猫々サマータイムマシン 19

 それから虎太郎こたろうは自分が過ごした三回の夏休みについて若い博士に話をした。結局タイムマシンのことを隠さなくて良くなったので、その内容は現代で虎太郎が博士にした話とほとんど同じものになった。


「だからそれで俺は博士に相談したんだけど、そうしたら博士がタイムマシンで三十年前に行けって言って、こうしてここに来たら、あんたが、若い頃の博士が居たんだ」


「そう、だったんだね」


「でも解決どころか、まさか逆に相談されるなんて思わなかった……、確かに話をしろとは言われたけど……」


「あの、その、虎太郎君、僕は、三十年後の僕は、今の僕が答えを持っているって言ってたんだよね?」


「うん」


 虎太郎が頷くのを見て博士は少し考え込んだ。


「今の僕が答えを持っていると言うことは、難しく考える必要はなくて、僕が虎太郎君の話を聞いて素直に思ったことがそのまま答えってこと、なのかな……」


「思ったことってどんな?」


「うん、あくまで僕の印象だから、それが必ず正しいって訳ではないけれど」


「いいよ、もうそれでいいから教えてくれ」


 うん、と一度頷いて博士が話し始める。


「虎太郎君は莉子りこちゃんのことが好きなんだと思う」


「……ふぇ?」


 なんだか間抜けな声が出た。


智孝ともたか君はそれに気が付いて身を引いたんじゃないかな」


「え、ちょ、ちょっと待って、俺が、莉子のことが好きって、そんなの全然ないし」


「んー、たぶん、虎太郎君はまだそう言う恋愛感情的なものに慣れてないんだろうな」


「いや、でも、ちょっと……」


 戸惑う虎太郎にお構いなしに博士は続ける。


「智孝君はきっと虎太郎君よりも、もっと早くから自分の気持ちを自覚していたんだろうね。だからこそ虎太郎君のことも分かったんじゃないかな」


「と、智孝が?」


 博士は止まらない。


「うん。智孝君も悩んだんじゃないかな。智孝君は本当に虎太郎君のことを大切に思ってるんだよ。もちろん莉子ちゃんのことも。きっと自分が別の学校に進学することとかも考えて、それで出した結論だったんじゃないかな。その結論が良かったのかどうかは分からないけれど。智孝君は智孝君なりに三人の関係を守りたいと思ったんだと思うよ。それで自分が我慢する道を選んだんだよ」


「でも、じゃあだったらどうして最初の時は……」


「やっぱりこれもたぶんなんだけど、虎太郎君の気持ちに確信を持っていなかったんじゃないかな。虎太郎君が莉子ちゃんを好きって言う。だから三人の関係に気を遣うことよりも、自分が莉子ちゃんを好きって言う気持ちが勝っていた。だから莉子ちゃんの告白を受け入れることが出来たんだと思う」


「じゃ、じゃあ、智孝はいつ、俺が莉子のことを好きだって思ったんだ?」


「それはたぶん、お祭りの時、なんじゃないかな?」


「お祭りの……」


 虎太郎は思い出す、祭りの夜に感じた想いを、あの胸を締め付けるような不思議な感覚を。


 あの時俺は莉子を見ていた。きっと智孝はそんな俺のことを見ていたんだ。


「そ、そっか、じゃあ、やっぱりあの祭りの日をやり直して無かったことにすれば……」


「ううん、それは違うよ」


「違う?」


「だってそれじゃあまた同じになっちゃうじゃない、最初の時と」


「あ、そっか、で、でも、別にそれでも……」


「今の虎太郎君はそれで納得出来るの?」


「え、納得って、言われても……」


「簡単には出来ないんじゃないかな、だって、そもそも始まりがそこなんだから。虎太郎君は無自覚だったけれど莉子ちゃんに恋心を抱いていたから、だから二人から付き合い始めた報告をされた時ショックを受けたんだよ」


 確かに自分でも最初に戻って全く元通りにするのには抵抗を感じていた。戻ったとして前と同じように二人と接する自信がない。


「ううー……、結局、俺はどうしたらいいんだ……」


 項垂れた虎太郎を見て博士は優しく微笑み明るい口調で言った。


「ね、虎太郎君。僕、好きな人が居るんだ」


 まるで親友と修学旅行の夜に話をするように。


「何だよ、知ってるよ、さっき聞いたし」


獅子丸ししまる君って言うんだけど」


 獅子丸? どこかで聞いた覚えのある名前だった。


「虎太郎君と話していて、決心したよ。僕、獅子丸君にこの気持ちを伝えてみようと思う」


「……告白するってこと?」


「うん、駄目かもしれない、ううん、きっと上手く行かない、もしかしたら気持ち悪がられるかもしれない。迷惑に思われるかもしれない。だけど、自分の気持ちに嘘はつけない。隠すこともしたくない。今はちゃんとこの気持ちに決着をつけたいんだ」


「決着?」


「うん。そうしないと前に、未来に進めない気がするから。僕は胸を張って未来に進みたいんだ。虎太郎君に会えてそう思えたんだ。だって未来には、きっと未来には素敵な世界が待っているから。それに、そこには虎太郎君もいるしね」


 博士は虎太郎の顔を見て笑った。今度はとても力強い笑顔だった。その顔は虎太郎の知っている博士の顔に一番良く似ていた。


「だから虎太郎君も……」


 博士がそう言いかけた時だった。

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