猫々サマータイムマシン 3
やっと解放された
昇降口では
「あー、終わった終わった。さ、帰ろうぜ」
「虎太郎、あんた反省してるの?」
莉子が全く反省の色が見えない彼に眉根を寄せて言った。
「してるしてる」
「全然反省してるって感じじゃないね」
智孝はそう言って莉子と顔を見合わせた。
虎太郎はそんな二人にはお構い無しに下駄箱の前へ。廊下から降りた拍子にスノコが音を立てた。その音がやけに大きく聞こえる。校内に普段の下校時の喧騒は無かった。虎太郎が居残りで説教を受けている間にほとんどの児童は下校を済ませてしまったのだ。それに今日は授業も無ければ委員会もクラブ活動も無い。三人の立てる音だけが大きく校内に響いていた。
外からは熱気に乗って盛んに鳴く蝉の声が運ばれて来る。近付くほどに耳をくすぐるそれは九月になったと言うのに夏の終わりに抵抗するかのようだった。
虎太郎はその声に誘われるようにそちらに視線を向けた。
強い光が昇降口に射し込んでいた。まるで向こうにはまだ夏が待っているかのように。
虎太郎が外に目をやりながら靴を履き替えていると、隣に莉子が来て自分の靴を置いて言った。
「ねえ、宿題一緒にやる?」
「ん、んー、宿題か……」
莉子の提案にぼんやりと答えた虎太郎はそれ以上は何も言わずに歩き出した。
そんな彼について行くようにして莉子が続ける。
「私達も図書館行って勉強するし、一緒にさ。ね、良いよね、智孝」
莉子が振り向いて智孝に言った。
「うん、全然問題無いよ。虎太郎も一人でやるより捗ると思うし良いんじゃないかな」
「ね、虎太郎、どうかな?」
「ん、んー、そーなー……」
しかし虎太郎は莉子の方を振り向くことも無く、そのままゆっくり、だけど真っ直ぐ外に向かった。そして一歩外に出た瞬間。
「虎太郎?」
莉子の目の前で彼は足を止めた。
「なあ、今から遊びに行こうぜ」
「は?」
「え?」
振り向いた虎太郎に向かって莉子と智孝はそれぞれ驚いた表情を見せた。
「何かさ、外出たら、まだ夏じゃん。夏休みじゃん」
「虎太郎、何言ってんの?」
「確かに今日は暑いけどさ……」
智孝が空を仰ぎ見た。
青い空高く切れ切れの雲が浮かんでいる。九月の空だ。
視線を戻して智孝は言った。
「でも、宿題は良いの?」
「宿題!? そんなの大丈夫だって、夜とかに適当にやるよ。それより遊びに行く方が大事だって。俺達全然遊べなかったじゃんか」
「まあ、確かに遊べなかったけど……」
「あのさ、虎太郎、私達図書館行くって言ったよね」
「は、図書館? まさか今日も勉強すんのかよ」
莉子がまた溜め息を吐いた。
「私達塾でテストがあるの。その勉強をしに行くの。だから遊びには行けない。て言うか虎太郎だって遊んでる場合じゃ無いでしょ。宿題やりなよ宿題。間に合わないどころかもう提出期限過ぎてるんだから」
「えー……でもなー……」
虎太郎は不機嫌な表情になった。
「でもなー、じゃないでしょ」
莉子が呆れた様子で言った。
「そう言ってもなー、あー……、て言うかさ、何かさ、お前ら最近付き合い悪くない?」
「え?」
二人の口から同時に出た小さく驚いた声。そのあとまた教室の時のように二人は不自然に黙り込んだ。
虎太郎はそれを見て大仰に溜息を吐いた。
「あのなあ、自覚してるんなら、もう少し俺に優しくしてくれたって良いんじゃねーの?」
「や、優しくって、してるじゃない。だから、い、一緒に勉強しようって……」
「そーじゃなくてさー。あー、もういいや、誰か他の奴誘ってみるよ。お前ら忙しそうだし」
莉子の反論に今度は虎太郎が呆れたように言って、それからつまらなそうに二人に背を向けて歩き出した。
「……虎太郎、ごめん」
智孝が小さな声で虎太郎の背に向けて言った。
「んあ、いーよいーよ別に」
虎太郎を先頭に会話も無く歩く三人。
「どうすっかなあ、博士んちにでも行ってみようかな。あ、でも最近博士も忙しそうなんだよなあ」
虎太郎は後ろの二人を気にすることなく独り言を呟きながら、一方後ろの二人はどこか気まずそうに時折顔を見合わせたりして。
図書館に行く二人と別れる交差点に差し掛かった時だった。
智孝が虎太郎に話しかけた。
「あのさ、虎太郎」
「ん?」
道路脇の青々と茂る桜の木で蝉が鳴いている。
振り返った虎太郎に、智孝は少し目を逸らした。
「あ、いや……」
「何だよ?」
「あのさ、その……」
「あ、やっぱり遊びに行くって?」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ何だよ」
智孝は虎太郎に何かを伝えようとしているみたいだった。だけどその何かを言えないでいる、そんな感じだった。
「虎太郎、あのね、私達……」
莉子がそんな智孝を助けるかのように口を開いた。
だけど言いかけた莉子を智孝が止め、そして意を決したように言った。
「俺達付き合い始めたんだ」
風が吹いた。桜の葉がざわめき蝉が鳴くのを止め飛び立った。蝉の声は他には聞こえて来ない。あとにはなんてことのない秋の気配があった。
「は?」
虎太郎は驚きとも何とも言えない声を発した。
ランドセルを投げ出してベッドに飛び込んだ虎太郎。
「あーー-、つっまんねえの」
あのあと智孝と莉子は虎太郎に少しだけ馴れ初めのようなものを話した。
夏休みの間に莉子が智孝に告白をしたとかそんなような内容だった。
虎太郎はそれを半分呆けたような状態で聞いて、自分でも良く分からない曖昧な返事みたいな相槌を打って、それから早々に二人と別れて、ほとんど自動的に家まで帰ってきた。正直なところ現実に頭がついて行っていなかった。
「何なんだよ、付き合い始めたって」
付き合う、そのこと自体も虎太郎には良く分かっていなかった。
「意味分かんねー……。はあ、結局博士も居なかったし、本当につまんねー」
真っ直ぐ帰って来た虎太郎だったが隣の博士の家だけは少し覗いていた。けれど玄関もガレージも閉まっていて、博士が居るかどうかも確認出来なかった。
虎太郎は壁に貼ってあるカレンダーを見た。
捲り忘れているライオンマンのカレンダーはまだ八月のままだ。
「夏休みに戻んねーかなあ……」
友達二人からの予想外の告白に混乱して虎太郎は行動する気力を失っていた。ほとんど動かずベッドに横になったままだ。
「付き合い始めたって、だからあいつらあんなに付き合い悪かったのか……?」
頭の中では今の自分には答えの出せない問いが浮かんでは消えて行く。
「なー、くそー、こんなことなら夏休みあいつらと図書館で勉強すれば良かった。そうすりゃこんな訳の分かんないことにはならなかったのにぃ、あ、てか、宿題やらねーと……、あー……」
虎太郎は息を止めて少し黙ったあと溜息を吐くように言った。
「本当に時間戻んねーかなあ」
その時だ。
一瞬稲光のように窓の外が強く光った。
「……え、雷?」
続いて派手な大きな音。ガシャンッ! とか、グシャンッ! とか、そんなような衝突音。例えるなら思いっきりフェンスにぶつかった時のような音がした。
虎太郎はすぐに思い至った。
「博士だ!」
そして飛び起きて隣の博士の家へと急いだ。
瞳を爛々と丸く輝かせ、さっきまでが嘘のように生き生きとした表情をしている虎太郎。退屈砂漠に落ちてきた動くおもちゃに飛び付いたのだった。
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