猫々サマータイムマシン 13

 虎太郎こたろうが母とスイカを食べたその夜。


『久しぶり』


「ん、久しぶり」


 智孝ともたかから電話があった。


『久しぶりって言う程でもないかな』


「まあ、な」


 あのお祭りから数日は経っていたがまだ夏休みだ、確かにそこまで長い間でもない。


『でも急にごめん』


「いや、良いよ別に。特に忙しい訳でもなかったし。それよりどうした? こんな夜に」


『うん、ちょっと、相談って言うか、話したいことがあって』


「なんだよ? 話したいこと?」


『うん』


 それから智孝は少し間を開けて言った。


莉子りこのこと』


 その名前を聞いて虎太郎は急に心臓を掴まれたような気がした。


「な、何だよ? 莉子がどうかしたのか?」


『莉子に告白された』


「え?」


 あまりにもあっさりと智孝はそう言った。

 一瞬反応に迷う。


「あ、へー、そ、そっか、ま、まあ、良かったじゃん」


 挙句ほとんど何も考えられずに流れでそう口走っていた。

 依然鼓動の感覚はおかしい。痛いような変な感覚もある。


 対して智孝は虎太郎の返事を聞いたあとまた少し間を開けて変わらない調子で返事をした。


『うん』


 そのあとにぽつりと智孝が付け加えるように言う。


『虎太郎は、いいの?』


「え?」


 ここで自分の名前を聞いて何故か戸惑いを覚えた。


『俺が、莉子と……』


「……莉子と?」


『あ、いや、ううん、何でもない。ごめん』


「何だよ?」


『ううん、何でもないって、ごめん、変な電話しちゃって』


「べ、別に電話くらい、何でもないけど」


『うん、あ、それじゃあ、また』


「え、ああ、またな」


 虎太郎が返事を言い終わると智孝はそのまま電話を切った。


「……何だよ」


 虎太郎は通話が終わったあともしばらくその場を動かなかった。何もする気にはなれなかったのだ。頭の中ではつい今さっき聞いた智孝の言葉が響いていた。


 莉子に告白された。


「結局告白したのかよ……」


 だけど良かったんだよな。もともとあいつはそのつもりだったんだし、そうなるはずだったんだから。そうだよ、これで良かったんだよ。良かったんだ、良かったんだよな……。これで元通りだ。あれ? でも俺、本当はどうしたかったんだっけ?


 虎太郎はいつの間にか、自分で決めた、智孝と莉子が付き合い始めるのを阻止すると言う目標も分からなくなっていた。






 時は過ぎ、三回目の九月一日。


 いつもと同じく長期休暇明けの賑わいでざわつく教室。だけどその中で今までと違うことがあった。虎太郎と智孝と莉子だ。それまでの今日と違い、彼らはそれぞれ別の友達と話をして過ごしていたのだ。三人とも挨拶はしたが、そのあとはほとんど会話も無くそれきりだった。智孝と莉子の二人が会話をしている様子も無かった。


 虎太郎には何となく気まずさがあった。


 夏休み、あの祭りの日以来結局二人と会うことは無かった。


 二度目の夏休みの際に図書館に行った日、一応同じタイミングで二人に電話をしてみたのだが、何故か今回の夏休みでは二人は図書館に行く予定がなく、虎太郎が図書館に誘ってみても二人ともその誘いを断ったのだった。


 時間を持て余した虎太郎は一人で図書館に行って、前回と同じように宿題をやった。家で何もしないで過ごすのに耐えられなくなっていたのだ。家の手伝いをするにしても必要以上にやることは無く、かと言って遊ぼうにも遊び相手である智孝と莉子は誘えない、それに一人でする他のことも今までの夏休みでもう飽きていた。それで前回の行動をなぞるように図書館に向かったのだった。


 宿題を終え、図書館のロビーで一人休憩していると、否が応でも前回の夏休みを思い出した。智孝が莉子と付き合い始めたと虎太郎に言った時のことを。


 あの時は油断していたせいもあって衝撃を受けた。そのあとフラフラになって無気力に夏休みを過ごしてしまった程だった。


 それに比べると今回、智孝に電話で言われた時はそれほどショックは受けなかった。結果から言えば告白を防ぐことは出来なかったのだけれど。でも、なるようになったのだと思えたからだ。

 智孝も莉子もお互いに想い合っているのだから当然の結果だ。

 そう納得出来た。


 だけどどうしてか、虎太郎の胸の中にはもやもやとしたものがいつまでも残っていた。彼は今回初めてそれを自覚した。


 思えば二人から付き合い始めたと聞いた時から、もやもやは胸の内にあったような気もするし、そうでないような気もする。

 どちらにしろ今回のもやもやが一番大きく、虎太郎にその存在をハッキリと認識させた。


「はぁ」


「何? どしたの?」


 無意識に吐いた溜息、近くにいた友達に心配された。


「え、あ、ごめんごめん、何でもない」


 心のもやもやが膨らんで勝手に千切れて口から出てくる、そんな感じだった。


 もう、いいかな。


 夏休みのことだ。合計三回過ごした夏休み。随分だらだら過ごしてしまったが、それなりに楽しくも過ごせた。なんだかんだ宿題もやった。智孝と莉子のことも納得した。それに、もう一度夏休みに戻ろうと言うモチベーションも湧いてこなかった。


 博士からは何回でもやり直せばいいと言われたけれど、これ以上やり直すことに意味があるとは思えなかった。だって莉子は智孝のことが好きなのだ。そのことを虎太郎は本人から聞いてしまったのだから。きっと何回阻止したところで莉子は智孝に告白をするのだろう。


「はぁ」


「なあ、本当に大丈夫?」


「え?」


「溜息」


「ああ、ごめんごめん」


 虎太郎は二人のことをなるべく考えないように、智孝と莉子に背を向け友達との会話に集中した。


 そんな背中に智孝から送られた視線があったことに、もちろん虎太郎は気が付かなかった。

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