猫々サマータイムマシン 14
放課後。
気まずさから一人で帰ろうかと思っていた虎太郎だったが智孝から声をかけられたのだ。どうやら莉子も同じようだった。
「宿題ちゃんとやって来たんだね。虎太郎のことだから、まだ終わってないなんて言うのかと思ってたよ」
からかうように智考が言う。
「失礼じゃね?」
だけどやっぱり前の夏休みだと本当のことでもあったので虎太郎は強く反論出来ない。
「あはは、ごめん、三人揃うの久しぶりだから何か楽しくなっちゃって」
智孝はそう言って笑った。確かに楽しそうで教室に居る時が嘘のように良く喋っていた。
「まあ、そうだな」
夏休み中、きっと智考と莉子の二人は何度も会っていたのだろうけれど、虎太郎はあれから二人にほとんど会っていない。だから会えて嬉しい気持ちは本当にある。
しかしここで智考が意外なことを口にした。
「莉子も話すの久しぶりだもんね」
「え……」
急に話を振られた莉子は戸惑ったような声を漏らしてぎこちなく微笑んだ。
「そ、そうだね……」
そのやり取りを一番不思議に思ったのはもちろん虎太郎だった。
「あれ? お前ら塾で一緒じゃなかったのかよ?」
今までの夏休みだと二人は塾で、そして図書館で一緒に勉強しているはずだったからだ。合宿にも行ったはずだ。
すると智考が軽い調子で言う。
「うん、一緒だったけど塾じゃあんまり話してなくてさ」
そんなの初耳だ。
「へー、え、図書館とかは?」
「図書館もほとんど行かなかったんだよね。ほら、混んでるし。家で勉強すればいいかなって。そう言えば虎太郎からも誘われたっけ、あの時は断っちゃってごめんね」
「あ、いや、それは、いいんだけど……」
どうにも虎太郎が知っている状況とは違う。
思えば莉子の様子もおかしかった。虎太郎と智孝が話している間、ほとんど喋らず俯いているだけだったのだ。
そうこうしているうちに二人と別れる場所に差し掛かかり、そしてここで今までとは決定的に違うことが起こった。
「じゃあ、今日は真っ直ぐ帰るから」
智孝がそう言って一人行こうとして、莉子も莉子で彼とは行かず虎太郎と同じ方に向かおうとしたのだ。
虎太郎は思わず立ち止まって聞いてしまった。
「お前ら、今日も図書館行かねーの?」
「え? うん、別にいいかな、家で勉強するし」
「……私も」
二人とも否定する。
「何で図書館? あ、もしかして虎太郎、今日図書館行こうと思ってた?」
智孝が聞いた。
「そう言う訳じゃねーけど……」
「あ、だったらさ、莉子と二人で行ってくればいいんじゃないかな?」
「え、何でだよ、だって本当ならお前ら二人が……」
そこで莉子が会話を遮るようにして言った。
「あのさ、私、先に帰るね。じゃあね」
虎太郎と智孝を置いて歩き出した莉子。
「あ、莉子、え?」
「じゃあ虎太郎、俺も帰るから」
「え?」
虎太郎が、知らない展開と二人の態度に戸惑っていると智孝が言った。
「虎太郎、早く莉子を追いかけて」
そしてそれを最後に智孝も背を向け歩き出した。
「え、あ、智孝、じゃ、じゃあな、またな」
何とか別れの挨拶だけを離れて行く智孝の背中に放った虎太郎。何が起こっているのかは分からなかったが、とりあえず智孝に言われた通り、すぐに莉子のあとを追った。
虎太郎が莉子に追いついてからもしばらくは沈黙が続いたままだった。
一歩後ろを歩いている虎太郎からは莉子の表情は良く見えなかったが、彼女の雰囲気はあまり良い物ではなかった。さっきよりも明らかに元気が無くなっていた。今にも泣き出してしまいそうにさえ見えた。
依然今の状況に戸惑いを覚えていた虎太郎だったが、ここまで来ると流石に何となく勘付いていた。
夏休みの間に智孝と莉子に何かがあったのだ。それもたぶん良くない何かが。
「なあ莉子」
虎太郎が問いかけると、それに答えたのか、はたまた自分から話そうと思っていたのか、ほとんど間を開けず彼女が口を開いた。
「ねえ、虎太郎、私、智孝に振られちゃった」
莉子の口から出た言葉は以前の告白のようにまた虎太郎を驚かせた。
「振られた……?」
「せっかく虎太郎にも相談に乗って貰ったのにね」
相談なんて、ただ話を聞いただけだ、でも、それより、
「そんな、振られたって、え、そんなの、だって……」
二人は付き合い始めるはずだった。今まではずっとそうだった。それが本当だったはずだ。
「塾の合宿の時、私、智孝に告白したんだ。でも、智孝に、今は答えられないって、返事を待って欲しいって言われて」
きっとそれは智孝から電話があったあの時だ。
「でもそれならまだ振られた訳じゃ……」
「ううん、それから智孝、凄くよそよそしくなって、私と距離を置いているみたいで、あんまり話さなくなって、返事も貰えていなくて」
確かに、教室に居る時も、一緒に帰っている間も、智孝と莉子の間には今までには無かった心の距離があったように思う。
「こんなことなら私、告白しなければ良かった」
「そんなこと、ない、だろ……」
言葉が尻すぼみになったのは、二人が付き合い始めるのを阻止しようとしていたせいで後ろめたさがあるからだ。
「私思ったんだ。きっと智孝、告白なんて迷惑だったんだなって」
「め、迷惑なんて思ってないだろ」
「ううん、それに虎太郎にもこんなこと聞かせてごめんね」
「俺は別に……」
「本当にごめん、もしもこのまま、智孝と上手く話せないままだったら、私たち、バラバラになっちゃうね。そうしたら全部私のせいだね」
「だ、大丈夫だって……」
俺は莉子と一緒にいるから。
一瞬頭を過った言葉、だけどそんなことは言えなかった。
莉子はきっと、俺がいるだけでは駄目なのだから。それにこの状況は本当は少しも莉子のせいではないのだから。だってタイムマシンで夏の結末を変えたのは他でもない自分なのだから。
だけど、それでも虎太郎にはどうしてこう変わってしまったのかまではまだ分からなかった。
莉子は再び黙って、少し歩いたあと、ふいと上を向いて、それから努めて明るく言うようにして
「あーあ、最後の夏休みだったのにな」
と、そう言った。
その時の莉子は無理矢理作ったような笑顔を浮かべていた。
虎太郎はその声と笑顔に、祭りの夜と同じように胸が締め付けられるような感覚を覚えた。だけどその感覚はあの時よりも少し冷たくて寂しい感じがした。
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