れないとな。それはそうとハイドララッシュってのは……」
接続を通じて感覚を潜らせる。すぐに今までになかった力の流れを感じた。行き先は膨らんだ肩部だ。
「これだな、よしじゃあ行くぜ! ハイドララッシュ、
――第二種封印補則、兵装起動。
グラディオ=フィニスの体内に蓄積された魔素がぐっと消費される感覚がある。
両肩が熱くなり、力の解放を求めて口を開いた。
変換により異界の
「……あれ? 何も起こらないぞ」
だが口を開いたまま、マッチ棒ほどの炎も生まれてこない。
呆然と立ち尽くしたままアオはフィニスの戸惑いを感じていた。
彼らは理解していたはずだ、ハイドララッシュの発動方法を。
実際に魔素が集まり放たれるのを待つばかりだというのに、現象まで至っていない。
――どうして? 私の理解では機能として完全に構築されているはずなのに。
「コツがいるのかもしれない。何事も練習だってことだな」
――兵器である
「そうだって。よし、順を追って確かめていこうぜ」
――ええ。ハイドララッシュ、起動。シーケンスを順次確認……。
そうして何度繰り返しても結果は同じ。炎はおろか微風すら起こらなかった。
結局、その日一日を練習に費やすも成果を得るには至らなかったのである。
◆
ぱちぱちと薪の
異界来訪体を出た二人は、少し離れた物陰で食事の準備をしていた。
と言ってもアオの分を温めるだけ。フィニスはやはり、流動燃糧の入った瓶を抱えている。
簡単な携帯食料に温めたスープ。
流し込んだ熱が身体をほぐしてゆくのを感じながら、アオはことさらに明るい調子で言った。
「なかなか難しいもんだなぁ、新技ってのはさ! でも慌てずに練習していけば……」
「そんなはずはない。機能は完全に接続され、私の中に起動子までもがあった。使えないのは何か、別の問題がある」
フィニスはじっと揺れる焚火を見つめたまま答える。
彼女は魔女であり兵器。手順を踏んだ機能が動作しないことなどあってはいけないとよく理解していた。
「機能は構築されている。だから、使えない理由は別に存在するはず」
「別にって、原因がわかってるのか。だったら後は調整してさ!」
あくまで脳天気で前向きなアオに、彼女は視線だけを向けて。
「原因は……私の中のハイドランジア。彼女が私を認めていない」
「ッ……そんなことは」
ない、とは言い切れない。
アオに理解できることは同調式接続で伝わることだけ。魔女の機能に詳しいわけではないのだから。
「当然ね。私は裏切り者。組織から逃げ出し、あまつさえ仲間を……友達を喰らい力を得た。そんな相手を許すはずがない」
「ま、待てよ! まだそうだと決まったわけじゃ」
「だったらどうして! 他に原因なんて……!」
フィニスはアオを睨み。急に黙ると、膝を抱いて座りなおした。
「……ごめんなさい、契約者。あなたに怒ることじゃなかった」
「いいさ。今はちょっと混乱してっけど、すぐに落ち着くって」
そうしてしばらく、二人は焚火の音に耳を傾けた。
「とにかくだ! フィニス、これからは仕事の合間にハイドララッシュを練習していこうぜ!」
「……契約者」
「大丈夫だって、何せ俺たちは急ぐことなんてないんだ。いくらでも特訓に付き合うからさ!」
流動燃糧の瓶を傾け、ずるりと中身をすする。
アオが若干引いているのを
「あなたの言う通り。ここで嘆いて立ち止まってはそれこそ彼女の死を無駄にしてしまう。私は必ずこの力をものにしてみせる」
そう決意し、このときから彼らの毎日は少しだけ変化していった。
追っ手は遠く時間は十分にあるはずであり。だが彼らは大きな選択が近づいていることを、未だ知らない。
街に戻った二人を待ち受けていた凶報。
それは最前線都市リングアが壊滅したという報せだった。
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