リスの木工(森の芝浜) 後編

 勝五郎かつごろうは宝くじと新聞を持って一目散に家に帰りました。


澄美すみみ、これを、これを見てくれ」

「なんですか? あれ? 素材とどんぐりは?」

「それどころじゃねえんだ、とにかくこれを見てくれ」


 息を切らしながらそう言って勝五郎、新聞を広げて宝くじと一緒に澄美に見せる。


「勝さん、これ……」


 澄美もそれが当たりくじだと気が付いた。


「ああ、そうだ、あ、当たってるよな、間違いじゃねえよな」

「ええ、見間違いじゃないと思うけど」

「念のため一緒に確認してみるか?」


 二人頷き合って宝くじを覗き込む。


「えーと、最初の数字が……、おお、合ってるな」

「合ってるね」

「で、次が……、これも合ってる」

「合ってる」

「その次は……」


 そんな風に一つ一つ数字を確認していく二人だったが、結局全ての数字が一致していて、どう見てもそれは当たりくじに違いなかった。


「やっぱり間違いないよな」

「ええ、すごいよ勝さん。でも、宝くじなんていつの間に」

「いや、隣の森でな、拾ったんだ」

「拾った? じゃあ、これは勝さんが買ったんじゃないってこと?」

「ああ、まあな」

「それなら勝さん、持ち主に届けないと」

「いや、澄美、そりゃ、お前、馬鹿言うなよ。探したって持ち主が誰かなんて分かりっこないんだ。それに、落とした本人だってこれが自分が落としたくじかどうかなんて分からないだろうよ。だからこれは神様が俺達にくれたんだよ」

「でも勝さん」

「それにな、この当選金額、これだけあれば、好きに飲めるし、もう働かなくてもいいんだぞ」

「そんな、働かないって、木工は、職人は、辞めちゃうんですか……」

「いやいや、まあまあ、とにかくな、当面は金に困ることはないってことだよ」

「そう、ですか……」

「とりあえず、そうだな、換金はあとにするとして、ちょっと汗かいちまったから風呂屋にでも行って身を清めてくるよ」


 そう言って勝五郎、また一人家を出た。



 しばらくして風呂屋から帰ってきた勝五郎。


「ただいま戻りましたよ」


 外で酒でも飲んで来たのか。随分上機嫌。


「ほら、みんな、あがれあがれ、あがってくれよ」

「ちょっと勝さんどうしたんですか?」


 しかも何やら一人じゃない。


「あ、澄美さん、お邪魔します。なんかめでたいことがあったとかで」


 モモンガ、ムササビ、ウォンバット、その他諸々、近所の人を引き連れて、しかも手には酒瓶を持っている。


「え、めでたいことって、勝さん」

「まあいいじゃねえか、ほらほら、澄美も一緒に飲もうぜ」


 戸惑う澄美も気にせずに、勝五郎は宴会を始めてしまう。結局その日は酔い潰れて寝てしまうまで飲んで歌って大騒ぎとなってしまいました。



 その翌朝であります。

 勝五郎は澄美に揺り起こされます。


「勝さん、勝さん、起きて下さい」

「ん、んん、ああ、もう朝か……」

「ほら、しっかりしてください、今日は素材を取りに行ってくれるんでしょう?」

「ん? 素材? いや、お前、宝くじが当たったんだし、しばらくは仕事はしなくていいんだぞ」

「宝くじ? 何寝ぼけているんですか? そんなもの買ってないじゃないですか?」

「いや、買ったって言うか、昨日隣の森で拾ったって言ったじゃねえか」

「何言ってるんですか? 勝さん昨日も飲んでばかりで、隣の森になんて行ってないじゃないですか?」

「え、いや、そんな、昨日はお前に頼まれて隣の森に……」

「夢でも見てたんじゃないですか?」

「夢? いや、夢にしちゃあ随分ハッキリした夢なんだが、いやいや、どうにも夢だとは思えねえ、ほら、澄美、一緒に番号確認したじゃねえか。こう一つづつ」

「してないですよ」

「あ、でも、あれだ、これは、宴会の跡だろう」


 昨日のどんちゃん騒ぎで散らかった部屋を見て勝五郎が言う。


「はあ、勝さんあのね、昨日勝さんは、急に起きて風呂屋に行くって出て行って、近所の人達引き連れて帰ってきて訳もなく宴会始めちゃったんですよ」

「訳もなく? いや、そんなこと……、ええ、じゃあ……、あれか、宝くじを拾ったのは夢で、人を集めて飲み食いしたのは夢じゃなくて本当のことだってのか?」

「ええ、そうですよ」

「いや、そんなこと、あ、あるのか?」

「実際そうなってるじゃないですか?」

「いやでもよ……」

「勝さん、私を疑うんですか?」

「そうじゃねえが……、ああ、そうか、夢か、夢なのかあれは。とんでもねえ夢を見ちまったんだな。拾った宝くじで大金持ちだなんて。はは、情けねえ、情けねえな俺は。恥ずかしいよ。仕事ほっぽり出して酒ばっか飲んで、挙句夢見て浮かれちまって。これは神様からのお達しなのかも知れねえな。よし、酒はやめた。きっぱりやめてこれからは今まで以上に仕事に精出すぜ」


 めっきり反省した勝五郎。その日を境に本当に酒をやめ一意専心真面目に仕事に取り組むようになりました。



 元々腕は良く、評判も悪くなかった勝五郎です、三年が経ったころにはすっかり商売も軌道に乗り、大口のお得意様も出来て、順風満帆な職人航路を進んでおりました。


「帰ったぞ、無事納品も終わった。これで今年も仕事納めだな」

「ええ、そうですね」

「外は随分冷えているよ」

「どんぐり茶でも飲みますか?」

「おう、いいね」


 勝五郎、澄美が入れてくれたどんぐり茶を啜ります。


「あー、あったまるね、やっぱりどんぐり茶は良いな」


 そうこうしている内に除夜の鐘が鳴り出します。今日は大晦日でございます。


「あのさ、勝さん」

「ん? なんだい改まって」

「今日は勝さんにどうしても聞いてもらいたい話しがあるんです」

「聞いてもらいたい話し? なんだい」


 澄美、戸棚から一枚の古びた紙きれを取り出しました。そしてそれを勝五郎の前に差し出し、こう言います。


「三年前に、勝さんが隣の森で拾った宝くじです。あの当たりくじは夢ではなかったんです」


 宝くじを見てあの夢の一件を思い出した勝五郎。ザワリと俄かに毛が逆立ちます。


「澄美、お前……、これ……、一体、どう言うことだ」


 一方澄美は耳も項垂れ、声も少し震えている。


「はい、全て、話します。あの日、あの時、勝さんが、もう働かなくていいなんて言うから、私、不安になってしまったんです。この宝くじのせいで、もしも勝さんが本当に木工職人を辞めてしまったらって、私、それがどうしようもなく怖かったんです。私は勝さんが……、木工職人として頑張っている勝さんが好きだから……。それで勝さんが酔って寝ている間に警察にこれを届けて、それで全部夢だと言うことにしてしまったんです。でも結局三ヶ月経っても落とし主は現れなくて、また私の元にこの宝くじが帰って来てしまったんです。だけどそれでもやっぱり、私はこれを勝さんに見せることが出来なかった。だからずっと戸棚にしまい込んで、換金期限も過ぎてしまいました。ごめんなさい勝さん、ずっと自分の妻に嘘を吐かれて。いつか言わなくてはと思っていたんですが勇気が出なくて。腹が立つでしょう。気に喰わないのであれば、許せないのであれば、離縁して頂いても構いません」


「澄美、待ってくれ、離縁だなんて、そんなことする訳がねえだろ、それどころか、お前、俺が……、俺がこうして職人としていっぱしの仕事をして、無事正月を迎えられるのは、全部お前のおかげじゃねえか」

「勝さん……」

「俺こそ、謝らなきゃいけねえし、何より澄美、お前に心から礼を言わなくちゃいけねえ。ありがとう。本当にありがとう」

「そう、ですか、勝さん、私は……」


 言葉も途切れ涙を零す澄美。勝五郎はそんな澄美を抱き寄せた。


「……そうだ、勝さん、もしも勝さんが私を許してくれたらその時はと思って用意していたものがあるんです」


 そう言って澄美は台所から大きな瓶を持って来た。


「澄美、これは」


 勝五郎の鼻をいつか嗅いだ香しい匂いがくすぐります。


「梨のお酒。明日は正月ですし久しぶりに飲んでもらおうかと思ってね」

「そうか、じゃあ、そう言うことなら、いただこうかね」


 そしてグラスに酒を注ぎました。


「んん、御酒様、しばらくぶりだな、おう、いい色だ、香りもたまらねえ。では、早速……、いや、待てよ……」

「どうしたんですか勝さん?」


 勝五郎、グラスを置いてちょっと微笑んで言いました。


「やっぱりよしておこう、また、夢になるといけねえ」











良いお年をー。

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