第八話 『アオと魔女の逃避行』


 騎士のような魔導骸殻デッドリークラスト『アイリス=クィーンクェ』がくるくるとランスをもてあそんでいる。


 グラディオ=フィニスが身構えていても関係ないと言わんばかり。

 抵抗されるとは思っていないのか、または抵抗されても構わないと思っているのか。おそらくは後者であろう。

 そこには強者としての自信と余裕があった。


「ともかくさ。あんまり長くは黙っていられなさそうだけど。フィニスは……どうしたいんだ?」


 アオはフィニスの心を知りたい。同調式接続の向こうからは、迷いだけが伝わってきた。

 沈黙を続ける二人を軽く睨み、アイリス=クィーンクェがランスを掴みなおす。

 威圧感がのしかかり、グラディオ=フィニスが反応しそうになり――。


 次の瞬間、横合いから飛び出した巨大な影がアイリス=クィーンクェへと躍りかかった。

 魔物モンスターだ。致命傷とも思える傷を受けながら、まだ動くその生命力には感嘆するほかない。


「ってめっ! 死んだふりでもしてやぁがったのか!? しぶてぇな!」


 即座に反応したアイリス=クィーンクェがランスで切り払う。魔物は跳ねるように轟音と共に建物へと突き刺さった。


 ――今がチャンスよ、ここから離れて。


「いいんだな? そりゃアイツは強そうだけど、それってつまり味方放っていけってことだろ?」


 ――でも、私はまだ何も掴んでいない。このまま戻るわけにはいかない!


「わかった。君が満足するまで付き合うさ、フィニス。君の味方になるって言ったからには!」


 フィニスの望みを確かめ、彼の心は定まった。

 騎士の魔導骸殻へと背を向けると、躊躇ためらいなく市街を駆け抜ける。


「あっおいコラァ!? 待ちやがれ……ええい鬱陶うっとうしい魔物だな! ッオラァッ!!」


 魔法マギアと思しき爆音を背中越しに聞きながら、彼らは振り返りもせず走り去ってゆく――。



 魔物の死骸と、巻き込まれた建物の残骸がごちゃ混ぜにばらまかれている。

 巨人たちの争いが過ぎ去った後、最前線都市ブームタウンリングアに残された傷跡は深い。

 住人たちの怒号が飛び交い、下敷きになったものを運び出してゆく。


 そんな惨状を悪びれもせずに眺め、レイとアイリスは突っ立っていた。

 ほこりまみれになった博士プロフェッサーがやってくるのを見つけてニィっと笑いかける。


「おう、博士よぉ。面倒なことになったな?」

「すっかりと逃がしておいてよく言うじゃないか。お前の失態だろう、レイ・ディエン?」

「さすがに魔物と同時に相手するのはきついじゃねーか! あぁん!? そもそも誰と契約して、どうして逃げてくんだよ。んな嫌われてたかぁ?」


 博士はそれには答えず、代わりに命令する。


「……また駒どもの襲撃があるとも限らない。いったん退くよ」

「はん、肝心なところはだんまりかよ。へぇい了解、了解っと」


 破壊された車両を起こし、撤収の準備をするレイたちを横目に眺め。

 彼女は逃げ去った魔導骸殻へと思いをせていた。


「フィニス……本当に馬鹿な子だね。あたしたちのところから離れてどうしようというんだい。この世界のどこにも居場所なんてないだろうに」


 その問いかけを聞くべき相手は、今この場所にはいない。



 リングアが大型魔物の群れに襲われてより、数日の時が過ぎた。

 未だ破壊の跡も生々しく、住民たちが瓦礫がれきをどかそうと声を張り上げて作業を続けている。


 そんな状況でも彼らはしたたかであった。

 撤去作業に向かうものたちに向けて食料を売る屋台がある。店が倒壊し頽れていた店主も、次の日には露店を開いて品を売りさばいていた。

 人が生きている限り、街に死は訪れない。それが回収者スカベンジャーたちの街ともなれば尚更であった――。


「おぅい、焼串をふた包みくれ」

「へい毎度! どうぞぉ!」


 埃にまみれた街にあって、その男は異質であった。

 尖った形のサングラス。まだらに染めまくった髪の毛を逆立て、重力ほか色々なものへの反抗を主張する。

 隣にいる小柄な少女は目まぐるしく屋台に目移りしており、時折小突かれていた。


 そんなやたら目立つ二人は、そろって道端で焼串をほおばりながら愚痴っていた。


「あ~だっりー。どうして俺様がこんなしょっぺぇ役目につかなきゃなんねーんだよ」

「そりゃやっぱり~あたしがさいっきょーの魔女だからじゃない!?」

「それだと俺ぁ関係なくね」


 もりもりもぐもぐピン。

 串を適当に投げ捨て、男――レイ・ディエンはたっぷりとため息を吐き出す。隣でアイリスがケラケラと笑っているのも、彼らにとってはいつものこと。

 ただ一つ違うのは――。


「ふふふ。ディエンの旦那、あなたがしくじったせいじゃあないですかね」


 上下を仕立ての良いスーツで揃え、軽く羽織ったコートをたなびかせる男。

 かつてならばフォーマルといえた服装も、この時代においてはただただ異様の一言に尽きる。

 貼り付けたような笑顔で放たれた言葉は直球でレイの機嫌を損ねた。


五月蠅うるせぇよフオー。まさかあんの箱入り娘が勝手に契約者選んで逃げ出すなんざ、誰が考えるかい」


 男の名は『フオー・ヤンディウ』。彼もまた『魔女狩りの夜』の一員であり、レイのいわば同僚である。


「それは確かに。というよりも『魔女狩りの夜』を離れてなんの意味があるんでしょうねぇ。同じとして、わかりますか? ハイドランジア」

「いいえ、マスター。理解不能です」


 フオーの背後に幽霊のように佇む影。まるで人形のように無表情な女性は、彼の契約相手である魔女『ハイドランジア』だ。


 魔女はそれぞれに個性を持つ。アイリスのようにただ騒がしいものもいれば、ハイドランジアのように気配の薄いものもいる。

 レイはかすかに表情をしかめ、それをサングラスで覆い隠した。


「それとして『最初の魔女』も懲りない、というか元気なものですねぇ。ついに魔物モンスターを表に出すようになるなんて」

「今までが寝ぼけてたんだろうよ。街を護らなきゃあならねーのは、ちいと面倒だがな」

「はは! しかし私も戦いたかったですなぁ。私のセプテムがあれば駒のごとき、何匹いようと後れを取ることはなかったでしょうに!」

「……ハン。そうかもな」


 コキコキと肩を鳴らし、レイは街中をあごでしゃくった。


「ここでぐだぐだ言っても仕方ねぇ。とっとと探し出すぜ、我らがお嬢様をよォ」

「ええ。そして次こそは戦闘任務に回していただきたいものです。ふふ……」


 思惑はどうあれフオーにもやる気はあるらしい。

 レイの隣にアイリスがちょこちょことやって来る。


「ねーレイ~。この街、けっこう壊れたのにみんなピンピンしてるね」

「そりゃ回収者の街だーらな。普段からあのくっせぇ異界来訪体ヴィジターに通い詰めて、拾えるもんは魔物のクソまでさらって帰る連中だ。この程度で堪えるものかよ」

「お、回収者って嫌いな感じー?」


 アイリスについと覗き込まれて、レイはサングラスの位置を直した。


「いんや。別に好きでもねーけどな」



 リングアの一画にある食料品店。この店は先日の巨大魔物騒ぎを免れ、今日も無事に営業していた。

 一時は減っていた人の出入りも元に戻り、そのうちに再び平穏な日常が戻るだろう。そんな矢先のこと。


「おやおやアオ坊じゃないかい! そんな姿でうろついても大丈夫なのかい?」

「はは、おばさん。心配してもらってありがとっす。でも食いもんないと腹へるっすから」


 顔見知りの青年がたっぷりと食料を買い込んでゆく。

 それだけならばなんてことはないが、問題なのは彼が片腕と片足を失い杖をついているということ。

 とても身軽に動き回れるような状態とは思えない。


「だからって、こんなに買い込まなくても。持つのだって大変でしょうに!」

「何度も往復する方がキツいんで。なんだかんだ動くんすよ、この身体」


 そう本人に言われてしまえばどうしようもない。

 山盛りの荷物を抱えてよたよたと歩く姿を、はらはらとしながら見守るしかなかった。


「はぁ、ほんと危なっかしいのは変わらないねぇ。でも何かいいことあったのかしら、怪我した直後はあんなに塞ぎこんでたのに」


 先ほどのアオは、まるで以前に戻ったかのように溌溂はつらつとした笑顔を見せていた。

 もしかしたら失ったものの代わりとなる何かが見つかったのかもしれない。

 そうだとすれば良いことだと、店主は彼を見送ったのだった。


 ――部屋には臭いが残っている。

 フィニスは首を巡らせる。広くはないがきちっと物の片付いた部屋。住人の几帳面さが見えるかのようだ。

 仕事に使っていたであろう武骨な道具類は持ち出しやすいように並んでいる。かと思えば、戸棚は可愛らしい小物でいっぱいだった。

 家具には埃も積もっていない。この部屋の住人がいなくなって、まださほどの時は過ぎていない。


「ただいまー。飯買ってきたぜ!」

「……お帰りなさい」


 階下から聞こえてきたアオの声に振り向きフィニスは部屋を出た。

 階段を下りると、アオが得意げに紙包みを掲げている。


「ほらほら。ちょっと待ってな、いま飯にするからさ!」


 台所に立ち向かう彼の後姿をぼうっと眺めながら、つと視線を周囲に向ける。

 無造作に置かれた、たっぷりと埃をかぶった機材たち。魔法生体技術に関わる物であろうことは一目でわかる。


契約者コンストラクトゥス。あなたは回収者スカベンジャーをしていたのよね」

「ああ、そうだ! でも正しくは回収者だった、かな。見ての通りしくじって廃業したみたいなもんだし」

「あなたは、ここに一人?」

「それは……」


 調理の片手間に、アオは語る。

 かつて彼の家は、街でも評判の魔臓器マグスオーガン工房であった。両親は腕の良い生体技師メディクスであり、いつも荒くれの回収者たちを相手にしていたことをうっすらと覚えている。

 そんな両親も魔物モンスターの手にかかりこの世を去ってより数年が過ぎ。

 生体技師としての技術を受け継いでいない彼にとっては機材も工房も、もはや思い出以上の価値は残っていない。しかし唯一、遺された魔装殻マギアクラストが彼の生活を支えてきた。


「そんなわけで親が死んでからはこいつと一緒に頑張ってたのさ。君と出会うまではね」


 階段に腰かけ、フィニスは彼の話に耳を傾ける。

 しかしふと疑問が浮かぶ。彼が語る内容には明らかな欠落があった。


「……あの部屋の持ち主が、いない」


 何かがあったはずの空白。その中身を想像しながら、彼女は何をするでもなくアオを見つめるのだった。

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