第十七話 『魔女喰らいの生誕』
女王レーギーナ=プリムスの腕が振り下ろされ、生み出された黒い光がフオーを消滅させんと迫る。
「ひぃぃっ!?」
「させ、ま、せん……!」
だが。切っ先がめり込んだのは
腕なんて肩ごと失っている。胴を
損傷が深刻過ぎて再生がまったく追い付かない。体液が際限なく漏れ続け、動ける時間すらあと少しだろう。
それでも彼女は刃をその身で受け止めた。
その背後ではフオーが這う這うの体で逃げ出している。
振り返る余裕なんてあるはずもなく、ただ死から逃れたい一心で。
「ハイド……ランジア! あなた……!」
その時、わずかな一瞬。二体の魔導骸殻の間に視線が通じた気がした。
「実に健気ねハイドランジア。そこまで尽くしてもあの浅はかな
「それが、私たち魔女の、在り方」
レーギーナ=プリムスが、ひどく人間臭い呆れを吐息に乗せた。
「知っているのよ。『第二の魔女』たちは契約者を抜きにして魔法を使えないこと。今のあなたは本当にガラクタでしかない」
かつて『最初の魔女』が人に反旗を翻した後、人類は次なる魔女に対して『安全装置』を付与した。
そうして生み出された『第二の魔女』と呼ばれるシリーズ機は、最初の魔女ほどの力を発揮することはなかったが安定した運用を可能とした魔女の成功例とされてきた。
ゆえに『第二の魔女』たちは生身の人間である契約者から封印の解除を受けなければ、いかなる力も発揮することが出来ない。
ハイドランジアは既に魔導骸殻としての巨体を盾とすることしか、できないのである。
「あなた、のように。ただ破壊、するだけの。壊れた機械よりは、よほど上等……」
「そう。とてもとても残念だわ。もう眠りなさいな、出来損ないの妹」
グラディオ=フィニスはまだ動けない。雄たけびを上げてアイリス=クィーンクェが走る。
その巨体は、
レイの奮闘を横目に、いっそ優雅な間をもってレーギーナ=プリムスは手を掲げる。黒剣の嵐が一つに集まり、その手に巨大な剣を形作った。
撫でるように払うように。ハイドランジア=セプテムを黒大剣が通り過ぎて。
一拍の間をおいてずるりと彼女の上半身が滑り落ちてゆく。
それが魔女ハイドランジアの最期であったのだ。
「女王ぉぉぉッ!! 貴様ぁぁぁッ!!」
戦場に
レイの激高と共鳴した雷光はなおさらに輝き、女王の横顔を照らす。
「ハイドランジアを……。女王、ついに殺りやがったな。てめぇと同じ魔女だろうにッ!!」
「レイ、つまらないことを言わないで。私は最初の魔女。世界でただ一人完全な自由を得た魔女。道具もどきの紛い物とは違うのよ」
「もう言葉なんざ無用ってことか。アイリス、第三種封印兵装を解く……」
「あらあら、そんなことをしている場合かしら? ここからが本題だというのに」
女王の言葉を無視し、アイリス=クィーンクェが雷光に輝く槍を掲げる――。
しかし
「なんだ!? 新手の魔物がまだ来るかぁッ!」
――違うよレイ! あれはまさか……でも確かに……!
警戒はすぐに驚愕へととってかわる。視線の先にソレはいた。
白を基調とした色合い。滑らかな姿形は人のそれに近く、彼女たちが魔女であることを確かめさせた。
魔導骸殻グラディオ=フィニス。
だが今の
ミシミシと音をたてて背に伸びた装甲が開いてゆく。内部よりせり出す刀身。
あり得ないほど濃密な魔力が噴き出し、レイは知らず冷や汗を流した。
「ありゃなんだ……!? 何が起こっていやがる!?」
――わ、わからないよ! あれがフィニスの力なの!?
異常極まりない変化を目の当たりにして。
唯一答えを持っているであろう女王レーギーナ=プリムスは口を開くことなく、ただ笑みを浮かべながらグラディオ=フィニスの変化を見つめるだけだった。
◆
衝動が湧き上がる。同調式接続を通じて襲い来る耐えがたい飢餓感。
指すように強烈な欲望はもはや痛みにも等しい。溢れ出る強制命令に対し身体が追い付かず無様な呼吸を繰り返す。
「ちくしょう……さっき、より……」
思考がまとまらない。いや思考などという行動が可能なのか。
濁流にのみ込まれた小動物は祈ることすらできず流される運命にある。今のアオがまさにそれだ。
「喰らう……それが、君の望みならば。だけど……ッ!!」
グラディオ=フィニスの躯体はもはやアオの制御を離れ独自に動きつつあった。そもそも魔女とは自らの意思を持つ兵器、本質的には契約者など必要としない。
「あれは……。あれは……ッ!」
そんな魔女をきわどいところで
アオの意思がほんのわずかでも折れ、濁流に身を任せてしまえば、すぐにでもフィニスは暴走するだろう。
火に
「君が、喰おうとしているのは……同じ魔女なんだろ!!」
視界の中央に捉えて離れない、真っ二つに断ち分かたれた魔女ハイドランジア。
いまだ血の流れる
“――強くなりたい。”かつてフィニスはそう言っていた。敵を喰らい取り込む魔剣デバウアーの力は最適であると。
「俺は……! 君の力に、なると言った! でもこれ、が……本当に、君の、意志なのか!?」
問いかけは空しく響く。どれほど強靭な意思があろうと永遠ではない。
――……オ……。
怒涛のように押し寄せる飢餓感の中にアオは微かな欠片を見つける。
千切れ砕けた意思は確かにこう囁いていた。
――ア……オ……。ハイドランジアは、私の……。
精一杯に伸ばされた手が何かを掴みそうになり――。
――警告。契約者による封印解呪措置が未履行のまま待機時間が経過しました。
「なっ……にを……言ってるんだよ。どうし……フィニス……!」
――封印解呪措置を再要請。
――再要請。
ぞわりとした感覚が走る。同調式接続の向こうから送られてきたメッセージ。
それはフィニスの声を使ってはいれどまったく別の存在による言葉だった。
「誰だ……お前!? その声で、勝手を言うんじゃねぇ……!」
フィニスは
――再要請。
――再要請。
「……頷くものかよ! 俺は諦めが悪いぜ、もう諦めることなんてできねーからな……。フィニス! そろそろ目ェ覚まして……」
――契約者による要請拒絶を確認。
――魔女個体の死亡を確認。最優先命令による行動上書きを実行。
――第三種封印兵装、強制実行。
どくん、どくん。
魔導骸殻の躯体に鼓動が反響する。ミチミチと全身から音がした。
筋肉に力が満ち、引き絞った弓矢のごとく今にも放たれんとしている。
「どういうことだよ!? まさか……!」
背中側に伸びた装甲が勝手に展開を始める。内部に覗くのは刃。蒼く透き通った刀身を持つ剣。
――あれを、喰らえ。
魔剣を振りかざしグラディオ=フィニスが走り出す。
契約者であるはずのアオの意思を離れ、彼女の
◆
グラディオ=フィニスが振り上げた剣がハイドランジア=セプテムの骸を貫いた時、レイとアイリスが叫びをあげた。
「何を……やってやがる、てめぇ! フィニス! アオ! お前らは……本当に敵になるつもりかよ!?」
――どうして、止めてよ! ハイドランジアはもう……。
それはあまりにも冒涜的な光景だった。
ハイドランジア=セプテムは既に死んでいる。明らかな事実であるにもかかわらずさらに死体に剣を打つ理由などあるだろうか。
「そういきり立たないの、レイ、アイリス。これから興味深いものが見られるわ。ごらんなさい、あれがあなたたち人間が作ったもの。魔女という兵器のひとつの究極よ」
思わず槍をフィニスへと向けたアイリス=クィーンクェだったが女王の黒剣により阻まれる。
その間にも変化が起こっていた。
魔剣デバウアーは遺された魔女ハイドランジアの躯体、その中枢に眠る魔女の形を貫いていた。
中枢部につながった魔剣は躯体に残るあらゆるものを吸い上げてゆく。
グラディオ=フィニスの躯体に変化が起こる。
表皮が波打ち、肉が蠢く。純白だった姿に朱のラインが走っていった。
「馬鹿な。まさかよ……まさかハイドランジアを取り込んでいるってのか……!?」
――嘘だ。あたしたち魔女に、あんな機能はない……あるはずがない!
合一は進む。ハイドランジアであったものが混ざり、姿形すら別のものへと変じてゆく。
装甲は強化され肩部が大きく膨れ上がった。もはやそこにどこか貧弱だったグラディオ=フィニスの印象は残っていない。
レーギーナ=プリムスはうっとりとした様子でフィニスに起こった変化を見つめる。
「あぁ、素晴らしいわ。フィニス、私たちの最も末の妹。あなたはついにこの世界全ての敵、異界来訪体の真に迫ったのよ……!」
女王がさっと手を振れば、魔物たちがぎゃあぎゃあと咆哮を上げる。
「それは私が求め続けていたモノ……必ず手に入れてみせるわ。だから今はたっぷりとお食べなさいな。そうして私にさらなる可能性を見せてちょうだい」
異界来訪体の奥底にて。
最初の魔女と魔物たちによって祝福されながら、グラディオ=フィニスは新たな生誕を迎えていた――。
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