猫々サマータイムマシン 15

 智孝ともたか莉子りこ、二人が付き合い始めるのを阻止する、それはタイムマシンを使うことによって虎太郎こたろうが見つけた夏休みの目標だった。その目標は達成された。きちんと結果も確認できた。だからこれで満足なはずだった。満足なはずだったのに、少しも嬉しくなかった。


 莉子と別れ一人で歩いているのに彼女の強がった笑顔が頭にちらつく。


「あんな顔、見たかった訳じゃない」


 衝動的に怒りが沸き上がる。


「智孝、くそ、あいつ……!」


 拳を握り振り返るも地面を蹴る足に力が入らなかった。


「違う……、智孝のせいじゃない……」


 面白がって結果が変わるのを望んだのは自分だ。こうなるまで夏休みを繰り返したのは自分だ。


「……夏休み、俺、本当は何がしたかったんだ」


 呟いた言葉は近くの木にとまった蝉の声に塗りつぶされた。夏が終わってしまったことに気が付いていないかのように鳴いている。


 怠慢と一緒にただ繰り返しただけの夏休み。なのに、智孝と莉子の、そしてたぶん自分との関係も変えてしまった夏休み。


「こんなことなら、タイムマシンなんて、使わなければ良かった……」


 だけどもう使ってしまった。


「でもまた、タイムマシンで戻ってやり直せば……、最初の夏休みと同じように過ごせば……」


 そうすれば、元通り、二人は付き合うはず。それで元通り……。


 けれど、胸を締め付ける感覚が、どうしてもそうしたいと思わせてくれなかった。


 結局考えは堂々巡りを繰り返し何も決められない。


「何やってんだよ俺……」


 蝉が鳴き止んだ道はやけに静かで、虎太郎は力なく一人その夏の終わった道を歩いた。






 虎太郎は家にも帰らず博士のガレージのシャッターの前で座り込んでいた。ただ時が過ぎるのを待っていた。


 タイムマシンを使おうとしている訳ではない。今の自分の状況を理解してくれる人がいるとしたらきっと博士だけ、そう思ったのだ。虎太郎はただ博士と話がしたかった。


 ガシャーン!


 辺りに衝突音が響いた。

 時間になり博士が内側からシャッターに衝突したのだ。今までと特に変化は無かった。


「博士」


 立ち上がって虎太郎が声をかけると程なくして中からシャッターが開けられ博士が姿を現した。


「やだっ! もう、何これ!? すっごい!」


 いつものように登場した博士だったが、虎太郎の様子を見てすぐに真面目な表情に変わった。


「大丈夫? あなた酷い顔してるわ」


 きっと、夏の終わりの項垂れた向日葵のような、


「博士、俺、どうしたらいい?」


 太陽も見つけられなそうな顔で虎太郎は言った。






 机に置かれたグラスの中で涼しげな音を立てて氷が崩れた。グラスの表面はびっしりと汗をかいているが中身の麦茶は少しも減っていない。


 研究室の中、虎太郎は博士に今までの夏休みの経験を話していた。


 博士のタイムマシンを使って夏休みを三回過ごしたこと、智孝と莉子が付き合い始めるのを阻止しようとしていたこと、三回目の夏休みのお祭りの日のこと、智孝から電話があったこと、莉子が智孝に告白をしたこと……、そして、今日知った二人が付き合っていないと言う事実、それとそれに対して自分が今感じている想いについて。


 博士は虎太郎の話を口を挟まず黙って聞いていた。


 虎太郎が一通り話し終えるとそこで初めて博士が口を開いた。


「分かったわ、大変だったのね、とりあえず先ずはほら、麦茶飲みなさい、喉乾いてるでしょ」


 そう言われて虎太郎は喉がカラカラになっているのにやっと気が付いた。だけどそれもそうだった、博士が来るまでずっと外で待っていたのだから。今回は先生に呼び出されなかった分早く帰って来ていたが、代わりにその分長く待っていた。それに夏が終わったとは言えまだまだ暑い。


 虎太郎が一気に麦茶を飲み干すと博士が直ぐにお代わりを注いでくれた。それを半分ほど飲んで一息吐く。


「どう? 少し落ち着いたかしら」


 思えば喉の渇きも忘れて夢中で話していた。それくらい悩んでいたとも言えるのかもしれない。


「うん、ありがとう」


 博士は虎太郎の返事を聞くと小さく微笑んで、研究室の中を歩きタイムマシンの方へ向かった。そしてそのそばに止めてある自分の自転車に触れると虎太郎の方を振り向き、優しい口調で話し始めた。


「結論から言うわ。今、私が、ここであなたの悩みを解決してあげることは出来ない。その代わり、あなたの悩みの答えを持っている子を知っているわ」


「答えを、持っている子?」


「ええ。その子に会って欲しい。そうすれば、きっとあなたは自分のするべき行動を決められる」


 一度俯いた博士は、顔を上げ改めて虎太郎と目を合わせて言った。


「それとその子に会って欲しいと言うのは私からのお願いでもあるの」


「博士からの?」


「そう、私からのお願い。もしかしたらわがままと言った方がいいかもしれないけれど。ねえ、虎太郎、どう? その子に会ってみてくれないかしら?」


 そう言った博士はいつになくしおらしく弱々しくさえ見え、その目は何処か遠くを見ているように感じた。


 虎太郎はそんな博士に戸惑いもしたが、茶化したりせずちゃんと向き合い、優しい口調で返事をした。


「博士のお願いなら、俺は、断れないよ。それに俺もその答えを知りたい」


 虎太郎の返事を聞いたあと、博士は少し間を開けて、


「そう、ありがとう」


 と微笑みつぶやくように言った。


 それから虎太郎が博士に聞く。


「それで、その子って……」


「ええ、これで会いに行って欲しいの」


 そう言って博士が示していたのはタイムマシンだった。

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