第七話 『魔導骸殻の戦い方』
街のそこかしこに隠れた住民たちが
突然現れた敵を警戒し、
「そういえばこの姿さ。今もフィニスって呼べばいいのかい?」
魔導骸殻から逡巡がダイレクトに伝わってくる。
魔装殻と同じ、脳神経系を通じた同調式操縦インターフェースを用いているためだ。
それもただの機械なら情報を伝えるだけだが、彼女が相手ならば心まで伝わってしまう。
ただしそれはアオからだって同じことで、搭乗している間は隠し事もへったくれもない。
問題はないだろう。アオなどいつもわかりやすいとラナに
――この姿、正しくは『グラディオ=フィニス』という名がある。でも
戸惑いの後に返ってきた答えに、アオはにっと笑った。
「そっか! じゃあフィニスだな!」
――お好きなように。
ちょっと
なんてやっている間に、彼の視界は魔物の尻尾でいっぱいになっていた。
「ほぉうあっ!?」
絶叫と共にのけぞる。危ういタイミングで、尻尾が勢いよく通り過ぎていった。
素早く体勢を整えた魔物が躍りかかってくる。
「
何しろぶっ殺し合いの最中であるからして。
鋭く伸びた魔物の爪が襲い掛かる。
「間合いの感覚は、オーガとあんまりかわらないなっ!」
――今のあなたは、
「そりゃそうだ……っと!」
建物ごと切り裂くような魔物の爪を連続してかわし、アオは拳を握り締める。
「
――ないわ。あえて言うならば拳にはガントレットがついている。
「っちょ。ええいままよ!!」
半ば
「むかつくツラだ。一発お見舞いしてやらぁ!!」
固めた拳を手甲で覆い、ストレートに魔物の顔面へと叩き込んだ。
広がった衝撃が砂埃を舞いあげ瓦礫を弾き飛ばす。原始的な殴打とて、魔導骸殻の大きさともなればすさまじい威力となる。
「……あんま効いてないな」
だがしかし、多少はのけぞったものの魔物はすぐに体勢を戻していた。
魔物に痛覚がないわけではない。
単に殴っただけでは十分なダメージとならないのか。
隙を見て周囲の様子を
やはり素手のままでは不利だろう。
「フィニス、武器がなくても何か……使える
――ないわ。
戦いの最中だというのにアオは思わず絶句した。
もちろんすぐにフィニスへと伝わり、バツの悪そうな感じが返ってきたのだが。
当然、そんな隙を
突き出された爪が頬をかすめ、わずかな傷を負った感触があった。
――っ。
アオは痛みを感じない。当然だ、いくら同調式といって機体が受けるダメージを生身の人間が感じてしまえば、ショック死してしまいかねない。
だが。生きた機械、魔女フィニスが変じたこの魔導骸殻は痛みを感じているのだ。
「……すまない。もう二度と、かすらせもしないからさ!」
魔導骸殻の戦闘能力は魔装殻などとは比較にならない。そんな力を突然手に入れて、アオの心に油断が生まれていた。
魔導骸殻は機械であり兵器であるが、同時にフィニスそのものなのである。
――気にしないで。
「わかった! つまり速攻コイツを片付ければいいんだな!」
傷つく前に倒せばいい。唯一の武器である拳を固めて打って出る。
魔物の爪が
だが魔物には一向に通じず。逆にこちらがじりじりと押し込まれていた。
アオの心中に徐々に焦りが湧き上がってくる。
一か八か、傷を受けるのも覚悟して深く踏み込んでみるか。他に手はないのか。
次の一手を決めあぐねてぐるぐると渦を描く思考の中、突き刺すような感情が伝わってきた。
――どうして。どうして、通じないの。私じゃ……。
つながった糸の先で繰り返される終わりのない疑問。どうして。どうして。どうして?
瞬間、アオは気付いた。
魔導骸殻グラディオ=フィニス。彼女はフィニスという少女であると同時に巨大な戦闘兵器なのである。
だというのに求められるだけの性能を発揮できていない。魔物の一体にすら苦戦する。そんな自分が歯がゆいのだ、もどかしいのだ、不満なのだ。
魔女とか魔導骸殻とか、そういったものを外してみればとてもシンプルな話。
「大丈夫。約束したからな、俺は君を助けるって」
――いったいどうやって。
だからアオがやる。当然のことだ。
今なら彼のズタボロの手足に代わって彼女の手足が動いてくれる。
後は
「そうだな、魔物だって十分わかってるはずさ。こっちが拳だけで戦ってることにね」
――それじゃあ通じない!
グラディオ=フィニスはとにかくシンプルな魔導骸殻である。特別な装備も能力ももたない。だからこそ。
「そうでもない。まぁ任せてって、ここからが前衛のお仕事さ!」
魔物が無造作に近寄ってくる。ここまでの戦いで自身の有利を確信しているから。
確かに敵は強い、明らかに格上の相手だ。だが生身で戦うほど絶望的な差ではない!!
繰り出される爪。今まではずっと回避を選んできた、しかし。
「今なら恐れることはねぇ!」
爪をめがけて手甲をぶつける。火花を散らして爪が装甲を削り、だが攻撃をそらすことには成功する。
「そらぁ! 胴が、がらあきだぁ!」
勢いを殺さず飛び込みざま、膝蹴りを魔物の腹へと打ち込む。
体重が乗った蹴りの威力は拳の比ではない。堅い甲殻を通して、柔らかな肉に衝撃が伝わった手ごたえがあった。
ぎぃぇぇぇぇぇ。
汚らしい
――一撃を入れた!?
「まだまだ! 思ってもみない反撃だ。ちょっとは警戒心が湧くだろう? そら!」
フィニスの感嘆を待たず、すかさず魔物の反撃が来る――尻尾による薙ぎ払い!
読み通り。奴は距離をあけたがっている。
ここが正念場だ。建物を割り砕いて迫る威力を恐れず、あえて距離を詰める。
最も威力が出るのは尻尾の先端部、直撃を避けて内側で受け止めれば止められる。
がっちりと掴んだ尻尾越しに、魔物の驚いた気配が伝わってきた。
さぞかし焦っていることだろう。背後に伸びる尻尾を押さえられ、ひどく動きにくいだろうから。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
腰を落として両足を踏ん張り。全身全霊をこめて尻尾を振り回し、魔物を地面へと叩きつける。
打ちつけられた衝撃に、魔物の身体が跳ねた。
動き出す余裕など与えない、すかさず相手の背に飛び乗る。
全体重を乗せた踏みつけだ。魔導骸殻としての巨体そのものが武器となる。
魔物の身体が地面にめり込み、呻きが漏れる。
大きさが同じならば後は喧嘩と同じ。拳が通じなくとも倒してしまえばこっちのものだ。
「うぉぉぉぉらおらおらおらおら!!」
馬乗りになって殴り続ける。一発一発は軽くとも何発も叩きつければ。
身を起こすことなど許さない。元より歪だった魔物の頭部が見る間にひしゃげてゆき。
ついに、ひときわ大きな手ごたえと共に、魔物の首がぐしゃりと潰れた。
構えたまま、よろよろと立ち上がる。
「……はぁ……はぁ……ここまでやれば勝った、よな?」
――ええ。少し不格好なやり方だけど。
「ははっ。勝ちに良いも悪いもないって」
――そのとおりね。
視界越しに、グラディオ=フィニスがぐっとこぶしを握り締めている。
やり遂げたのだ。アオは今度こそ、失わずに助けることができた。感慨深く倒した魔物を見つめ――。
瞬間、濁流のような衝動に飲み込まれた。
「んがっ……なん……これは……あ、あああっ……!?」
止めどなく湧き上がる気持ち――いや、同調接続を通じて彼女から伝わってくる欲望。
――食べたい。
それはひどく始原的な欲求。倒した魔物を食ってしまいたいという、生物そのものの振る舞い。
――コレを、タベテしまえば、きっとワタシは、もっと強く……。
ひゅひゅ、とグラディオ=フィニスの後頭部から伸びた部位が尻尾のごとく
装甲の先端が開き、内部から――。
「おうおう、グラディオ=フィニス!! そこまでだ、骸装を解除しな!」
「……ッ!?」
空白だった思考に言葉が流れ込み、アオは一気に己を取り戻した。
「なんだ……今の」
まったく自らのものではない衝動によって動こうとしていた。
その
――
フィニスすら戸惑うような状況に、アオは答える言葉を持たない。
そうして動きを止めた彼らを前にレイのお喋りは続いていた。
「ッハ! お前がまさか通りすがりと駆け落ちするなんてな。いや個人的には好きなんだぜ? そういうの。思ってたより根性あんじゃんかよってな」
アイリス=クィーンクェがくるりとランスを回す。
「だぁが。『魔女狩りの夜』としちゃあ、どこの誰とも知れねー野郎にお前をくれてやるわけにはいかないのさ。なぁ
アオとフィニスは沈黙を続けていた。
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