猫々サマータイムマシン 6
「なあああああ!」
ガチャン! バタン! ドン! ドタドタドタドタドタ! バン!
虎太郎が玄関から激しく音を立てながらその勢いのままに居間の戸を開けた。
きょきょきょきょきょ……。
エンジンでもかからないのか、何回か空回りするように繰り返し、それから彼は言った。
「今日何日!」
ポカンとしながら母、玲奈が答える。
「カレンダー見ろよ」
「そうか! ありがとう!」
言われた通り虎太郎はカレンダーを見た。
居間の日めくりカレンダーにでかでかと今日の日付が書かれている。
八月一日。
これは捲り忘れではない。八月の前半までは確かに毎日捲っていたし、それにもし時間が戻っていなかったとしたら九月になっているはずだからだ。始業式の朝にダラダラしている自分の前で母が怒りながら捲っていたのを虎太郎はハッキリ覚えていた。
つまり今日は紛れもなく夏休み真っ最中である。
「本当に戻ってる!」
そう叫ぶと虎太郎は再び激しく音を立てながら家を出て行った。
「なんだあいつ……?」
ふと玲奈は気が付いた。虎太郎の立っていた跡に泥が落ちているのを。気になった彼女はソファーから立ち上がり廊下を見に行ってみた。廊下には玄関から居間に向かって、そして方向転換して居間から玄関に向かって泥の足跡が付いている。
玲奈は咥えていたアイスをかみ砕き呟いた。
「あいつぶっとばす」
自宅を飛び出して隣の博士の家にやって来た虎太郎。全身、特に背中が泥だらけである。
「博士!」
インターホンを鳴らす。応答は無い。
「博士ー!」
連打してみても何も変化は無い。こういう時、決まって博士は研究室で発明に没頭している。虎太郎は前回の夏休みではインターフォンで応答が無いからとそこで諦めていた。
だけど今の虎太郎は前回とは違う。なにせタイムマシンによって未来から戻って来た虎太郎なのだ。博士が現在タイムマシンを発明中であることも知っているし、なによりテンションが高い。タイムリープハイとでも言えば良いのだろうか。
なので虎太郎は玄関のインターホンで諦めることなくガレージの方に回ってシャッターをガンガンと叩き始めた。
「博士ー!!」
すると割とすぐにガレージが開けられた。
もちろん中から開けたのは博士だ。いつもと同じ白衣を着て何やら眠たそうにしている。
博士は外の眩しさに目を細めながら低い声で言った。
「うっさいわね何よ」
「博士! 俺、俺! 未来から来たんだ! 九月、九月一日! 博士が発明したタイムマシンで! タイムリープして来たんだぜ!」
少し間を空けて博士は言った。
「あらそうなの」
博士の反応は期待していたようなものではなかった。虎太郎としてはタイムリープの成功を二人で喜び合えると思っていたのに、しかし実際は喜び合えるどころか博士の声色一つ変えることが出来なかった。
「え、あのさ、俺……」
「じゃあ私忙しいから」
博士はそう言ってガレージを閉めようとした。だけど途中で止まって、低い声音のまま虎太郎にこう言った。
「夏休みをエンジョイしてね」
そしてシャッターを閉めた。
あとには虎太郎だけが残された。
「な、何だよあれ」
水を差されたような気分になった。
「タイムマシン、自分が発明したくせに」
夏休みをエンジョイしてねって、それだけ? 一緒になんかこう無い訳?
立ち尽くす虎太郎。
その時近くの木で蝉が鳴き始めた。夏の盛りに鳴くミンミンゼミだった。
なんとなく空を振り仰ぐ、夏の日差しが自分に向かって降り注いでいた。
水を差されて冷えた気持ちの温度が一直線に上がる。再沸騰は早かった。
「そうだ、夏休みだ、まだ夏休みだ、へへ、よっしゃあ! やってやる、夏休み、エンジョイしてやるぜー!」
数日後。
虎太郎は白い天井を見上げていた。
「あー……」
エアコンが冷たい空気を吐き出し、扇風機がその空気をかき混ぜていた。
八月も中頃を過ぎ、もう夏休みも後半だ。
「あー……」
声が途切れた。案外長く続かないものだ。
一人声長出し選手権はこうしてまた幕を閉じた。優勝は前回に続き虎太郎選手だ。次回の大会は史上初の三連覇がかかっている。次回も彼の活躍を期待したい。
「……あー」
そして始まる第三回一人声長出し選手権。今回もこの人、虎太郎選手が……。
「うなあ!」
ガバリと起き上がる虎太郎。
「だ、駄目だ駄目だ! 何だこれ! 何してんだ俺! 一人声長出し選手権じゃねーよ! こんなんじゃ前と同じじゃねーか! 夏休みエンジョイするんじゃなかったのかよ俺!」
虎太郎はここ、二、三日をこの調子で過ごしていた。
あの日戻って来てから彼は思いつくままにその日その日を好き放題に過ごした。けれど実はそれはほとんど前回の夏休みの行動をなぞっているだけだったのだ。
例えば、一度見て面白かったテレビをもう一度見たり。はたまた前回は見れなかった裏番組を見て見たり。迷って買わなかったゲームを買ってみたり。
そんな風に中身に若干の違いは有れど結果は変わらないことばかりをしていた。
「うわあ、何か、何かないか、何かすること、ううう、いっそ宿題でもやってみるか? いや、でもな、それはもったいない気もするし、せっかくの夏休みが、でもな……、ん? あれ、そうだ、宿題と言えば……」
そこで虎太郎はやっと友達二人のことを思い出した。
「そう言えばあいつら何してっかな」
「連絡してみようかな」
んー、でもそもそも何で前回の夏休みは連絡しなかったんだっけか?
思い出してみる。
確か、あれは夏休みの前半に……。
七月三十一日。
虎太郎は急に思い立って智孝に連絡をした。
「なあなあ、明日自転車で海まで行かね?」
『ごめん、明日から夏期講習なんだ』
翌日、智孝に断られた虎太郎は一人で自転車に乗って海を目指した。しかし、暑さと寂しさに負けてちょっと遠くのコンビニまで行っただけで帰ってくると言うさんざんな結果に終わった。
ちなみに、その旅の途中で田園風景の中を自転車で走っていた時、その時がタイムマシンで戻って来た時間だった。
「あれ、でもあの日……」
あの日虎太郎は家に帰ってからずっとテレビを見ていた。ニャーチューブを見ていたのだ。それは前回も今回も同じだった。確かに今回戻って来た時の方が元気で、あれこれ快適に過ごす工夫をしてみたりと色々やったが、やっていることの本質はあまり変わっていなかった。
その夕方くらいだっただろうか、ちょうど好きなニャーチューバーの生配信を見ている時だった。
「コタ、電話来てるよ」
母に声をかけられた。
「え? 誰? 今忙しいんだけど」
「智孝君からだけど」
「智孝? あー、いいよ、またこっちから連絡しておくから断っておいて」
思えば、その電話に出なかったのは昨日の誘いを断られたせいも少しだけあったのだと思う。拗ねていたのだ。今回にしてみては今日の誘いと言うことになるのだろうか。どちらにしろ母とのやり取りもその結果も同じだった。
その日を境に智孝からの誘いの連絡は来なくなった。ついでに言えば莉子からの連絡も無かった。逆に何回か虎太郎から連絡をしたことはあった。だけど、そのどれもが勉強中のタイミングで、彼らから、一緒に勉強する? と誘われはしたけれど、虎太郎はもちろん断っていた。
と言うわけで、前回の夏休みは八月の前半に連絡をしたのを最後に二人に連絡をするのを止めていた。だから今夏休みの後半、二人が何をしているのかは知らない。ちなみに今回はここまで全く連絡していない。前回の夏休みの経験が尾を引いていたのだ。
「まあどうせ勉強でもしてるんだろうけどな」
そこで虎太郎はふともう一つ思い出した。
「そう言えばあいつら、付き合い始めたとか言ってたな」
ずっと忘れていた。怒涛の出来事の連続で抜け落ちてしまっていたのか、或いは考えないようにしていたのか、とにかく頭のどこかに記憶を追いやっていた。
「あれ、でも待てよ、今なら、もしかしたらそれ、阻止できるんじゃ……」
思い立ったがにゃんとやら、部屋を飛び出しすぐさま行動を開始した虎太郎。
その顔は無意識に笑っている。ワクワクしていたのだ。彼はやっとこさ本当の夏休みの目的を見つけられたかのように思っていたのだった。
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