第九話 『回収者たちの日常』


 机の上に料理が並ぶ。暖かな湯気をあげる料理は、しかし少しばかり見てくれがよろしくない。

 そもそも慣れない作業である上に、今のアオは片腕なのである。食事の用意が整うまで、思いのほか時間がかかったとしても仕方あるまい。


「あー、その、なんだ。見てくれはあれだけど、ひとまず食べられるとは思う」


 とりあえず切って混ぜて熱は通してある、食べ物と思しき何かが乗った皿。

 見栄を張って料理などしなければよかったかもしれない。アオはこわごわとフィニスの様子をうかがった。


「ありがとう」


 その彼女はと言えば、何か頓着した様子もなく文句の一つも言わず食べ物を口に運び続けている。

 いっそ機械かと思うほど一定のリズム。リアクションが一切ないのがいっそ不気味だ。


 アオは自分でも一口食べてみた。うん、わかりやすく焼けすぎだ。

 取り分けるのに手間取ったのだから仕方ないとはいえ、焦げ臭い味わいが実に全体を損なっている。

 やはりラナのようにはいかない――。


「……契約者コンストラクトゥス


 聞こえるのは耳に馴染み深い声。

 顔を上げれば期待した眩しい笑顔はなく、どことなく無機質な表情があった。


 視界がぶれる。そこに居るのはラナ? そんなはずはない、は死んだ。だからと出会って――。

 ねじれ始めた現実を首を振って追い出す。

 今一緒に居るのはフィニス。それを間違えるわけにはいかない。


「どうかしたの。聞いている?」

「ああいや、なんでもない。それで料理のほうはどうだったよ?」


 さしものフィニスもいくらか怪訝けげんな様子を浮かべたが、そうじゃなくてと前置いた。


「聞いて。ここから近くに、戦いに行けるような場所はない?」

「ははは。ああそっち、うん。戦いかぁ、あると言えば事欠かないけど……。ちょっと待った。そりゃもしかして魔導骸殻デッドリークラストとしてってこと?」


 フィニスは頷く。

 出会いの時を思い出す。彼女は巨大な魔導骸殻へと変じ、アオが契約者として乗り込み戦った。

 同じようなことを求めているのだとすれば。


「そうだな、多分あると思うけどさ。……すまねぇ、やっぱ気になるわ。そもそもどうして君は魔導骸殻になったりできるんだい」


 浮かんだ疑問を無視しておけそうにない。

 魔装殻マギアクラストも魔導骸殻も、そもそもは魔法生体技術によって生み出された半生体機械であり、人間が乗り込み動かす道具である。

 それがアオたちの知る当然。これまでの常識。決して人間が変化してなるようなものではなかった。


 フィニスはしばし手の中の食器を見つめ。ふっと吐息を漏らすと視線をあげる。


「そうね。契約者であるあなたには話しておくべきこと。私たち『魔女』とは……何者なのかを」


 我知らずアオは姿勢を正していた。これから聞かされることは彼女にとっての核心ともいえること。


「契約者。あなたは魔法マギアを使える?」

「えっ? ああ、使えるとも……。いや、正確に言えば魔装殻オーガレイダーに乗ればいけるぜ」


 魔装殻とは人間に瘴気しょうきに対する耐性を与え、かつ魔法を使って戦うために作られた半生体兵器である。

 それがあればこそある程度安全に魔法を行使できる。


「そう。普通の人間は生身で魔法を使うことはできない。それは魔法のために必要な瘴気が生命をむしばむから」


 アオは失われた腕の根元を押さえる。

 魔法汚染と呼ばれる、瘴気に蝕まれた身体は醜く歪んでいる。あの時もう少し放置していれば侵食は完了し、彼は一匹の魔物モンスターとなり果てていただろう。


「だから魔装殻を作って、魔導骸殻を作って。でも満足できない人がいたの。彼らはあくまで自らの手で魔法を使いたがった。それでこそ人間は異界の力を征服する……なんて言っていた」


 フィニスの視線は遠い。かつて実際に聞いた言葉を思い出しているのだろう。


「そうして一つの計画が動き出したの。……それが『魔女計画ウィッチクラフトプロジェクト』。魔法を使える人間を、人の手によって生み出すための計画」

「…………」


 思わずアオは息を呑む。しかし言葉の内容にではない。

 ぐにゃりと笑みの形に歪んだ、フィニスの表情を見たからだ。


「でも出来上がったのは魔法が使える人間なんかじゃなかった。私たち魔女は結局のところ姿でしかない。博士プロフェッサーたちは魔導骸殻に、人間の皮をかぶせて喜んでいるというわけ。……ごめんなさい、騙すような形になって。これがあなたが助けようとした存在モノよ」


 自嘲気味に吐き捨てられた言葉。

 ふっと息を漏らし、アオが知らず力の入っていた身体をほぐした。


「……もうひとつだけ。契約者というのは、君にとって何なんだ?」

「契約者とは、つまるところ『安全装置』のこと。博士たちは自分の意志を持つ魔導骸殻を野放しにするつもりはなかった。私たち魔女は、契約者となった人間による『解呪』がなければ本来の姿に戻れない」


 魔女にとって人間の姿とは、魔導骸殻としての力を封じた状態に過ぎない。

 そして封印を解くのは魔女ではない人間でなければならない。


 話し終えたフィニスはじっとアオの様子を窺った。

 言うべきことは言った。事実を知った契約者が彼女を拒絶するのなら、それはそれで仕方がない。

 だがまがい物でも自らの意思があり目的がある以上、彼女は次の手を考えなければならない――。


「そうか。……ふっ、ははは! だったらぜ!」


 そんな計算は、大笑いによって吹き飛ばされた。

 けらけらと笑うアオを前に、フィニスはぽかんとした表情を浮かべる。そんな様子を見てアオの笑みがさらに深まるのである。


「どうして、よかったなんて思うの?」

「あの時、あの場所に俺が居たからさ! 君が自由を得るためには契約者が絶対に必要だったんだろ。それも組織の外にだ。だから俺が居合わせてよかったなって」


 その頃になるとフィニスの表情は驚きを通り越して呆れに差し掛かっていた。

 アオは密かに、意外に表情豊かなんだなと感想を抱く。


「……怒らないの?」

「どうしてさ。そりゃ驚いたのは確かだけど、怒る理由なんてないだろ。人間じゃないとかいまさらだって。あの時魔導骸殻になった君と共に戦い、助けるって約束したんだ。ただ……」


 少しばかり言いよどむ。

 やはり不満に思う点があるのか、フィニスが気を引き締めなおしたところで。


「悪いんだけど、俺の家にいる間は人間の姿でいてもらえると嬉しいかな。やっぱ家の中に入りきらないしさ?」


 とてつもなくどうでもよかった。


「別に私だって、いつも魔導骸殻の姿でいたいわけじゃない。気にするところがズレている。変な人ね」

「そりゃお褒めにあずかり光栄だ」


 笑い声を漏らすアオに、ようやくフィニスも自然な笑みで応じる。

 そうして二人はしばらくの間、笑いあっていた。


「よしわかった! フィニスが魔導骸殻として戦いの経験を積みたいってことなら、行くべき場所はひとつ。異界来訪体ヴィジターだ」


 動くだけならば街の外であればいい。しかし戦闘経験を積むとなると目的に沿う場所は限られる。


「じゃあさ、フィニス。しばらくは回収者スカベンジャーをやってみるっていうのはどうだ? この街の回収者なら異界来訪体に行くのも当然。たとえ組織の奴らが捜しても、いい隠れみのになるはず」


 そこでアオは今まで温めていた案を出してみた。フィニスは少しだけ考えて頷く。


「そう……ね。どのみち私たち魔女は、あまり異界来訪体から離れられない。そのほうが都合がいいでしょう」

「そりゃどういう?」

「私たち魔女の本体である魔導骸殻は特別製。強力な力がある代わり、維持のために特に多くの魔素を必要とする」


 ほうほうと聞いていたアオがふと動きを止める。聞き逃せない言葉があるではないか。


「強力な力……?」

「……博士プロフェッサーからはそう、聞いているの。本当のことよ」


 さしものフィニスもバツが悪そうに視線をそらしていた。

 アイリス=クィーンクェが蹴散らしていた魔物に、正面切って苦戦したことは記憶に新しい。


「だから、私は……このままではいけない。私は魔女、最強の魔導骸殻のうち一体。そのはずなのに」


 じっと手を見つめる。すると視界の外からそっと伸ばされたアオの手が、彼女の手にそっと重なった。


「大丈夫だって。俺たちが使う魔装殻ってのは戦うほどに成長するんだ。それは魔導骸殻でも同じ……さらに魔女ともなれば。きっとこれからバリバリ育っていくんだって」


 安請け合いな言葉である。

 とはいえ彼女も、そこに一縷いちるの望みをかけているのだから人のことは言えない。今は信じて歩くしかなかった。


「ええ。よろしくお願いするわ、契約者」



 整備台に流動燃糧カロルをつめた瓶を取り付ける。

 低い唸りと共に中身が流れ出すに合わせて、整備台に固定された魔装殻がビクりと震えた。


「……すまねぇな。死にかけたってのに、休ませてやるわけにはいかねぇらしい。お互いボロボロだけど頼むぜ、オーガレイダー」


 アオの魔装殻であるオーガレイダーは、あの日彼と共に回収されていた。

 半生体機械としての魔装殻の中枢は、背部ユニットにまとめられている。たとえ手足を失っても、ここが無事である限りまず死なない。

 そのため失われた部位に応急措置を施し、いちおうの復旧を見ることができた。


 アオは思うように動かない身体を相手に四苦八苦しながら、開いた装甲の間に身を滑り込ませる。

 すぐに機体と接続し、彼の視界が開けていった。


 顔を上げると、彼のことを待っていたフィニスの表情が視界に飛び込んでくる。


「確かに私は契約者であるあなたを必要としている。でも本当に、その身体でついてきて大丈夫?」

「俺だけならダメかもしんねぇけど、このオーガレイダーが動いてくれるって」


 アオの失われた腕は仮止めの装甲で覆い、左足も中空のまま動いている。

 いわゆる強化外骨格である魔装殻は、全身に駆動用の筋肉を有している。まともに歩けない重傷者であるアオが歩けるのも、全てはその恩恵であった。

 仮にも両足がそろうのだから、むしろ生身よりもよく動けるくらいだ。


「大丈夫ならいい。それじゃあ、行きましょうか」

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