猫々サマータイムマシン 9
急いで家に帰って来た
バリカタ豚骨棒アイスを咥えて出てきた母、
「うわ、どうしたのあんた?」
虎太郎は全身、それどころか顔まで泥だらけだ。
「転んだ! 今からシャワー浴びる! 洗濯物は自分でするからここに置いておいて! それと汚れてもいいタオルちょうだい!」
虎太郎は母親に何かを言われる前に大声でまくし立てた。
「え、あ、う、うん。いいけど……」
虎太郎の妙な迫力にアイスを落としそうになった玲奈。
「どんな転び方したのよ……」
呆然と呟く、そんな母に泥まみれの虎太郎が一息ついた後に言う。
「ちょっとね、それよりそれまだ食べてんのかよ」
「え、まだって……、これ固いから時間かかるんだよ……」
玲奈は虎太郎に対して怒ったりはしなかった。彼の勢いに押されその気を削がれてしまったのだ。
実は虎太郎のこの一連の行動は前回の反省によるものだった。
前回泥だらけのまま家の中に入った虎太郎は、そのあとしっかり母親に怒られていたのだ。タイムリープハイでいつもより回る頭はやっと前回の反省を活かしたのだった。
シャワーを浴びながら虎太郎は今までの今日、八月一日のことを思い返していた。
最初の夏休みの時は、海までの一人旅を失敗した日だ。ちょっと遠くのコンビニで涼んで帰って来たあの日、帰ってきてからはほとんどずっとニャーチューブを観ていた。
その次の前回は初めてのタイムリープでとにかくはしゃいでいた。未来から戻って来て博士に会って、それから泥のことで母親にこっぴどく叱られた。ただその時はとにかくテンションが高かったので怒られてもあまりダメージを感じなかったのだけれど。怒られたあとは最初の夏休みとほぼ同じだ。動画を観ていたのだ。夜までずっと。
確かに二回とも特別なことは何も無かった、虎太郎が夏休みに一番多く過ごした平凡な一日だった。だけど、何も無かったけれど、実は一つだけ何かを変えられそうな出来事はあった。
それは
虎太郎はその電話を二回ともほとんど無視するように断っていたのだった。
「あの電話に出れば……」
何かを変えられる可能性が高い。
今までは生配信の方が大事だった。だけど今度は違う。内容の変わらない生配信は二回も見れば十分だったし、今回のタイムリープには最初から明確な目標があるからだ。
それは智孝と
そのための重要な一日が紛れもない今日だ。
前回智孝は今日の祭りで莉子に告白をされたと、確かにそう言っていた。
じゃあ、もしもその場に自分が居たらどうだろうか? 結果を知っている自分が二人の間に居たらどうなるだろうか? 告白を止めさせられるんじゃないだろうか?
虎太郎はそう考えていた。
そして、智孝からの電話についてもう一つ。
そもそも智孝はなんであの日電話をかけてきたのか? もしかしたら祭りに誘うために電話をして来たんじゃないのか?
タイミングから見てもその可能性は高いと虎太郎は睨んでいた。
だとしたら話は早い。今まで結果的に断って来た誘いに乗るだけでことは済むのだから。ちなみにこれらのことは前回の夏休みの最後、無為に過ごす日々の中で天井を見ながら虎太郎が日々ぼんやり考えていたことだった。
「やるぞ……!」
虎太郎は燃えていた。積み重ねられた夏休みの無駄な日々が悪しきその炎の燃料となっていた。
風呂上り、準備を整え電話の前でスタンバイをする虎太郎。獲物に狙いを定めるようにじっと電話を見つめただ時を待っていた。
その様子を見た母親が声をかける。
「あんた何してんの?」
「ちょっと待って、今から電話来るから」
「え、かけるんじゃなくて?」
その時だった。電話が鳴った。
ワンコール、いや、半コールで虎太郎は受話器を取る。
本当に来た、と母が疑問と驚きの入り混じる声を上げた。
「智孝?」
受話器の向こう、電話をかけるなり返って来た自分の名前に智孝は驚いていた。
『え? あ、え? 虎太郎?』
「おう、何? どした?」
白々しい虎太郎。
『あ、ああ、いや、あのさ、その、今日の昼間なんだけど、ごめんね、遊べなくて』
「あー、いいよ全然。俺もやることあったし」
主に泥だらけになった服の洗濯と玄関の掃除だ。
『海、行かなかったの?』
「んー、まあな、ちょっと忙しくなっちゃってさ」
『そうなんだ、そっか。あのさ、それでさ、今日の夜、て言うかこれから暇?』
「あー、うん、暇だよ」
来た! 内心虎太郎は叫んだ。
『あ、本当に。じゃあさ、一緒にお祭りに行かない?』
よっしゃあ!
虎太郎は勝利を確信した。思った通りだった。実は毎回、智孝はこの電話で虎太郎を祭りに誘っていたのだ。
「え? お祭り。へー、お祭りなんかあったんだ。へー、いいね、じゃあ一緒に行こうか」
虎太郎の白々しさは増していく一方だった。
虎太郎と智孝はそれから集合時間と場所の約束をして、また後でね、と通話を終了した。
こうして虎太郎は告白の邪魔をする準備をまんまと整えたのだった。
電話の前で一人ほくそ笑む彼に向かい改めて顔を覗かせた母が言う。
「コタ、何か悪い顔してるよ」
「え? ええ? そんなことないですよー」
何故か敬語だった。だけどそのせいでより一層邪悪な感じが引き立った。
「気色悪っ」
母が僅かに尻尾の毛を逆立て体を震わせた。
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