第二十八話 『最初の魔女と最後の魔女』


 荒廃の時を乗り越え立ち残っていた廃ビルも魔物モンスターの大暴れによって大きく数を減らしている。

 そうして砕けたコンクリートが積もった大地に立ち、二体の魔導骸殻デッドリークラストが睨み合っていた。


「群がりなさい、クレイヴソリッシュ」


 先に動いたのはレーギーナ=プリムスだ。

 彼女が指し示すと、空中に生み出された無数の黒剣が嵐に舞い散る木の葉のようにでたらめに飛びまわり。

 それらはあたり一面に広がった後、一斉にグラディオ=フィニスめがけて殺到した。


「焼き尽くして、ブレイズブリンガー!」


 グラディオ=フィニスが翼を広げ、赤く輝く光を撃ち放つ。赫光が空に直線を引き格子状に絡まり合った。

 幾重にも花開く爆発が起こるたび黒剣が消滅し、黒雲を貫いた赫光はなおもレーギーナ=プリムスへと迫ってゆく。


「ハイドランジアの炎とは性質が違っているのね。収束し、より強力に変じたもの……」


 黒剣の群れを穿うがち迫る光に向かい、レーギーナ=プリムスは躊躇ためらいなく駆けだした。

 降り注ぐ光が彼女の背後で爆炎を噴き上げる。


「喰らい、適合することでより能力を強化する。それこそがあなたの最大の機能。異界来訪体ヴィジターの再現というわけね……!」


 一気に至近距離まで踏み込んだレーギーナ=プリムスが両手に黒大剣を生成し斬りかかる。

 迎え撃つグラディオ=フィニスもまた両腕から爪剣を伸ばし、さらに炎をまとった。


 黒剣と赤剣がぶつかり火花を散らす。二機ともに一歩も引かず剣を繰り出し続け。

 ひとたび斬り合えば炎が散り、黒剣が砕ける端から再生成される。


 互いに踏み込んでつばぜり合いの姿勢となり。

 動きを止めたままプリムスの周囲に黒剣が生成される。応じてフィニスが赤光を放った。

 浮遊する黒剣が動き出す前に赤光が撃ち抜き、さらに宙を縦横にかけた光はそのままプリムスへと襲い掛かる。


 レーギーナ=プリムスが強引に黒剣を押し込み、フィニスを振り払った。

 直後、プリムスめがけて光が降り注ぎ大爆発を巻き起こす。すんでのところで後ろへ大きく跳躍し――。


 破壊された廃材の破片が流れ去った後、二機の間には大きく間合いが開いていた。

 戦場にわずかな静寂が舞い戻る。


「単体で私に匹敵した魔女はあなたが初めてよ、フィニス。さすがは自慢の妹ね」


 フィニスは答えず、今は魔導骸殻の姿であることに密かに感謝していた。

 なぜなら人間の姿ならば顔をしかめていたかもしれないからだ。


「全力で仕掛けても、簡単には仕留められないか……」


 ブレイズブリンガーの起動に成功し、強力な能力を得てもようやく同じ土俵に立ったばかり。

 巨大魔物を倒したように押し切ることはできなかった。


「このままだとアオがもたない」


 そんな中、彼女を苛む焦りの原因が契約者コンストラクトゥスの存在だった。

 グラディオ=フィニスを直接操ったことで著しく消耗した彼が、あとどれくらい戦闘に耐えられるかわからない。

 今だって既に躯体を動かしているのはフィニス自身なのである。

 契約者が意識を失い、トリガーが引かれなくなれば一気に窮地に陥るだろう。


「このままあなたが魔女を喰らい続けたらどうなるのでしょう? 私はそれがとても楽しみなのよ」

「私はもう二度と、仲間を喰らうことはない!!」


 安い挑発だとわかっていても、かっとなってブレイズブリンガーを放つ。

 雨のごとく叩きつけられる光を軽やかにかわし、レーギーナ=プリムスが黒剣を数本だけ生成し即座に発射した。


「あぅっ!?」


 黒剣がグラディオ=フィニスの右肩へと突き刺さる。

 攻撃の隙を狙われたと気付いたが後の祭り。いかに強力なブレイズブリンガーといえ、発射口を潰されては使えない。

 再生が終わるまで攻撃力が落ちることは避けえなかった。


「確かに強力な魔法だけれど、そればかりに頼っていてはだめよ。こんな風に……」


 当然、プリムスが悠長に再生を待ってくれるわけはない。

 ひとっ飛びに至近距離まで踏み込むや黒大剣を振り下ろし、フィニスが慌てて応じた。


「困ったことになって、しまうでしょう!!」


 追いかけるようにプリムスの周囲に生成される黒剣。

 フィニスは追い詰められつつあることを理解しつつも迎撃せざるを得ない。


 放たれた赫光が黒剣を撃ち落とす。だが余裕がなく完全に防ぎきることができない。

 黒剣が光をかいくぐりフィニスに襲い掛かった。


 装甲に刃が突き立った。鋭利な切っ先が筋肉組織に到達し傷をつける。

 ほんのわずかにグラディオ=フィニスの力が削られる。それゆえに黒大剣を受けきれなくなり、彼女は弾き飛ばされていた。


 浮遊する黒剣が執拗に後を追った。

 フィニスは無事な左肩からブレイズブリンガーを発射し、さらに爪剣を振るってそれを打ち払い。

 そんな彼女の抵抗をあざ笑うかのごとく、再び突っ込んできたレーギーナ=プリムスが強烈な打ち下ろしを叩き込んできた。


「ぐぅっ……強い!」


 全身からミシミシと軋みがあがる。

 かろうじて受け止めたものの、フィニスには大剣の重圧を押し返すだけの余力はなかった。


「できれば自分の意思で従って欲しいのだけれど、無理なのでしょう? だったらそうね。手足くらい斬っておけば大人しくなるでしょう!」


 まったく気軽な調子で呟かれ、フィニスはしかめっ面の一つでも浮かべたい気分である。やはり魔導骸殻の表情は動かないが。


 言葉通りプリムスの背後に黒剣が生成されるのを見て、フィニスの心に焦りが広がっていった。

 確かに彼女の力は女王に匹敵するほどに高まった。しかし戦いへの経験値そのものはまったく追いつけていない――!


 反撃の手立てが思いつかない。どれだけ強力な武器も持ち腐れでしかない。

 その時だった。胸の中で微かな声が上がったのは。


「フィニス……動き、こっち回してくれよ」


 声の主はアオだった。限界の際に踏みとどまり、彼は言葉を振り絞る。


 ――アオ!? 無理よ。あなたの身体も精神も、もう限界のはず。


「ちょっと休んでマシになったさ。フィニスが頑張ってるのに寝てられねぇだろ……」


 ――でも、この状況からどうやって!?


「できるさ、一人でやる必要なんてない。契約者コンストラクトゥスはただのトリガーじゃないだろ、二人そろってこその力だ」


 ――わかった。私はあなたの言葉に、あなたの熱意に何度も救われてきた。もう一度あなたを信じる!


 制御がアオに戻る。途端にし掛かってくる黒大剣の重圧。

 動けないこちらに向かって突き進んでくる黒剣の切っ先を目の端に捉え、アオはむしろ笑みを深めた。


「斬り合いに大事なのは間合いだ。ここは、あんたの得意なんだろう? だったらぁ!!」


 突然、グラディオ=フィニスが自ら爪剣を切り離した。

 押さえつけていた力が失われ、一瞬だけレーギーナ=プリムスの姿勢が浮く。


「何を……!?」


 先んじてグラディオ=フィニスが動き出す。

 間合いのさらに内側へ踏み込むやプリムスへと体当たりを仕掛け。


の真似をするのはしゃくだが……借りるぜ、ハイドララッシュ!」


 相手に触れるほどの距離ならば高い威力など必要はない。

 胴を掴んだ掌から炎が生まれ出でる。それはかつてハイドランジア=セプテムが見せた技。


「ああっ……」


 刃をかたどった炎がレーギーナ=プリムスの胴を貫いた。

 圧倒的な戦闘能力を誇った女王に、初めて明確な傷が刻まれる。


「がぁ……ッ! 貴様! 私の、身体を……ッ!! はなれッ……!」


 グラディオ=フィニスを無理矢理振りほどき、プリムスが大きく飛び退る。

 腹部の傷は深いが致命傷とまでは言えない――。


 怒りのまま黒剣を放とうとしたプリムスの視界に赤い輝きが映った。


 『炎魔剣ブレイズブリンガー』――グラディオ=フィニスの魔法がまっすぐ彼女めがけて放たれる。


 新たな生成は間に合わない。既にある黒剣の全てを投射。多数の刃がフィニスへと殺到し。

 だが赤光は黒剣を迎撃することもせず、ひたすらまっすぐ突き進んでいた。


「そんな馬鹿な!?」


 あるいは女王が黒剣の全てを防御に回していれば防ぎきれたかもしれない。

 だが傷を受けた怒りが、冷静だった彼女の思考にほころびを生んだ。


 赫光は数本の黒剣を破壊しながら進み、ついにレーギーナ=プリムスへと突き刺さる。

 女王が何かを掴もうと手を伸ばし。瞬間、炎が炸裂した。


 二体の魔女の力を束ねた最大最強の破壊の力。

 猛烈な爆炎が女王を呑み込み、その身体を粉々に吹き飛ばした。

 同時にグラディオ=フィニスへと迫っていた黒剣が溶けるように消え去る。


 舞い上がった噴煙が風に流れて去った時。

 そこには、上半身の消し飛んだ『最初の魔女』の亡骸だけが立ち尽くしていたのだった――。



 ――終わ……ったの?


 フィニスがどこか夢見るように呟く。

 答えはなく、代わりにグラディオ=フィニスの躯体が膝をついた。


「はは、すまねぇ……。終わったと思ったら、力が、抜けて」


 ――アオ! もういい、制御をこちらに!


 激戦を繰り返したアオの消耗は限界を超えていた。

 ただでさえ傷を負った身体なのだ。人間である彼は魔女ほど回復力に優れない。


 ――まずはここを離れましょう。アオの身体を治さないと……。


「待てよ。やりやがったなぁ。まさか女王を殺っちまうなんてよ」


 そんな時だ。歩き出そうとした彼らの背後から声がかかったのは。

 慌てて振り返り見たものは、槍に身を預けて立つアイリス=クィーンクェの姿だった。


「とくと見せてもらったぜ、フィニス。そいつがお前の力。魔女を喰らう魔女……か」

「……レイ・ディエン。そうか、あんたがいたなぁ」


 乾いた風が吹き抜けてゆく。

 グラディオ=フィニスにアイリス=クィーンクェ。どちらも満身創痍まんしんそういの二体が睨み合った。


「ブレイズブリンガーだったか? ハイドララッシュよりもはるかに強力じゃねぇか。もしもお前がさらに魔女を喰らえばよう……今度は女王どころの話じゃねぇ、もう誰にも止められなくなんぜ」


 アイリス=クィーンクェが支えにしていた槍から身を離した。


「あのクソッたれの博士プロフェッサーがよぉ。いったい何をしようとしてんのかわかった気がするぜ、俺様は」

「なぁ、レイ。あんたは俺たちを……」

「とても野放しにできるもんじゃねぇ。そうだろ?」


 流れた沈黙を踏みつぶし、グラディオ=フィニスも立ち上がる。

 一度は手を組んだ間柄だったが仕方がない。所詮彼らは追うものと追われるものだった。


「……フィニスを、組織には戻せない。そんなこと考えてるなら尚更さ。彼女は利用させない」

「なるほど。だがよ、そのままでもフィニスが大人しくする保証もねぇ。いずれ二人目の女王になる可能性だってあるだろ?」

「させない」


 アオの声が遮る。


「そんなことは俺がさせない。それでももしもフィニスが皆の敵になったら。……その時は、俺が命に代えても止める」

「死にぞこないがよぉ、ずいぶん言うじゃねぇかよ」

「はは……そりゃあそうだな」


 言葉は本気だ。しかしアオ自身、今の自分にどこまで実行できるかと言えば疑問が残る。

 ならば残る解決方法はひとつ。

 グラディオ=フィニスがボロボロの身体で身構える。


「んな大役が、死にかけに務まるものかよ。さっさと治療しに行きやがれ、馬鹿野郎」


 ――アイリス=クィーンクェがくるりと背を向けた時、アオはもとよりフィニスまでもが唖然あぜんとした様子でいた。


「……レイ?」

「あーあ、俺様としたことがぁ! 女王を殺すのに夢中で、逃げたフィニスを見失っちまったぜ! こいつぁしくじった!」

「なんだその猿芝居。いいのかよ?」


 レイは肩をすくめると、傍らに遺されたレーギーナ=プリムスの残骸を指し示す。


「なんせ女王が死んだんだ。当分はその後片付けでてんやわんや。とてもお前らに手を出してる暇はねぇさ」


 だからと追い払うように手を振るアイリス=クィーンクェを見て、フィニスは毒気を抜かれたように立ち尽くした。


「ありがとう。正直すげぇ安心したよ。レイ、あんたはいい奴だったし戦いたくなかったんだ」

「ハン! だが気ぃ付けろよ。もしもお前らが本当に人間の敵になるなら、今度こそ俺様が直々にぶったおしてやるからよ」

「ああ、心に刻んどくよ。そうはならないだろうけど」

「わかったらさっさとどっかの街にでも行きやがれ。フィニスを止める前におめーが野垂れ死んだら、それこそ馬鹿みてぇじゃねぇか」


 グラディオ=フィニスはわずかに迷ったようだった。

 それでもすぐにきびすを返し。廃都市の向こうへと、おぼつかない足取りで歩き出す。


 だんだんと遠ざかる後姿をぼんやりと見送っていると、アイリスが問いかけてきた。


 ――いいのー? 本当にいっちゃうよ?


「ケッ。アオの野郎が生き残るなら、フィニスを人の敵にはしねーだろう。んで契約者がくたばったらくたばったで、フィニスは魔法を使えなくなる」


 ――本当にそうだと思うー? あの子はすっごく特殊だよ。女王みたいに勝手に動き出すかも。


「その時は、言った通りだ。俺たちで首級を挙げてやるのさ」


 ――やっぱ貧乏くじだーい好きだね、レイ。


「うっせ」


 それよりも、と彼らはレーギーナ=プリムスの残骸を見つめて。

 これからの後片付けに思いをせては頭を抱えていたのだった。

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