猫々サマータイムマシン 22

 八月一日。


「なあああああ!」


 時のトンネルを抜け、勢いのままに田んぼの中の道を自転車で疾走する虎太郎こたろう


「なろ! んんんんん!」


 ハンドルを強く握りしっかり前を見て後輪にブレーキをかける。体重移動でバランスを取りながら車体を斜めにする。後輪を滑らせ、車のドリフトのように半回転。それから進行方向に対して車体を横にしたまま土煙をあげつつしばらく滑って強引に静止する。


 止まった自転車のすぐ前、虎太郎がいつも突っ込んでいる田んぼに、小さなカエルが驚き飛び込んで泳いでいった。


 はあ、はあ、と荒い呼吸を吐きながら、虎太郎は自分も自転車も田んぼに落ちなかった事実を確認して声を上げた。


「んよし!」






「あれ? コタもう帰って来たの? 早いじゃん」


 居間に入ると母、玲奈れいながバリカタ豚骨棒アイスを咥えながらソファーからこちらを見上げた。


「うん、まあな」


 カレンダーを確認するといつもの通り八月一日と書かれている。

 少し改まって虎太郎が言う。


「母さん」


「んあ?」


「俺、この夏休み、未練の無いように過ごすよ」


「へ? 何、急に」


「……別に、何でもない。母さんもいつまでもそんなアイス食ってんなよ。今度俺が美味いアイス買ってくるからさ」


「え、こんなって、好きなんだけど、これ。それに食べ始めたばっかりだし。ま、まあ、ありがとう」


「どういたしまして」






 それから虎太郎は智孝からの電話を待った。電話が来るまで虎太郎は考えていた。智孝ともたか莉子りこのことを。これまでの夏休みのことを。自分の伝えたい気持ちのことを。もう未練は残したくなかった。もう後悔するつもりはなかった。だから虎太郎は固く決意をしていた。


「これが本当に最後の夏休みだ」


 そして時間が来て電話が鳴った。






 祭りの会場の神社。陽は傾いているがまだ明るい。前回の夏休みの時よりも早い時間だった。虎太郎が電話で智孝に無理を言ってお願いをしたのだ。もちろんそれは智孝と二人で話をする為だった。ちなみに莉子には別の集合時間を伝えている。


「虎太郎」


 先に着いて待っていると約束した時間通りに智孝がやって来た。時間が早い以外に前回と違う点はなかった。


「智孝、悪いな早く来てもらって。塾もあったのに」


「大丈夫だよ。それよりどうしたの、何かあった?」


 智孝はやっぱり察しがいい。虎太郎の早く来てほしいと言うお願いに何かを感じ取ったようだった。


「ちょっと二人で話したいことがあってさ」


「ああ、そうなんだ」


「うん、莉子のことなんだけど」


「莉子のこと?」


「俺、莉子が好きなんだ」


 虎太郎は余計なことを言わずに本題を切り出した。これは彼なりの作戦だった。もしも余計なことを言って横道にそれてしまえば、勇気が無くなってしまうかも知れない、決心が鈍ってしまうかも知れない。そう思ったから虎太郎は直ぐに退路を断つ作戦を考え、そして実行したのだった。


「え、あ、ああ、そ、そうなんだ」


 智孝は突然の告白に戸惑っているようだった。

 虎太郎にはそんな智孝の気持ちが良く分かった。


 俺もこんな感じだったんだろうな。


 客観的な視点を持てたことで虎太郎は慌てないでいられた。


 神社にはもうだいぶ人が集まっている。屋台も開いていて、明るい空気に鉄板焼きの煙が消えていくのが何となく新鮮だ。


 落ち着いていつもと変わらないように声を出す。


「今日、莉子に告白するつもりなんだ」


「告白……」


「智孝、俺、智孝が莉子を好きなこと知ってる」


「え」


「だけど遠慮はしない。智孝にも遠慮したり嘘ついたりしてほしくないから。俺は友達として智孝のことも大事に思ってるから」


 智孝が真面目な表情で虎太郎を見る。虎太郎の真剣さが伝わっているようで二人の間に茶化すような雰囲気はない。


 智孝が聞く。


「いつ、気付いたの?」


「最近だよ」


 本当に理解したのは三回目の夏休みの後かも知れない。だから本当に最近だ。


「そっか。ごめん、俺は虎太郎の気持ちに気付いてなかった」


「謝ることじゃないよ」


 だって智孝が前回の夏休みに虎太郎の気持ちに気付いたのだって、この祭りの夜なのだから。それより前には気が付いていないはずだ。


「智孝、俺、智孝と莉子と、三人で居るの好きなんだ。楽しいし、安心出来る。最高の友達だって思ってる。だから、だからさ、これはわがままなんだけど、どんな結果になっても、来年別々の学校になってもさ、変わらないで一緒に……、たまには一緒に遊ぼうぜ」


「……うん」


 そこで会話が途切れると、途端に恥ずかしくなった。目を逸らすように少し俯いて笑うと、つられるように智孝も笑った。


「何か、いきなりごめんな」


「ん、いいよ。だけど虎太郎、なんか変わったね」


「そうかな」


「うん、何て言うか、夏休み明けに凄い変わってる子とかいるじゃん。その夏休みが凄く長かった、みたいな、そんな感じ」


「あー、へ、へー……」


 流石に鋭い。


「虎太郎、俺も莉子が好きだよ。虎太郎の言う通りだ。来年別の学校になっちゃうけど、一緒にいられたらいいって思ってた。でも、正直に言うとやっぱり迷ってたんだ。だけど決心した。俺も莉子に告白するよ」


「うん」


「ライバルだね」


「そうだな。選ぶのは莉子だけどな」


「じゃあ二人ともふられたりして」


「あー。まあその時は、二人で傷心旅行にでも行こうぜ」


「傷心旅行か、いいね。自転車で海まで?」


「それもいいかもな」


 少し黙ったあと智孝が言う。


「虎太郎、どんな結果になっても、俺は変わらないから」


「俺も同じだ、約束するよ」


 最後にもう一回二人で笑いあって、それから少しだけ別のことを話して、虎太郎は智孝と別れた。別れ際の挨拶はぎこちなさの欠片もない、いつもみたいな挨拶だった。

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