第十六話 『炎獄のフオー』
その姿は『新種』と呼ばれていた魔物よりさらに引き締まっており一切の無駄がない。
瘴気の影響か
動きは俊敏だが放たれる気配は魔物らしく
呼び出した五匹の魔物に命を下し、女王――最初の魔女プリムスは悠然と黒剣をもてあそぶ。
「この
「ちっ、そんな工夫うれしくねぇな!」
アイリス=クィーンクェが先手を取って雷を放つ。女王の駒たちが腕の装甲で雷撃を弾いて。
無傷のまま迫ってくる魔物たちの姿にレイは表情を険しくした。
「クソ、気に入らねぇな。てめぇに意思もなく女王に従うだけの肉。自分で暴れるだけその辺の魔物のほうが上等だろうよ!」
「おやおや旦那自慢の雷もそろそろお疲れですかな?
ハイドランジア=セプテムの再生が終わった肩部から炎の蛇が生まれ出でる。
炎蛇が暴れまわり、周囲のあらゆる場所に火と爆発を巻き起こした。見境のない破壊の嵐を前にしてはさすがの駒たちも足を止めざるを得ない。
「ははっ! まったく他愛のないものです……」
「馬鹿がフオー! 女王から目を離すな!!」
警告の言葉がかき消されるより早く、影のように飛来した黒剣が突き立った。
女王の駒たちを
「がっ!? ええい女王め、
――被害は許容範囲内。戦闘の続行に支障なし、ハイドララッシュ再展開します。
いったんかき消えてしまった炎の蛇が再度頭を覗かせる。しかしその隙に女王の駒たちが割り込んだ。
腕から鋭く伸びた爪――鋭く伸びたそれはもはや剣とでも言うべき大きさだ――を構え、ハイドランジア=セプテムへと迫る。
「おいコラ、フオー下がれ! 馬鹿みてぇに突っ立ってんじゃねぇ!」
「言われずとも! ええい魔物風情が……」
飛び
同調式接続の精度を落とした弊害だ。
まごまごとしている間に駒たちは既に間合いへと踏み込んでいた。
逃れる間もなく鋭利な爪剣が迫り。同時、横合いから差し込まれた爪が女王の駒たちの攻撃を弾き飛ばす。
「……貴様。裏切り者の新入りが、いまさらご機嫌取りのつもりですか?」
「本当にむかつく野郎だな! 助けてやったんだから礼の一つくらいあってもいいだろうに!」
グラディオ=フィニスが機敏な動きで駒たちの攻撃を押し返す。
そうしてアイリス=クィーンクェ、ハイドランジア=セプテムに並んで立った。明らかに駒を従えた女王と敵対する形だ。
油断なく身構えながらレイがちらりと隣を見る。
「おい。俺が言うのもなんだが、逃げてなかったんだな」
「……あの炎野郎は本当にむかつくし、殴りかかってきた奴らを助ける理由なんてないんだろうさ。だけど魔物に襲われてるやつを放っておくのは、
「はっ! お前、そういう芯の通り方は悪くないと思うぜ」
「それにフィニスは別に魔女
敵対した三体の魔女を眺め、レーギーナ=プリムスは頬に手を当てため息を漏らしてみせる。
「まぁフィニスったらはしたない。あなたに戦いはまだ早いわ。後で相手をしてあげるから大人しく待ってなさいな?」
「ったくどいつもこいつも勝手に言ってばかりだ! 回収者は魔物から逃げることはあっても、味方はしねーんだよ!」
「そう。聞き分けがないのは
――そうは思わない。契約者は私に足りないものを補ってくれている。
――フヒヒハ! あたしは自分で槍を振り回すのなんていやーだしー。やっぱそりゃレイの役目じゃん?
――否定します。武器たる者が戦場に立つには、マスターの意思が必要不可欠。
「……本当、わからずやの妹たちね。仕方がないけれど今はそれでもいいわ」
レーギーナ=プリムスが器用に天を仰ぐ。次の瞬間、彼女の周囲にこれまでに倍する量の黒剣が出現した。
「これから
女王の周囲から黒剣が飛翔すると同時、魔物たちもまた一斉に走り出す。仮借なき攻撃を前に魔女たちも安穏とはしていられない。
「おい、フィニスの契約者! おめー名前なんて言う?」
「……アオだ。あんたはレイってんだな?」
「おう。アオ、言いたいことはあんだろうが全部後回しにしろ。まずはクソッタレな魔物どもをぶっちめて、女王のツラに一発入れてからだ!」
「やれやれ、仕方がありませんねぇ。前衛はよろしくお願いしますよ」
「本当に大丈夫なんだろうなコイツ……」
アイリス=クィーンクェとグラディオ=フィニスが並んで前に出る。
その後ろではハイドランジア=セプテムが炎の蛇を伸ばしていた。
すかさず踊りかかってきた女王の駒へと槍を突き出し、爪を振るって応戦する。
レイが槍から雷を放ち女王の駒を一気に押し返した。さらに四方から殺到する黒剣を炎の蛇が飲み込んでゆく。
魔女たちの猛攻をかいくぐってきた女王の駒が爪剣を振るい、グラディオ=フィニスが受け止めた。
新たな女王の駒のパワーはかつて戦った新種よりも上回っている。勢いに乗って押し込まれたグラディオ=フィニスが一歩後退して。
その時、横合いから回り込んできた炎の蛇が女王の駒へと食らいつき、激しい爆発と共に吹き飛ばした。
当然グラディオ=フィニスも無傷とはいかない。
「っぶねぇ! おいあんた、いい加減にしろ!!」
「おうや支援したつもりでしたが。その程度で巻き込まれる雑魚ならそれまでのこと。助けるにも値しませんね」
「……ああくそッ!」
黒剣が舞い魔物が咆哮する戦場ではおちおち文句も付けていられない。すぐに魔物のおかわりが届いて戦わざるを得なくなる。
「うぅぅぅおらぁぁぁっ!! ちょっとくらい強くなったからってよ、しょせんは駒でしかねぇっ!」
レイの渾身の一撃が女王の駒を
そのままバリアントロアが全力の雷を放った。轟音と共に女王の駒の肉体が弾け、一息に絶命させる。
「このまま減らしてくぞ! おいアオ、立ち止まってる場合か……ッ!?」
そうして味方の様子を確かめたレイがぎょっとした様子で叫んだ。
魔物暴れる戦いの最中、グラディオ=フィニスが全くの無防備に立ち尽くしていたのだ。
◆
グラディオ=フィニスの操縦席でアオは襲い来る衝動へと必死に抗っていた。
「ぐっ……!? また飢えかよ……こんな時にまで来なくても!」
まるで同調式接続の向こうから突風が吹いてくるように飢餓感が湧きおこってくる。
脳を直接揺さぶられるような感覚がこみ上げ歩くことすらおぼつかない。戦いの最中にあってはあまりに致命的だ。
――ア……オ……わた……し……。
人は濁流に抗えない。人は突風に耐えきれない。
だがアオの意識は歯も砕けよとばかりに食いしばり、真っ向から逆らっていた。
「すまねぇフィニス。少しの……我慢だ。終わったらたっぷり食べさせてやる……から! 今は!」
強烈な捕食衝動に飲み込まれないよう己を保つ。衝動を理で上書きする。魔女を操るのは契約者の意思、決して逆ではない!
グラディオ=フィニスが
だが抵抗もそこまでだ。迫りくる魔物を前にしても戦うことなどできそうにない。
「動けアオ! どうしたっていうんだ。仕方がねぇフオー、カバーしろ!」
「やれやれ。ならばこれで良いでしょう?」
ハイドランジア=セプテムが炎の蛇を操る。
炎をまき散らしながら暴れる蛇が、グラディオ=フィニスを周囲の魔物ごと打ち据えた。爆発が起こり巨体が吹っ飛ぶ。
「……んがっ! くそう、痛すぎて頭が冴えてきたぜ……。フィニス! 大丈夫か!」
――大丈夫、制御は戻っている。ごめんなさい契約者。お腹がすくと自分が抑えられない……。
「はは! いいさ、慣れてきた! しかしあの野郎、今度こそ狙いやがったな」
皮肉にも爆発の衝撃によって正気を取り戻した形ではあるが、それで感謝が生まれるかというとそんなことはない。
ハイドランジア=セプテムは悪びれた様子もなく炎の蛇を揺らした。
「ぼけっとしているような間抜けが悪いのです。気が付いたのならさっさと戦いなさい」
――マスター、注意を! レーギーナ=プリムスが動いて……!
同調式接続を通じて伝えられた、ハイドランジアの悲鳴はわずかに出遅れていた。
「この私がいるというのに
「なっ……!?」
果たしていつの間に移動したのか。レーギーナ=プリムスが目の前に現れる。
女王の手から直接生み出された大剣が炎蛇を断ち、装甲すら意に介さずハイドランジア=セプテムを真一文字に切り裂いた。
生み出された炎の蛇が根元を
身体を貫く斬撃に続いて爆発に内部組織をかき回され、瞬間的に感覚が飽和する。
「ぐぎっがぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
――被害甚大。魔法放出部破損、ハイドララッシュ展開不能。ダメージが中枢部に至っています。稼働率二〇%以下、被害許容量オーバー。マスター、これ以上の戦闘継続は困難です……!
「かふっ。ええい……黙れ! 黙れ! 黙りなさい! このわたしが、こんな……」
「よせフオー! 下がれぇっ!!」
「ダメよ。あなたは
いっそ優しく差し伸べられた掌から巨大な黒剣が伸びる。
宙にひかれた黒い線が、ぶれることなくハイドランジア=セプテムの胸を貫いて。
「クソ、止め……あがぁ! 止めろ! たす、け……」
――せい、命、維持部に、損傷。機能維持限界、ワタシは……ここまでです。緊急用プロトコルに従い、契約者の保護を……優先……。
「なっ……ハイドランジア! 何を勝手に!?」
メキメキと音を立てて、ハイドランジア=セプテムの躯体が開いた。生体組織に満ちた体内から膜につつまれた塊が排出される。
ぼとりと地面に落ちたそれから息も絶え絶えのフオーが這い出してきた。
「ああ、なんて悲しいこと。契約者などと魔物の排泄物以下のものを守ろうだなんて。そんなことだからあなたは死ぬのよ」
彼は悲鳴を上げて這いずり逃げるが、たかが人間があがいたところで魔導骸殻級の刃から逃れられるはずがない。
女王の無慈悲な剣がフオーめがけて振り下ろされた。
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