リスの木工(森の芝浜) 前編

 いよいよ暮れも押し迫ってまいりまして、皆様におかれましても師走と言う文字通り何かと忙しない日々を送っておられるかと思いますが、今年はちょっと物足りない、そんな方もおられるんじゃないかなとも思ったりいたします。と言いますのも、今年はこんな世間の状況でございますから、クリスマスパーティーや忘年会のような人の集まる機会がなかなか持てなくなってしまったからでございます。中には自分と同じく少しホッとしている方もおられるかも知れませんが……。


 人によっては、と言うことになりますが、この季節、例年通りでありますと、まあ日本でございますから、クリスマスパーティーを何回も行う方は少ないと思います、ですので忘年会でございますね、これが幾度となく繰り返されたりする訳でございます。

 勤めている会社で忘年会、取引先と忘年会、仲間内で忘年会、久しぶりに会った友人と忘年会、今日も忘年会、明日も忘年会、そう言えば昨日も忘年会。何をそこまで忘れることがあるのかと、終いにはその目的さえも忘れて、忘年会に勤しむ訳でございます。


 さて、そんな忘年会と言えば、所謂、酒の席でございますから、もちろん酒を飲むんですが、ご存知の通りこの酒と言う物はなかなかの曲者でございます。

 酒は飲んでも飲まれるな、とその通りでございまして、飲み過ぎてはいけません。もちろん適度に飲む分には昔から百薬の長なんて言葉があるように問題はございません。


 ちなみに自分はあまり強くないものですから嗜む程度にしか飲めませんので、たまにその恩恵に与ると言ったぐらいなのですが、これが人一倍酒が好きでついつい飲み過ぎてしまうと言う方も世の中には居る訳でございまして、その世の中なんてものが例えばこんな動物が暮らす森の中でも大して変わらなかったりする訳でございまして――。



『リスの木工(森の芝浜)』落語、芝浜より



 とある山の一角、針葉樹の森の簡素な集合住宅に勝五郎かつごろう澄美すみみと言う若いリスの夫婦がおりました。二人とも木工職人をしているのですが、特にこの勝五郎、若いながらも職人としての腕が良く「おい勝ちゃん、ちょっと椅子を直して貰いたいんだが」なんて言われれば「へい」と返事一つ、ものの数分で直してしまい、それどころか以前よりも座り心地まで良くしてしまう、と言うような具合でありました。妻の澄美もそんな勝五郎の腕に惚れて夫婦になった訳でございます。ですからもちろん客からの評判も悪くなく、細々とではありますが、仕事も順調にそれなりに二人で暮らしておりました。



 ある日、勝五郎が少々頭を悩ませる仕事に取り組んでいたところ、なんとも香しい匂いが鼻をくすぐります。作業が行き詰っていたこともありどうにもそれが気になる勝五郎。


「いい匂いだなあ、澄美、これはなんの匂いだい?」

「自家製の梨のお酒だって。お得意様に貰ってさ。気になるなら一杯飲んでみてもいいよ」


 と澄美。


「そうだな、少し息抜きでもした方がいいかも知れないな、そうしよう」


 そう言って勝五郎、早速グラスに注いでちょっと口を付ける。


「お」


 口ひげに付いた酒を舌なめずり。


「ほう」


 今度は、くいっと、一気にグラスを傾ける。

 口に含んだ酒が、喉を過ぎ、胃の腑に落ちて、口中にわっと香りが広がる。


「かああ、美味いねえ」


 勝五郎は舌を鳴らして腹の底から唸るように言った。

 元々酒は嫌いじゃない勝五郎。


「これはいい酒だなあ」


 なんて随分と口に合った様子。


 一方澄美は「へえ、そう」とあまり関心がないのか尻尾を見せていつの間にか自分の作業に取り掛かっている。


「よっし」


 勝五郎もそれを見て残りを飲み干すとグラスを置いて作業に戻った。


「さてと、ん、おお、そうだな、ここをこうすれば……」


 するとさっきまで行き詰っていた作業が思いのほかスルスルと進む。


「おお、こりゃ御酒様様だな」


 と上機嫌になる勝五郎。


「これからは、行き詰ったら酒を飲むといいかも知れないなあ」


 冗談交じりにそんなことを呟きました。



 ところが勝五郎、これを切っ掛けに本当に仕事の途中に酒を飲むようになった。

 同じく行き詰った時に一杯、行き詰りそうな時に一杯、仕事を始める前に一杯。

 段々それは量も種類も増えて行き、一杯が二杯、二杯が三杯、三杯が四杯、梨酒、林檎酒、柿酒、桃酒と、終いには仕事をしないで酒だけ飲むようになってしまった。


 最初は何も言わなかった澄美も流石に不安になってきたのかそんな勝五郎の態度に口を出すようになった。


「勝さん、仕事は? 作業はしなくていいの?」


 酔っぱらって寝転がっていた勝五郎。ちょっと体を起こして目をシパシパとさせながら言う。


「うーん、ああ、ちょっと、そうだな、あれだ、なかなか難しくてなあ。もうちょっ

と飲めば何か上手く行く気がするんだけどなあ」

「そんなこと言って、飲んで寝てばっかり、ああもう、フラフラじゃないですか、そんなんで道具が持てるんですか?」

「ん? まあ、大丈夫だ、道具が無くても俺には自慢の歯があるからなってな」


 ろれつの回らない口で一人で笑いながらつまらない冗談を言う勝五郎。


「ほら、お茶でも飲んで酔いを醒まして」

「どんぐり茶かあ、どんぐり茶じゃあ良い仕事は出来ねえな」


 そんな勝五郎の様子に澄美は溜息を吐いて、どうしたものかと考える。


「そうだ勝さん、ちょっとお使いに行って来てくれませんか? 隣の落葉樹の森に行って素材になりそうな木材と、どんぐりを拾って来てください」


 酔い覚ましも兼ねて、素材を探しに行かせ、木工職人としての創作意欲が湧き上がってくれればと、そう思った澄美。


「しかしな、お使いったって、すっかり寒くなって来たし、俺は冬支度も出来てないよ」

「何言ってるんですか。とっくに冬毛じゃないですか。いいから行って来てください」

「でもよ……」


 ブツブツ言いながらも結局、澄美に押し出されるようにしてお使いに出ることになる勝五郎でした。



 外に出て冷たい風に吹かれて勝五郎、


「おお、寒い……、と思ったけど寒くねえな。確かにこりゃ冬毛だ」


 なんだかんだ言いながら落葉樹の森に辿り着きます。

 すっかり酔いも醒めた勝五郎は早速どんぐりを拾いながら素材を探し始めた。


「素材、素材ねえ……」


 一歩歩いてどんぐりを一つ頬袋へしまう。また一歩歩いてどんぐりを一つ。もう一歩歩いて「おっと、これは虫入りか」どんぐりを放る。どんぐりばかりでなかなかいい素材には出会えない。


 そうこうしている内にまた風が吹いて来て森がざわざわと音を立て、色とりどりの落ち葉の雨を降らし始める。

 勝五郎は膨らんだ頬のまま立ち止まり空を見上げた。

 木々の間に見える青空の中、雲が飄々と流れて行く。


「いい気分だなあ……、ぶあっぷ!」


 その時風に吹かれ飛んで来た何かが勝五郎の顔に張り付いた。

 なんだなんだと、見てみると、それにはこう書いてあった。


「ネズミージャンボ宝くじ?」


 文字通りの宝くじ、一等二等だ当たれば大金持ちって言うあれだ。

 どうやら一枚、風にさらわれて飛んで来たらしい。

 だけどまあ、それだけなら、どうすることでもない。勝五郎も仕方ねえから帰りがてらゴミとして捨てようかと思ったくらい。

 ところが次の瞬間、今度はもっと大きな紙が飛んできて勝五郎の前を塞いだ。


「ちきしょう、今度はなんだってんだ!」


 次に飛んで来たのは新聞紙だった。大きな見出しで『ネズリンピック次回は十二年後』なんて書いてある。

 ふと、勝五郎、その見出しの下にこんな文字を見つける。


『ネズミージャンボ宝くじ当選番号発表』


 勝五郎、偶然手にした宝くじと、これまた都合良く偶然手にした新聞紙を交互に見つめる。


「まあ、あれだ、ちょっと気になるしな、まあ、見るだけ見てみるか」


 どことなく言い訳めいた口調で呟いた勝五郎、新聞を広げた。


「えーと……、おー、あったあった、何々、ふむ、なるほど、ほう、へえ、ん、んん、んんん!」


 当選番号を確かめた勝五郎は顔を上げまた呟いた。


「あ、当たってる……」


 ポカンと開けた口からどんぐりが零れ落ちる。

 なんとこの宝くじ、当たりくじでございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る