第二十七話 『目覚め、反撃』
起き上がったグラディオ=フィニスが
その後頭部から伸びた装甲の内部には彼女を象徴する魔剣デバウアーが収められている。
ミシミシと
――警告。対象の活動レベルが基準値以上、当該装備の使用に支障あり。
「かまうもんかよ!
基底システムが発する警告を力づくで握り潰し、アオは攻撃を断行する。
これがフィニス本人であればシステムに逆らうことはできないし、思いつくことすらないだろう。
外部から割り込んだ異物たる契約者は、そんな道理など意にも介さない。
果たして起動は叶った。
装甲が触腕のように
恐るべき力の込められた魔剣は刀身に異界の法則を
「魔剣抜刃!! これで……目を、覚ませぇぇぇーーーッ!!」
ぎゅるりと装甲が渦を巻き、切っ先を巨腕へと突き出す。
「……――――!!」
反応は劇的だった。
いかなる攻撃を受けても小動すらしなかった巨体が、突如として震えだす。
まるで劇毒でも受けたかのように魔物の肉体がデバウアーという異物を拒絶していた。
異常はすぐに中枢たるレーギーナ=プリムスへと伝わる。
「リーエンショウの制御が……? フィニス、あなたまさか……!」
それまであらゆる攻撃を阻んでいた巨怪の動揺にさしものプリムスも冷静とはいかなかった。
魔物の巨腕に深々と突き刺さりながらデバウアーがだんだんと光を強くしてゆく。
それは周囲の存在を侵し喰らう魔剣。しかし未だ命ある魔物の肉体は異物に対して抵抗力を発揮する。
魔剣による侵食が一気に進むわけではないと気付き、プリムスは思わず胸をなでおろしていた。
「さすがは魔女喰らいの力……! でもどうかしら。リーエンショウを喰らいつくすには、少々力が足りないようね」
「いいや。これで十分なんだ」
「ああ。あなたまだ口がきけるのね。しぶといこと」
グラディオ=フィニスの受けたダメージの大きさを考えれば、中にいる契約者が無事に済むとは思えない。
手加減をしすぎたか、プリムスがそんなことを考えていると微かな笑い声が聞こえてきた。
「……いったい何がそんなに可笑しいのかしら。それともついに狂ってしまった?」
「いいや。こいつは純粋に嬉しいだけさ。……フィニスが目を覚ますからな!!」
――対象の魔法則を抽出。機体情報を更新します。
――再構成を開始。機体構造をアップデートします……。
魔剣デバウアーを通じて取り込んだ魔物の情報が、フィニスの内部へと取り込まれてゆく。
――変異が始まる。
取り込んだ情報をもとに己をアップデートする。それがフィニスの持つ『魔女喰らい』の本質。
メキメキと音をたててグラディオ=フィニスの躯体が生まれ変わってゆく。
バックリと開いていた傷口が閉じてゆき体液の流出が止まった。
失われていた外装が次々に再生を果たし、剥き出しだったアオの身体も装甲に覆い隠される。
アオを苛んでいた痛みは潮が引くように遠ざかっていった。
それはとりもなおさずグラディオ=フィニスの損傷が修復されたということであり。
――機体の修復が基準を越えました。人格システムを再起動します。
グラディオ=フィニスがぶるりと震える。
次の瞬間、突如として放たれた赤い光が空を走った。
「……!? 何が……!」
巨体ゆえ鈍重なリーエンショウには回避など覚束ない。
空に鋭利な軌跡を描いた光が吸い込まれるように魔物の腕へと突き刺さる。
何ものも阻んできたその強固な外皮を容易く貫くと、直後に猛烈な爆発となって噴き上がった。
これまで一歩たりとも後退したことのなかった魔物リーエンショウが、初めて一歩下がった。
入れ替わるようにグラディオ=フィニスが立ち上がる――。
◆
闇に
フィニスは目を開いた。ずいぶん長く眠っていたような気がする。
「……ああ、そうだったのね」
彼女につながった基底システムがすぐさま情報を送り込んでくる。
機体の状態は戦闘可能まで再生、継続中。魔剣デバウアーにより情報取得。
周囲の状況が流れ込んでくると同時に彼女は理解していた。
「今まで、戦ってくれたのね」
フィニスの内面に構築された仮想空間とでも言うべき世界。
そこには基底システムへとつながった彼女の契約者の姿がある。
契約者が魔女を介さず
魔女としての経験に乏しいフィニスにとっては前代未聞の方法だ。
今も懸命に戦っているのだろう、契約者の魂は険しい表情のまま微動だにしない。
フィニスはその背中にそっと寄り添った。
「ありがとう……アオ」
そうして彼女は振り返る。
傍らに浮かぶおぼろな人影。見間違うことなどない、魔女ハイドランジアの亡霊が手を伸ばす。
フィニスが差し出した手と重ね、彼女に何かを渡した。
――ハイドララッシュをコンポーネントに接続します。
――
――当該機体への最適化を開始。
受け取った力は速やかにフィニスの中へと染み込んでゆく。
もう大丈夫だ。二体の魔女は正しくひとつとなる。それを理解してフィニスは問いかけた。
「ハイドランジア、私を許してくれるの? ……裏切り者である、私を」
ハイドランジアの声はない。
どんどんと身体が透き通り、消え去りながらも微かに唇が動く。
――大丈夫。
確かに彼女はそう呟いた気がした。
ハイドランジアが姿を消すと同時、フィニスの内面世界は沸き立つように変化を始めた。
取り込んだ情報をもとにグラディオ=フィニスの躯体そのものが変化しているのだ。
「ええ、わかっている。行きましょう。戦いと契約者が私たちを待っている」
ズタボロになったアオの魂を解き放ち、彼女は基底システムへとつながる。
その時、魔導骸殻グラディオ=フィニスは本当の目覚めを迎えた。
◆
白と赤の混じる巨人が立ち上がる。
その胸の中でアオの意識は己の身体へと戻っていた。
「ぐぅっ……かっ。はぁ、はぁ……」
直前までの状態とのあまりの落差に神経が悲鳴を上げている。
ままならない呼吸を無理矢理に押さえつけ、彼は歯を食いしばった。
「はは。フィニス、ちょっとばかり寝坊だな」
――ごめんなさい。ありがとう、アオ。
同調式接続は生きている。
伝わってくるフィニスのコンディションは問題のないレベルまで回復していた。
彼は役目を果たしたのだ。口元に満足げな笑みを浮かべるが、すぐ逆向きに歪んでゆく。
「どうだ、間に合ったぜ。でも俺ちょっと、頑張りすぎたかな。さっきから、ひどく眠くてさ……」
今にも意識が飛びそうなのを気力だけで堪えている。
痛みを感じることが今は嬉しい。刺激がなければ今にも目を閉じてしまいそうだ。
そうして一度目を閉じたらもう開かないだろうという確信だけがあった。
――契約者の危機につき緊急権限移譲を実行、トリガー以外をこちらに。アオ、動きは全て私が補う。でも発動だけは無理だから……。
「わかっ、てる。俺は契約者……だからな。ただ急いでもらえると……けっこう嬉しい、かな」
アオは心身ともに限界に近い、動ける時間はそれほど長くないだろう。
それを悟りフィニスは決意と共に巨大な魔物を睨み上げた。
「プリムス……私はあなたを許せない。私の
片腕をゆっくりと再生させながら、魔物の上からレーギーナ=プリムスが見下ろし返した。
「まだそんなことを言っているのね。あなたの中にある力の大きさを思えば、そんな鎖は引きちぎるべきなのに」
「あなたが決めることじゃない」
「いいえ。最初の魔女にして唯一の完成品である、私が告げるわ」
リーエンショウが動き出す。地響きと共に一歩を踏み出し。
多少の傷を負えども圧倒的な質量の暴力は健在だ。
「魔物に堕したあなたに正しさなんてない……私たちが打ち破る! 『炎魔剣ブレイズブリンガー』起動!」
グラディオ=フィニスは一歩たりとも引かない。
肩の膨らんだ装甲が開いてゆく。畳まれていた部分を伸ばすと、それはまるで小さな翼のような形状をしていた。
翼に並ぶ突起部分に無数の赤い光が宿り。
「
針のごとく槍のごとく細く尖った光条が放たれてゆく。
迎え撃つかのように、巨怪は無傷なほうの腕で殴り掛かり。
縦横無尽に
赤い光はどんな刃をも防いできた強靭な殻をあっさりと貫き。
内部で起こった爆発によって、腕はまるで果実のように弾け飛ぶ。
「これが! ハイドランジアを取り込んだあなたの本当の力! なんて強力なのでしょう。アイリスどころか私をもしのぐほど!! 素晴らしいわ!!」
巨怪の腕をズタズタに吹き飛ばされたというのに、プリムスの声音はむしろ喜色に満ちていた。
「時をかけるつもりはない。一気に決める!」
グラディオ=フィニスが
連続して放たれた赤い光条が魔物へと突き刺さってゆく。貫かれ、爆発が起こるたび魔物がよろめき。
ついに胸へと集中した光条が大爆発を起こし、大穴を
威容を誇った巨怪が
「本当に素晴らしいわ! ふふふ、これほどまでに素敵な目覚めを迎えるなんて……駒を作った甲斐があったというものね!」
リーエンショウが倒れ伏す前に、頭部位置につながっていたレーギーナ=プリムスが飛び出した。
崩れ落ちる巨怪を横目に無傷で大地に降り立つ。
「その力、人間などに委ねるべきではないわ。契約者という
「断る。プリムス……あなたの思い通りにはならない。私は魔女、契約者と共にあるもの。アオを裏切ることはない!」
「……はぁ、なんて残念なのでしょう。あなたは魔女と人間の歴史を終わらせられる存在だというのに。そんな死にぞこない一人にこだわって!」
レーギーナ=プリムスが両手を広げる。宙に生み出された黒剣が切っ先をグラディオ=フィニスへと向けた。
グラディオ=フィニスが構える。広げた翼には全てを焼き尽くす赤い光が灯っていた。
最初の魔女と最後の魔女、二体の魔導骸殻が戦いの決着へと踏み入る。
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