猫々サマータイムマシン 21
気が付くとそこは現代の博士の研究室だった。
時のトンネルを出ると
「うわ! うわわわ! くそ!」
何とか倒れないようにバランスを取って自転車を止める。
「はあ、危なかった……」
「おかえりなさい」
落ち着いたところで声をかけられた。博士の声だった。良く知った現代の博士の声だ。
「ただいま」
博士の顔を見る。気まずい訳ではないが行く前とは少し気持ちが変わっていた。きっと博士もそれをわかっている。
「さあ、一先ず休憩しましょうか。休憩しながら説明もするわ」
博士は優しい表情と口調でそう言った。
博士の家のキッチンに移動した二人。二人の間にはテーブル。テーブルの上には博士が用意したかき氷。かき氷は博士自慢のかき氷製造機で作ったらしい。タイムマシンで発生した熱を利用して氷を作りうんたらかんたらと説明されたが虎太郎にはちんぷんかんぷんだった。
「どうぞ遠慮なく食べて。元々あなたにあげようと思って装置も作ったのよ。他のシロップもあるわ」
ちなみに今はメロン味のシロップがかかっている。
かき氷に取り掛かる前、虎太郎は聞いた。
「あ、あのさ博士、あの過去の博士は、本当に博士なのか? それに、だったら博士は俺のことずっと知ってたのか?」
それは、落ち着いてきて虎太郎が最初に思った疑問だった。
博士は手に持っていたスプーンを置いて答えた。
「ええ」
博士は続けて言う。
「だからまずは謝らないといけないわね。本当にごめんなさい虎太郎。私は、タイムマシンを使うことであなたが辛い気持ちになることを始めから知っていた。夏休みを繰り返して、それが原因で悩んでしまうことも。なのに、知っていたのに、私自身のために、あなたにタイムマシンを使うことを進めた」
「私自身のためって、あの過去の博士のためってこと?」
「ええ。私はどうしてもあなたに、過去に行って貰わなければいけなかった。何故ならそうしなければ今の私は無かったかもしれないから。タイムマシンを発明することすらも出来なかったと思うから。だからそう言う意味では、今の自分のためでもあるわね」
「うー、タイムマシンのことはいいよ。夏休みに戻りたくて、結局使うって言ったのは俺だし。でも俺、過去に行って博士のために何にもしてないよ」
「いいえ。あなたは私に希望を見せてくれたわ」
「希望って?」
「ふふ、だから未来に絶望しないで生きてこられたの。勿論、簡単ではなかったわ。辛いことも色々あった」
「でも、俺、本当に何にも」
「良いのよ。何もかもあなたがあなたのまま当たり前に思っていることが嬉しいの。本当にありがとう」
博士は少し俯くように目をつむった。何となくそれは微笑んでいるように見えた。
「さて、そんなことより本題に戻しましょう、大事なのはあなたのことよ」
顔を上げた博士。
「過去に行ったことで自分の気持ちに気が付いたんじゃないかしら?」
それってやっぱり……。
「俺は、
「そうよ」
「で、でも、それで俺、どうしたらいいんだ……」
「あら、どうしたらいいかは知っているんじゃない?
「……告白?」
「正解」
「だ、だけど、そんなの今更言ったって、もう遅いんじゃ」
「あら、今更なんてことはないんじゃないの? だってほら」
そこで博士はガレージの方へ視線を送った。
虎太郎はそれで博士が何を言おうとしているのかすぐに分かった。
「タイムマシン」
「そう」
「で、でも博士、タイムマシンで戻って、俺が莉子に告白したって駄目って言うか、意味ないんじゃないか? 莉子は智孝のことが好きだし、それに、智孝だって、それって迷惑になるだけなんじゃ」
「虎太郎、あなたが告白しなければいけないのは莉子ちゃんだけ?」
「え?」
「最初の夏休み、二人から付き合い始めた報告をされた時、どんな気持ちだった? 智孝君も莉子ちゃんも虎太郎の気持ちに気が付いていなかったから仕方なかったのかも知れないけれど」
思えばショックを受けた自分の中に、寂しさのようなものもあった気がする。それは二人に仲間外れにされたような感覚があったからだ。
「今、二人の気持ちを知っているあなたには、それぞれ二人に伝えたいことがあるんじゃないかしら? さ、あとは自分で考えてどうするか決めることね。時間はたっぷりあるんだから。あ、あとそうね、あなたくらいの時に迷惑なんて考える必要ないわ、失敗したら失敗したでもいいの」
博士は笑って、それからかき氷をスプーンですくって口に運んだ。
「あら、いい感じ」
虎太郎も博士に倣ってかき氷を食べようとしたが、手は動かなった。頭では、智孝と莉子のこと、それに博士の言葉が渦巻いていた。
繰り返した夏休み。きっかけは二人からの告白だった。上手く行かなかった夏休みをやり直したいと思った。結局二回目も失敗してまたやり直した。そして三回目、今までで最悪の結果になった。
全ての原因は自分。自分が不満足な結果をやり直してしまいたいと思ったから。そう思ったのはきっとどこかに未練があったから。
『失敗したり上手くいかなかったりは良いんだ、何かあったら助けてもやる。だけど、何もしないで、あとになってあの時ああしていれば良かったなんてことにはなるなよ。そう言う想いは最悪自分を腐らせる』
そんな母の言葉を思い出す。
未練があったから、自分の行動に納得出来なかったから、何回もやり直したんだ。だからそれじゃ駄目なんだ。
自分の気持ちと向き合って、自分で考えて、どうするか決める。未練を残さないように。
心にあったもやもやが一点に集まって消えて行く。消失点から小さな光が行くべき道を差し示す。
虎太郎は目の前のかき氷にかぶりついた。豪快に口に含んで咀嚼する。ゴクンと大きな音を立てて飲み込む。冷たいものを急に飲み込んだせいで盛大に頭痛が彼を襲う。
「ううー……!」
「ちょっと大丈夫?」
突然の行動に心配そうな博士。
虎太郎は少し悶えたあと前を向いて言った。
「博士、俺、もう一度戻るよ、夏休みに。それで二人に自分の気持ちを伝えて来る」
虎太郎はついに決心したのだった。
タイムマシンのスタンバイ中、虎太郎はふと思い出して博士に聞いた。
「そう言えば三十年前に戻った時、博士は何処に行ったんだ? ほら、若い自分と会ったあと博士は急いで何処かに行ったんだろ?」
「ん? んふふ、ちょっと初恋の人を見に行って来たの」
「……
「そ」
「それだけで急いでたのか?」
「そうよう、だって時間は限られてるじゃない? 一分一秒でも多く若い彼の姿を目に焼き付けておきたかったのよお。あー、本当に素敵だったわ」
「はは……、博士らしいわ」
「うふふ、そうかしら。さて、準備が整ったわ」
「おう」
虎太郎はハンドルを握る手に力を込めた。
「行って来るよ夏休み」
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